女神の訓戒(2)
キュクレイス皇女への許し、ひいてはキンゼイへの許しにつながっている。ステヴィアの前の群衆にとってそれは別物かもしれないが、彼女にとっては同義のもの。説得の鳥羽口くらいにはなろうと考えている。
(甘いかしら。でも、キンゼイ様の真意に触れれば同じように感じてくれるはず)
彼女の中で黒髪の男の真意は確定事項になっていた。
ただの乙女心ではない。ジュネが「君たちは戦っちゃいけない」と言っていたのを憶えている。すなわちキンゼイが野心だけを抱いているのではないという理由。ステヴィアも今は彼の灯りにまったく濁りを感じないからわかる。
(そう、あの方は心から国を憂いてこんなことを)
直感的にそれがわかるのは自身の能力が拡大傾向にある所為だとは気づいていない。純粋に信じる心がそうさせている。
「許しの力を信じましょう」
両手を胸に当てて涙を流しながら訴える。
「警察の方々も軍の兵士も命令に従うという職務に忠実だからこそ、ときに人を殺めることもあります。ひるがえって、彼らが本来の職務に戻れば命を顧みずにみんなを守ってくださるでしょう」
「う……ん?」
「あなたもあなたの隣人も今回にかぎり銃を手に取り人を殺めてしまったかもしれません。しかし、それは守りたいものがあったからでしょう? かたや裁いて、かたやなかったことになさるのは不平等というもの」
納得しがたい理屈だったかもしれないが、自身も省みれば認めざるを得まい。
「わたしたちには未来があります。この悲劇を乗り越えて目指すべき未来が。自由と幸せを手放さないために許しの心と省みる心を忘れずに歩いていきましょう」
「おお……」
「そうだ! そのとおりだ!」
「さすが我らが自由の女神!」
万雷の拍手で迎えられた。彼女は深く腰を折って声援に応える。
(わかってもらえた。これであなたの覚悟も報われることでしょう、キンゼイ様)
これも人に希望を与えることだとステヴィアには思えた。
◇ ◇ ◇
「見事なもんでやんすね」
「たったあれだけの時間で市民の心をまとめ上げてしまいました」
タッターとヴィエンタが感心している。
レイクロラナンの中でブラッドバウ隊員が観ているのは拡散中のいわゆる『女神の訓戒』の映像。複数の角度からいくつもの映像がアップロードされている。
「これが時代の子の力ってやつっすか」
プライガーも物知りげに例えた。
「えらそーに。ステヴィアは女優、気持ちがあればこれくらいの芸当をする素地はあったの」
「そんなもんっすか?」
「ぼくには真似できないかも」
「ジュネは別!」
リリエルは否定する。
説得力は技術的なものである可能性は高い。要は志の問題である。
「君は力で正義を示すものなの。演説で民心を集めなくていいんだから」
「言葉ですむならそれでいいんだけど。そこは母さんから受け継げなかったみたい」
「タイプが違うんだからいいんだもん、あたしもジュネも」
『でも、その大元になる力の部分に不安が出てきてしまったかしら?』
「うわ、エルシ!」
「そういえば早くにヘタっていたよね」
「う、まあ」
過酷で緊張の途切れない戦闘だったのは否めない。しかし、スリングアームという特殊機構に神経を削られたとしても、窮地に陥るような場面ではなかったはず。
「鍛え方が足りなかったの。もっと頑張るから」
『それだけではないでしょう? 解消してあげるから
「え?」
導かれるままにフロアエレベータで降りる。スライドすると
「あ!」
「へえ」
工作スペースからベースに乗せられてレールを走ってくる機体。
『コードネーム「ゼキュラン」。あなたの専用機よ』
ポカンと口を開けて見あげる。
「あ……、愛してる、エルシ!」
『知っているわ』
「最高!」
一見、パシュランタイプの後継機に見える。全身鎧のようなフォルム。頭部のセンサー系統にスリットの付いた
ただし、パシュランほど大振りでない点と、一部に祖父のゼビアルと同じ兵装が搭載されていることからハイブリッド機だと知れた。それが少女をハイテンションにする。
『説明は不要でしょう?』
「うん、『クロウブレード』」
前腕の両脇には鉤爪状の機構。そのものも刺突武器として使えるが、前方にスライドさせればそこでブレードを形成する。咄嗟の場合などブレードグリップを握らせる時間を短縮できる。
「それとビークランチャー」
腰に付けられた嘴を模した固定のビーム兵装。ルシエルのように射出方向が前方の狭い範囲に限定されていない。前後180°上下360°のどこでも狙える構造になっている。通常ビームと拡散ビーム、それにタイトビームであるスクイーズショットも可能。
『パワーもルシエルとは格違いだから乗ってみなさい』
「うん!」
今まで持たせてもらっていた量産機ではない。リリエルの特性に合わせて設計された専用機である。マッチしないはずはないが気持ちばかりが先走る。
自慢したくてジュネの手を引いてスパンエレベータに飛び乗った。上がる速度が遅く感じて仕方がない。ゼキュランはハッチを開いて彼女を待ってくれていた。
「ゼキュラン、セットアップよ」
『パイロット「リリエル・バレル」のσ・ルーン波を検知しました。シートにお掛けください』
システムが即応してくる。
「調整は?」
『すんでいます。いつでも使用可能です』
「じゃ、接続」
『
機体状態が感応情報として流れこんでくる。全身の隅々まで把握できるような感覚が少女を高揚させた。
「見てて」
腕を上げる。クロウブレードが前方にスライド。鉤爪の先端の間に
「今度はビークランチャー」
嘴がピンと立ちあがる。さすがに発射まではできないが、上下左右どの方向へも自在に動いた。モードを切り替えると嘴が開いて隙間に力場形成を行う。拡散ビームの準備。
「どう?」
「うん、これなら大丈夫そうだね」
思いがけない答え。
「大丈夫って?」
「気になってたんだ。どうも引き際が良すぎてね」
「キンゼイならイドラスを戦場にしたがらないんじゃない?」
思惑は別にあるのではないかと聞いている。
「キュクレイスのほう。飲まれてるにしては冷静だった。嫌な予感がする。ジャンダにはなにかあるかもしれない」
「あたしとルシエルじゃ足りないほどのなにか?」
「最悪はね」
確信はないらしく言葉を濁す。口にする以上は予感は本物なのだろうが。
「皇家の秘術なんて存在しないんじゃないかと思う」
「ほんと?」
「あっても教訓ていどのもの」
少年は不穏なこと言う。
「そこに別のなにかを仕込んでいたら?」
「できるの、そんなこと」
「オンラインで洗脳状態にされている事例が確認できてるんだ。人が関与しているだけで事実なんて簡単に捻じ曲げられてしまう」
怖ろしい可能性に身震いする。
(ゼムナの遺志をして脅威と言わせる者。ジュネの宿命の存在がエイドラを喰もうとしてる?)
リリエルはついグリップを強く握り込んだ。
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