イドラス炎上(4)
空を切り裂く二筋の光束は正確にキンゼイを狙っている。おそらく避けられることも承知での砲撃。
(あの少年に距離なんてものは関係ないのか。正確無比がぴったりはまる)
やや口径が大きいのはバックパックの砲塔から発せられたからだろう。
(自分に向かってくるから躱しやすい。逆にプレッシャーでもある。意味はないぞと言われているようなものだ)
それでも距離があれば一呼吸は入れられる。ジャスティウイングと長時間に渡って接近戦をする度胸はない。
「お疲れかな?」
「君は見かけによらずタフネスらしい」
急接近してきたジュネは、今度は右手にブレードを持っている。得手不得手はなく両手でなんでも使えるようだ。まさに変幻自在で幻惑される。
「噂というのは不確かなものだな」
「どうして?」
一瞬にして二合の斬りあい。紫電の向こうに撃った副腕のビームは彼方に飛び去るのみ。無駄弾を撃たせられている気分になる。
「神出鬼没は一部しか表していない。他を寄せつけない圧倒的な強さが君の真髄だろう」
「そう言わせるには忍びないかも。機体性能が違う」
それだけではないと思う。
「同じ機体でもそこまで動かせるかどうか」
「パルトリオン。特性が違うよ。これはあなた向きじゃない」
「たしかに重そうだ」
斬り結ぶだけで簡単に持っていかれる。最前から付いては離れ、離れては付きをくり返している。機動力タイプ相手なら接触状態のほうが有利なはずなのに、副腕の攻撃は読まれて防がれた。
正直、手詰まりなのだが悲観はしていない。ジャスティウイングがそうであるようにキンゼイも本気ではない。
「この茶番をしててもいいのかな?」
「かまわんよ。私は君の相手で精一杯なのだから」
「そっか。切り捨てるつもりなんだ」
普通であれば状況は最悪だ。すでにデモ隊の市民は狂躁状態で宮殿に突入している。どれだけ優秀な近衛を揃えていても数の暴力を阻みきれるものではない。
「非情だよね」
「そうでなければ貫けんものがある」
「そのプレゼントはステヴィアを喜ばせる? もっと違う形でも良かったんじゃない?」
ビームで突きはなしてくる。彼も牽制をばら撒くが、パルトリオンは高速で円弧軌道を描きながら再び接近してくる。パワーが有りすぎて旋回性能は低い。しかし、その欠点を覆すほどの回避力を持っている。パイロットのポテンシャルだ。
「小手先にどうにかなるほどだったか? 保身には長けた連中だ」
「認めるよ。そういう人間が生き残れるようになってる」
「ならば荒療治が必要」
副腕のブレードを伸長させて滑り込ませる。だが、容易に弾かれた。駆動力が足りないのが最大の欠点。
しかし、それは誘いでしかない。前のめりの頭部を照準する。撃破までは到底持っていけそうにないが、せめて検知能力くらいは削いでおきたい。
「これも無駄か」
「小器用なのはあなたの専売特許じゃない」
発射したビームは迎撃される。パルトリオンの肩の砲塔から放たれたビームによって。至近距離で重粒子ビーム同士の衝突によるプラズマスパークが広がった。ビームコートが一気に溶けて警報が発せられる。
「ぐうぅ!」
「ちょっと近すぎたね」
両機とも弾き飛ばされて離れる。好機とばかりに加速して距離を稼ぐと地上を覗き見る。
(もう落ちる頃だな)
キンゼイのいる高さからでも宮殿の各所から煙が上がっているのが見えた。
◇ ◇ ◇
グランギスタ・フェリオーラム皇王は皇妃ロダナを連れて階下へと急ぐ。エレベータで降りた先には避難用シェルターがあるはずだ。
「もう侵入されているのだろう?」
「力及ばず。申し訳ございません」
振動こそ伝わってはこないが、爆発音や喧騒が遠く聞こえてくる。予想以上の市民の怒りに触れて皇王は震えあがっていた。
「キュクレイスはどうした? デュクレプス亡き今、血を受け継ぐ者はあれしかおらんのに」
伝統あるエイドラ皇家の血が絶える。
「殿下は出撃なさっておいでです。陛下をお守りすべく」
「呼びもどせ。一緒にシェルターに」
「戦闘中にあらば邪魔にしか。お伝えはしておきますが」
地下のシェルターならば四人が二ヶ月生き延びられる食料があるはず。循環水フィルターも完備されている。
「暴徒は必ずや鎮圧いたしますので今はお急ぎを」
「必ずだぞ」
(だから、あれほど無理は駄目だと申したのに)
皇女の強硬論に逆らえなかった。彼らの娘とも思えない猛々しさで皇国化を進めてしまう。
エレベータの階数表示が減っていき地下を表す。どうにか無事に到着して胸をなでおろした。電子音のあとに扉がスライドする。
「先にお向かいください」
促されて降りた先で兵士が目を丸くしている。不審に思って振り向くとエレベータトラムは扉を閉じるところ。
「エイドラの未来に命を捧げる陛下に敬礼!」
近衛兵が敬礼している。
「お前たち!」
「殿下にお任せを」
(な……に?)
嫌な響きのエラー音がしたかと思うと部屋の反対側のドアが無理やりスライドさせられていく。その向こうには目を血走らせた暴徒の群れ。手には兵士から奪ったであろうハイパワーガンが。
「なぜだ!」
「見つけたぞ! 皇王だ!」
グランギスタの身体を感じたこともない高熱が貫いた。
◇ ◇ ◇
「終わったか」
「陛下はお隠れになられました」
「貴官らも撤収しろ」
キンゼイはパルトリオンの一閃を弾くと副腕からビームで宙を薙ぐ。警報が出るまで連射すると降下した。
「殿下、ジャンダ基地まで退きますよ」
オープン回線で呼びかける。
「貴様、イドラスを放棄すると言うか?」
「ご覧のとおりです。もう守るべきところもありません」
「宮殿は市民の手に落ちたか。致し方あるまい」
キュクレイスはすぐに意味を察する。そこに二人の思惑が含まれているのも解っただろう。
「が、ただ敗れるのも忌々しい」
皇女は品もなく鼻を鳴らす。
「早く来い。生意気な小娘の命くらい手土産に持たせろ」
「欲張るものではありません。急いでください」
「むぅ」
不満げなまま。
「逃げるの!?」
「黙れ! 貴様のような小娘などいつでも潰せる!」
「できなかったくせに!」
挑発されている。キンゼイはキュクレイスが激しないのを祈った。
「ふん! いずれもっとふさわしい死を与えてやるまで」
なんとか思いとどまってくれた。
「エル、それを逃さないで」
「く!」
「ごめん、ジュネ。もうスタミナ切れ」
やや慌てるが、
「我が城は必ず取り戻す。必ずだ」
「ええ、お手伝いいたしますので今は自重ください」
上がってきたロルドファーガを反対側へ逃がす。彼が機体を間に入れるとジャスティウイングはそれで断念したようだった。街の様子を窺っている。
「君のシナリオのクライマックスは南なのかい? まあ、あそこなら民間人を気にする必要もないしね」
「わかっているなら行かせろ」
「そうだね。無駄な死人を出さないよう暴動を収束させないといけないし」
少年の大型アームドスキンは離れていった。彼も皇女のあとを追わねばならない。
「来たか、キンゼイ」
「申し訳ございません。暴動があれほど拡大するとは。計り損ねておりました」
言い訳しておく。
「よい。私の強引さが一因でもあろう。すべて貴様に被せはせん」
「ご寛恕いたみいります、殿下。いえ、まだ正式ではありませんが女皇陛下とお呼びしたほうが?」
「言うな。すべてを終わらせてからゆるりとな」
(妙に素直だな。ジャンダには彼女が求めるなにかがあるのか? 例の件の調べが進んでないのが引っ掛かる)
キンゼイは皇女のロルドファーガの斜め後ろで思いを巡らせた。
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