イドラス炎上(3)

 キュクレイス皇女はあまりに一直線な人だとステヴィアは思った。だから、あの手この手で人気を得ようとするエンターテインメント業界をふらふらしていると評したのだろう。収益が第一なので当然のことなのだが。


「誰もが国の将来を考えているのではありません。わたしだってちょっと前までは女優になることしか考えていませんでした」

「語るに落ちたな」

「でも! 今は違う! 自由な発想こそ夢を見せられるのです。あなたはそれを奪おうとしてる」


 副腕の放つビームの連射からルルフィーグを逃がす。予想していたロルドファーガの一閃が下から迫った。

 半身で空を切らせつつ、脇に矯めていた斬撃を放つ。スウェーバックして躱した皇女が副腕の先に発生させたブレードを突き刺してくる。切っ先がリフレクタの表面で干渉波紋を生じさせた。


(他の人より副腕の扱いが上手い。向いてるのかも)

 強敵だと感じる。


「今は基盤づくりが必須なのだ。苦境を耐えて強くなれ」

「勝手なことを。生活の心配なんか要らなかった人には解らないでしょう」

「お前には国の動かし方が解るまい」


 平行線である。人をベースに置いているステヴィアと国をベースに考えるキュクレイスでは意見が交わるのは難しそうだ。


「それは今から知ればいい」

「無用。結局人任せにするなら今と同じ」


 反論できない。自分にその素養があるとも思えない。代表者に任せる形になるのは否めないが、選択権が有ると無しとではまったく意味が異なる。


(この人にはみんなの言葉に耳を貸す気がない)

 任せられる相手ではないと思う。


 ビームバルカンの掃射をまわり込みつつ接近する。宮殿敷地を背負うロルドファーガの後ろに見える多数の灯りにトリガーを断念。ブレードの突きに変える。

 皇女は切っ先を揺らして絡めにくる気配。光剣をすとんと降ろし、跳ねあげて肩の付け根を狙う。リフレクタのエッジで止められた。


「小癪な!」

「あなたこそあきらめて!」


 劫火のごとく真っ赤な灯り。そこから走る意識の棘を頼りに攻撃を躱しつつ斬り込もうとするが捌かれる。テクニックでは相手のほうが上。


 ステヴィアは攻めきれずに一進一退をくり返した。


   ◇      ◇      ◇


「ラーゴ、あんたが警察機を排除なさい」

「合点承知」

 リリエルは命じる。


 プライガーに指揮させて市民に攻撃を加えようとする警察機を退ける。街の混乱をどうにかするには戦力を割くしかない。


「ヴィーはあたしと近衛隊を止める」

「はい。二機つづけ」


 ヴィエンタは随伴機を指定してついてくる。ステヴィアと対峙しているキュクレイスの援護をさせるわけにはいかない。


「分かれて攻撃。近づけさせない。いいわね?」

「ですが、お嬢」

「ここは敵の手の内。わかるでしょ?」


 どれだけの戦力が出てくるか予想がつかない。フォーメーションを意識しすぎて穴を作ればステヴィアが墜とされる。個人技に頼って跳ねのけるしかない。


「無理なさらず」

「こんなところで墜とされるあたしじゃないわ」


 ルシエルの二対の金の翅が「フォーン」と空気を鳴かせて滑らかな加速を生む。けたたましい連発音を響かせるロルドモネーとは格違い。

 即座に懐に踏み込み右手のブレードを下から一閃。半身で躱した敵機には、旋回したリリエルの左の横薙ぎが背後から迫る。リフレクタで受けたところへ右の突きが頭部を貫く。


(手練れが多い。詰めきれない)


 追い打ちの次なる一撃は飛び込んできた別の近衛機に叩きおとされる。頭を潰した機体は間合いを取って体勢を立てなおした。

 数を減らさなければ苦しくなっていくのみ。戦気眼せんきがんに映る金線から機体を逃がすのでは駄目。隙間にねじ込んででも撃破せねば次は我が身となる。


(ここは度胸!)


 バルカンの描く射線を巻くように突進。追ってくる砲口を削いで間合いへ。右の剣閃で両脚を付け根から斬りおとす。

 その間に左は逆手に持ちかえる。残った上半身を蹴りながら後進。背後から突進してきたもう一機の突きをかがんで避けつつ背中をぶつけるように接触。脇から通した逆手で貫いた。


(コクピット、いっちゃったか)


 押しのけるまでもなく動かなくなった敵機から離れるとハッチに刃の穴。群衆の上に落ちないよう宮殿敷地に放り投げた。


「取り囲んで仕留めろ!」

「撃ってこない。接近するな」


(おあいにくさま)


 フォーメーションを崩さず近づいてくる近衛機に、腰のビームランチャーを拡散モードで発射。一機が避けきれずに被弾する。

 散らしたところで間合いに忍び込む。双剣の連撃に耐えきれずに片腕を失うロルドモネー。受けきれなくなった相手を肩から反対の脇へと裂き蹴りのける。


(なかなかなヘビーな現場だこと)

 相手に事欠かない。もう次がやってきている。


 視界の彼方では相当激しい戦闘光が舞い踊っている。ビームの筋が次々と走り、時折りブレードが噛みあって生じる紫電が閃く。それなのに流れ弾が都市に降ることはない。両者が意識して戦っているからだ。


(ジュネとキンゼイ。五分? ううん、あの口振りだとジュネは加減してる。城壁を壊していったのだって、たぶんわざとだもん)


 興奮したデモ隊がそこを通って宮殿へと向かっている。制圧させるつもりなのだ。少年はここで幕を下ろす算段である。


(なら、邪魔させないように近衛のアームドスキンはあたしが引き受けなきゃ)

 だから多少の無理もしている。


 金線を紙一重で避けながら前に。四肢にまで神経を通わせ、格子のような射線の中をダンスの振りのごとき動きでよけきる。突きを鳩尾から背中に抜いて制御部を破壊。


「なんだ、あの朱色は! 今のをなぜ躱せる! ありえんぞ!」

「データリンクを盗まれてるのか? いや、それでも躱せるもんじゃない」

「くそ、自由の女神の次は予知の魔女か! 呪われてるのかよ!」


(なかなか粋な例えをしてくれるじゃない)

 一面、正鵠を得ている。


「魔女の次の餌食はだーれ?」

「くっ!」


 残念ながら怖気づく気配はない。彼らにとっても正念場なのだろう。敗れれば良くても再び後ろ指をさされる生活に逆戻り。今の状況を考えれば吊し上げを食らうのは難くない。


(あたしもマズいけど)

 戯言を言っている間に五機に囲まれている。


 上段に振りかざし左右から斬りかかってくるロルドモネー。露骨な牽制を両手のブレードで受けて、その後ろからの狙撃をバク宙しながら二機を蹴って躱す。逆さになりながら、背後から走っていた金線に合わせて双剣をクロスして迎撃。オーバーヘッドキックで頭部を蹴りつぶす。


「くぅっ!」

「そこまでだ!」


 最後の一機に横合いからタックルされる。他の機体もたかってきて腕を捕らえられた。フィードバックでフィットバーが動かない。


(パワーが足りない!)

 こういうときに感じる。


 剣王の協定機ゼビアルのコピーマシンとはいえ、量産化のためにスペックダウンはしている。しかも、設計されたのは彼女の生まれる数年前、生産開始から十五年も経つ機体。重力波グラビティフィンにカスタムチェンジはされていても、駆動系は最新機に見劣りする。


「こんなところでー!」


 腰のランチャーでタックルした敵機のハッチと腕を吹きとばす。ペダルをいっぱいまで踏んで二機を絡みつかせたまま後進。しかし、突きをかざしたロルドモネーのほうが速い。


「確実だな」

「お嬢ぉー!」


 油断していた相手は飛びあがってきた青鈍色のルシエルに真っ二つにされる。つづいて上昇してきたパシュランに剥ぎとられた二機も大破させられた。


「大丈夫っすか?」

「ありがと、ラーゴ。助かった」

「下はもういいっすから」


 リリエルが見下ろすと警察機はほぼ掃討されていた。

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