女神降臨(2)
コリント基地への直通道路は開放された。避難をしようとする人の群れが延々と吐きだされて道路上を埋めていく。
「ステヴィア、君は彼らを先導して基地に」
ジュネは適任な人物を指名する。
「え、ジュネは?」
「ぼくは都市間ハイウェイルートに合流して戻る。あっちは揉めてるみたいだから」
「うん、気をつけて」
(こっちにはもう軍は手出しできない。アームドスキンを差し向けて市民に被害を出そうものなら、さすがに星間管理局は黙ってないとわかる)
もし、暴挙に訴えるようなら考えなくてはならない。だが、あの男がそれをやらせるとは思えない。
(あのタイプは無駄が嫌いだからね)
黒髪の男を思い浮かべる。
パシュランがゲート外側で接近させないよう警察機を牽制しルートをキープ。フェニストラは中を抑えているらしい。
「手こずってる?」
「ジュネ」
リリエルの弾んだ声。
「中がね。警察機がしぶとくって」
「ちょっと強引だったかな。お姉さん、剛毅だからね」
「ポルネは力押しなんだもん。素人くさいったら」
少年は「素人なんだからさ」と諌める。
「こっちにもロルドモネーが来てるね」
「善戦してるって言ってあげなくもない」
「少しプレッシャー掛けよう」
首をひねるルシエルを尻目に上空へ。ビームランチャーを持たせたままバックパックの砲口も下に向ける。無言のプレッシャーに集中するバルカンビームからするすると身を躱しリフレクタで防いでいるだけ。
「なるほど、それで目を引きつけるわけね。中の連中が楽になるわ」
「なにもしなくていい。釣り出されてきたら墜とすだけ」
リリエルも双剣を構えて、いかにも仕掛けるぞというポーズ。気が気でない警察機などは上の空でフェニストラの攻撃を受けている。
邪魔の少なくなった車の波はスムースに流れはじめた。徐々に落ち着きを見せ車列が途切れ途切れになる。
「そろそろ撤収したほうがいいよ」
「おっと、夢中になってた。わかったよ、ジャスティウイング」
車列の後方について警戒しつつ離脱。警護しながら衛星都市ピヒモイを経由してコリント基地へと入った。
「タイミング的にはそう変わらなかったみたいね」
ポルネの言うとおり、南東からも多数の車輌が入ってきている。ハイウェイと違って道路幅の狭い直通道路が輸送力に劣るのは致し方ないところ。
「なに、あれ?」
大量の車が基地入口で停車し、皆が降りている。両手を天にかかげて待ち望むように歓呼していた。そこへ金翼を背負ったルルフィーグが飛んでくる。
「ありがとう、我らの自由の女神!」
「わたしたちの救世主! 感謝します!」
「頼む! 顔を見せてくれ! せめて感謝の言葉を捧げさせてくれ!」
停止したステヴィア機は身動きしない。明らかに戸惑っている様子。
「ははーん」
「そういうことさ」
「だいたい想像つくわね」
ジュネが説明するまでもなく納得したポルネがフェニストラで向かっていく。ルルフィーグの横につけるとその肩を抱いた。ハッチを開けて姿を見せる。
「あたしの妹分のステヴィア・ルニールだ。よろしく頼むよ」
スピーカーで宣伝する。
「うわー! ポルネ・ダシット! 本物だ! すげえ!」
「ポルネ様ー! わかりました!」
「ほら、あんたもみんなに挨拶しないと」
促されてハッチを開けたステヴィアもおずおずと覗き込む。
「自由の女神ステヴィア! 助けてくれてありがとう!」
「ひゃー、めっちゃ可愛いー! 危ない橋を渡った甲斐があるぜ!」
「最高ー! こっち見てー!」
彼女が手を振ると皆が腕を突きあげる。口笛が鳴り響き、熱狂に近い空気が湧きあがった。
「いいかい?」
ポルネがジェスチャーで一度収める。
「ここはホテルじゃないんだ。あんたたちを接待するつもりはないからね? 食料はどうにか手筈を整えるからそれ以外のところは自分でやるんだよ」
「承知しました、ポルネ様ー!」
「大変だと思いますけど、みんなで助け合って頑張りましょう。わたしもいつまでもこんな状態でいいと思ってません。皇室が考えを改めるまで、それぞれできることをして戦い抜きましょう」
また歓声が湧き起こる。少年にはよくわからない世界だったが、これはこれでどうにか統制できそうな雰囲気だった。
「まるでステージね」
パルトリオンにルシエルが接触して回線を開いてきている。
「ぼくの知らない感じだけど」
「これでいいのよ。多少の不満があっても連中はポルネたちの言うこと聞くから。ステヴィアも自覚できてきたみたいだし」
「希望したんじゃないだろうけど、自分が時代の流れの中心にいることぐらいはわかったと思う」
時代の子の運命である。
「ほんと、面白いくらい彼女を中心にまわっていくのね」
「そうなってる。ただ、そうさせたとも言えるんだけどさ」
「これも計算のうち? キンゼイの?」
対抗勢力が生まれるのは容易に予想できる。そうなるよう、まず主たる一業態を締め付けるよう持っていった。
そこにヒーローが生まれてくるのも自明の理。求心力のある人物が現れる。もしくは作りあげられる。ただ、それが縁のある娘だとは思っていなかっただろうが。
「そういう意味で彼も時代の子を生みだすキーマンだったんだよ」
「自分で綴ったシナリオに乗せる人を自分で育てていたわけね」
リリエルは愉快そうな面持ち。
「計算していなくても自動的にそうなる。人類の矯正力ってすさまじいものだね」
「あたしはよーく知ってる。お祖父様の半生なんてまるでドラマだもん。でも、自覚してる? ジュネの宿命だってそのすさまじい力に支えられてるのよ?」
「うん、自覚してる分だけしっかりと
準備のために知識が必要なのだ。だから、こうして欠片を拾ってまわっている。未来に訪れるであろう直接対決に向けて。
「付き合ってくれる?」
「も、もちろん。任せなさいって」
はにかみながらも胸を叩くリリエルにジュネは笑いかけた。
◇ ◇ ◇
北の都市間ハイウェイゲート、北東の軍用ゲートともに修理が進んでいない。キュクレイスはその様子が伝えられているニュースを忌々しい気持ちで眺めていた。
当然早い対応を命じたのだが両地点で住民とのにらみ合いがつづき、修理の作業員を入れられないでいる。警察も軍も追い払うのが精一杯。強硬姿勢など取ろうものなら再び衝突は必至の状況。
「いささかやりすぎましたね」
苛立ち紛れに払い落としたグラスを男が拾う。
「徴用はそなたも許可したではないか」
「まさか、いきなりあのような規模で、しかも説明もなしに連れていくとは思ってませんでしたよ。もう少しやんわりと始めなければ、強く押すだけだと反動も大きい」
「労働大臣の所為だ!」
そんな台詞を、違うグラスに氷と強めの酒を注ぐキンゼイの背中に投げつける。
「そうやって厳しくおっしゃるからです。今やあなたは支配者なのですよ。昔の、我儘で鬱憤を晴らすくらいしかできなかったお飾りの皇女ではありません。もっと寛容におなりください」
「叛徒どもをのさばらせておくほどおおらかになれと言うか?」
「つけ入る隙を見せないくらい時間を掛けてもいいと言っているのです。あまり強引だと反発しか買いません」
立ち上がって彼が差しだしてくるグラスの中身を含むと、胸ぐらをつかんで引き寄せる。唇越しに酒を注ぎ込んだ。
「強引なのは嫌いか?」
「あまり気分の良いものではありませんよ」
軽く肩を押される。
「なら、どうすれば私のものになる? 私の思いどおりにしてくれる?」
「今でも殿下の御意のままです」
「じゃあ、黙れ」
キュクレイスはさらに強く唇を重ねた。
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