女神降臨(1)
「あなたの自由はそんなに安いの? あたしなら自分を安くは売らない。最後まで足掻いてみせるから」
人気女優ポルネ・ダシットがそう訴えかける映像が流布される。それは瞬時と言っていいほど首都イドラスの人々の間に広まった。
「無理をなさらないで。あなたの身体はあなたしか守れません。皇室の横暴に耐えなくてもいいのです。抗わなくてもいいのです。自分のために逃げだして」
「そうだそうだ!」
出演でも名の売れたスタントスター、テセロット・ナイアスティンが賛同している妙齢女性のことも噂になる。祈るようなポーズで真に迫る訴えをする彼女の正体を詮索する声も湧きあがっていた。
(出しゃばりだって思われてもいいから、少しでも背を押すことができれば)
ステヴィアはその一心で言葉を紡いだのだ。
「ほーら、話題になってる」
「そんな」
ローカルネットはその話で持ち切り。ポルネの人気に下支えされて一気に伸びている。
『あの娘は誰なんだ。僕たちのことを心配してくれてるのは本当なのか?』
『そうよ。いつ強引に連れていかれるかわからないんだもの。あの人の言うように逃げるのが正解かも』
『ポルネ様と一緒ってことは彼女も
『リキャップスが占拠してるコリント基地に逃げ込めば会えるかもしれない』
多少邪な思いも混じっているようだが本来の目的は果たしていると思う。そのあたりはトラガン監督の思惑どおりなのでとやかくは言えない。
「人は力。人数が増えれば増えるほどそれが意見になるの。人気商売しようっていうあんたなら、この理屈わかるでしょ?」
「そうですけど、なんか一気に火が点いちゃうってのも危険な感じがして」
「ん? 一発屋で終わりたくないって? 案外強欲だね」
「違います!」
(もし、わたしに人の心を動かす力があるのなら。誰かを救えるのならいくらでも頑張れる。あの方の罪を打ち消してしまえるくらいに強く輝いてみせれば)
ステヴィアにも秘める思いがあるだけ真剣になる。
しかし、不安に駆られているイドラス市民にも生活がある。即座に動いた者は実際にはほとんどおらず、基地に逃げ込んできたのは数十名でしかない。
身辺の整理に時間を費やした市民は、皇室が放った移動禁止令により足留めをされることになったのを悔やんだ。直通の一般道やピヒモイ経由を目論んだ都市間ハイウェイ利用者もイドラス脱出が叶わない。
「首都脱出援護作戦を行う」
トラガン監督が宣言する。
「ハイウェイ開放が第一目標。ここは封鎖を警察がやっているし数も多い。戦力を振り分けなくてはならない。ポルネ、二十機つれて向かえ」
「あいよ」
「ブラッドバウも隊の警護を頼む」
リリエルがOKの合図を出している。
「直通道は軍管理なので門で閉鎖されてて、むしろ警備は少ない。ここも開放するぞ。テセロットとステヴィアを含めた十機で行って門を破壊して市民を逃がせ」
「うーい」
「はい」
軽いほうを任される。相手は軍だがアームドスキンがいても数機というところ。基地警備の二十を残しても十機も差し向ければ開放は可能だと言われる。
「さすがに首都よ。接近すれば警備を増強するはず。
リリエルの気遣いで緊張がほぐれる。
「いや、そっちはぼくが行こう。君は隊を率いてハイウェイの確保を」
「そう? ジュネがいるなら何機きても平気ね。そうしましょ」
「ぼくらはあくまで突入は無しだからね」
少女は「はーい」とちょっと不満げ。
「以上。作戦を決行する。これが済んだ頃には補強もある。踏ん張りどころだぞ」
「さあ、
ステヴィアたちは出撃準備に向かった。
◇ ◇ ◇
彼方に
「でも、いますよね?」
「この数で動けば見つからないわけがない」
ステヴィアたち一隊はビームバルカンの洗礼を受けている。遠ざけようと弾幕を張られていた。
閉鎖されている門の向こうには幾つもの灯りが浮かんでいる。高さからしてアームドスキンが待機している模様。
(一つ、二つ……、六つまでは確実。それ以外はちょっと)
判別できない。
というのも、路面の高さには無数の人が集まっているのが彼女とジュネには見えている。首都脱出を目指してやってきた人々。彼らをどうにか脱出させるのが目的。
(でも、あんなにいたらとても戦闘なんてできない)
テセロットやリキャップスメンバーは突入可能だが、足元を民衆が埋める状態で白兵戦などやれば甚大な被害が出る。どうしたものか迷った。
「動けないのはお互い様。放置すれば衝突する」
「あ、ほんとだ」
ステヴィアの不安の色を読み取ったジュネが先行する。
あとは任せたとばかりに道を譲る。彼女のルルフィーグとフェニストラの一団は直通道路につながる大型門扉に取りついた。
「斬り取ります! 場所を開けて!」
そう言いつつブレードを門扉の高い位置に突きたてた。内側から見てもなにをしようとしているかは一目瞭然のはず。前から逃げだしていると信じて下まで裂く。
引き剥がした門扉を放りだすと大勢が注目していた。ステヴィアは自分に向けられる感情の奔流に目がくらむ。
「さあ、自由時間だ! 外に飛びだせ!」
テセロットの陽気な呼びかけに民衆は一斉に動きはじめる。制止しようとする軍警備隊の群れへと突っ込む形で。
(いけない!)
恐怖に駆られた兵士たちが小銃型のハイパワーガンを構える。慌てた彼女は彼らの前に衝立のようにルルフィーグの手を差しいれた。
「あなたが守るべきは誰ですか? 皇室だけですか? 市民を守る尊い職務を志して兵士になったのではありませんか? 本当の気持ちに従って!」
必死に呼びかける。
それでも点数稼ぎにと2mもある手の平から飛びだして銃を向けようとする者もいる。ところがその兵士は撃つ前に倒れ込んだ。同じ兵士に足を撃たれて。
「もう、こんなことやってられるか!」
「馬鹿らしい! 俺は逃げるぞ!」
「お前ら! ……俺も逃げるから置いていくなよ!」
人の波が決壊する。ステヴィアが手を持ちあげると足までもが飲み込まれそうになる。咄嗟に重量ゼロまで
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
「させない!」
スピーカーからけたたましい警告を響かせて
左手に持たせたブレードを脇から突きいれる。背中へと向けてねじる。制御部へ到達した切っ先がアームドスキンの動きを止めた。
「こんな兵器で一般市民への攻撃なんてありえない! 絶対に許しません!」
「貴様ぁ!」
放たれたビームバルカンを躱して砲身を刎ねる。蹴りは腰へと当たって相手を押しつぶした。頭にバルカンを押しつけて短くトリガー。
それでも暴れて周囲を破壊し、がれきが人の波に飛んでいるのでやむなくコクピットごと撃ち抜いた。
「なんて神々しい」
そんな言葉を外部マイクが拾う。
「あの声、間違いなくあの娘だ。動画で逃げろって言ってくれた彼女だ!」
「私たちに自由をくれる女神が来てくれたのよ!」
「彼女は俺たちの自由の女神だ!」
夢中で戦っていたが、いつの間にか他のアームドスキンはテセロットたちが制圧している。群衆は足を止めてルルフィーグを見上げていた。
「あ! や! そんな呼ばれ方、恥ずかしい! いいから早く逃げて!」
驚いたステヴィアは照れ隠しに叫んでいた。
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