支配の構図(2)
「キュクレイス皇女殿下の勅命により、協力を求められた国民がジャンダ基地付設の軍工廠へと向かっています。選ばれた方々は現地で殿下へご奉仕する栄に浴することになるでしょう」
そんな解説がニュースネットワークに流れる。報道機関などとうに皇室におもねった言論を発表するところしか残っておらず表向き自由はない。
(こうなることが解らなかったほうが間抜けな感じするけど)
リリエルは正直、同情の余地をあまり感じていない。
専制政治の危険性に気づき反対する者がいなかった、もしくは少なかった時点で感性は鈍麻している。政治無関心の合併症ともいえるこの症状が重症にいたっていたのだろう。
「ダニスピクチャーのウォートやデニも入ってるじゃん」
「こんなの協力じゃなくって連行でしょ」
コーディーやアイオラといった裏方組には見知った顔が多い様子。
「どうにかできないんですか?」
「イドラス内部のこととなるとまだ手出しできない」
ステヴィアの訴えにリーダーのフェンダ・トラガンが答える。
「こっちもようやく拠点らしい拠点を確保できたが十分な戦力もない。狙うとすればジャンダ基地へのルート上になるだろうが、この報道は数時間前のものだからな。もう手遅れだ」
「そう……なんですね」
「悪いがどうにもならん。参加を持ちかけたが怖気づいて首都に残ったのは連中の決断だ。逆らわなければなにもされないと思うのは読みが甘いとしかいえない」
今は多少なりとも技術を持つ市民が狙われている。しかし、いずれは対象が拡大するであろうことは想像に難くない。すべての国民が皇室の支配下に置かれるまでつづくと思われる。
「どうしてだ! うちは政府の指導に従って皇室を賛美するものを作ってたじゃないか!」
「やめてくれ! せめて家族に説明する時間くらいくれよ!」
ハンドレーザーを突きつけられて連れていかれる人々の映像が流出している。暗黙の抗議のつもりだろう。それをリキャップスメンバーは悲痛な面持ちで眺めることしかできない。
「避難をうながす宣伝でも流すしかないみたい」
「そうです! ポルネさんが訴えかければ首都の人たちも勇気を出すでしょう」
ステヴィアが名案だと飛びつく。
「難民を受け入れる体制作りができるもんかい?」
「補給は御大になんとかしてもらおう」
「それじゃ、やってみる価値はあるね。うちらも避難民の警護になら出撃できるし」
軍事に注力していなかったエイドラは軌道防衛艦隊の組織力が極めて弱い。だからリキャップスへの補給も網を抜けて滞りなく届くし戦力増強も見込める。リリエルのレイクロラナンがすり抜けて降下できたのも軌道封鎖をするほどの組織力がなかったお陰だ。
「はじめるよ。うちらの本領だ」
ポルネが手を打つ。
「ステヴィア、あんたも出るんだよ」
「わたしですか? どこの誰かもわからないのが出ても意味ないんじゃ」
「いいのさ。若くて可愛い女が涙ながらに訴えれば心に届く。演技力なら問題ない」
段取りが決められていく。
「嬢ちゃん、君も出ないかい?」
「あたし? 冗談はよして。あんたたちとは畑違い」
「そうかな。嬢ちゃんくらい可愛ければ効果あると思うぜ」
フェンダが元映像監督の腕を活かして仕切りはじめる。ついでとばかりにリリエルにまで声を掛けるがお断りだ。持ち上げられようが、広告塔までやる気はない。
「行きましょ、ジュネ」
「うん」
出る幕のない人間はさっさと逃げだすに限る。彼女は少年の手を取って基地の司令室から出た。
「どう思う?」
「避難民の保護ならぼくたちにも出番があるんじゃないかな?」
表面上は平穏を保っている首都への武力介入は行き過ぎだ。依頼者保護契約の拡大解釈などすれば星間管理局がなにか言ってくるかもしれない。が、そんなことを言っているのではなかった。
「そうじゃなくて!」
「気づいた?」
ジュネが顔を向けてくる。
「気づくわよ。あんな映像の流出なんて真っ先にカットしとかなきゃいけないでしょ。全土に不安が広まっちゃう」
「おそらく全然規制してないんだ。それがエルが言ったみたいな怖ろしいことを引き起こすとは思ってない」
「それって変じゃない?」
胸に引っ掛かる。ちぐはぐな感じがして仕方がない。
「皇室への主権返上がここまでスムースに行われたのよ? ちょっとでも手間取ってれば、おかしいって思う人が出てきてもいいのに。そんなことを考える暇もなく熱狂のうちに完遂しちゃったんだもん」
彼女の疑問はそこだ。
「偶然じゃないはず。それだけの計画をしたブレインがいないと変。それだけの切れ者があんな穴を見逃す?」
「だからだよ。意図的に穴を開けたままにしてある」
「それって?」
このままでは暴動に発展しかねない。情報封鎖をしてもどこからかもれてしまうものだが、それでも遅延工作にはなる。それをしないということは意図的なものだと少年は言った。
「あの人は暴動を誘発させようとしてる」
「キンゼイ・ギュスター?」
思い当たるのは皇女の懐刀とされている人物。
「ジュネってばあいつとなにか話してたわよね? 警告してたんじゃないの?」
「ううん。それが国民の選択なら、ぼくはこの
「そういうとこ、冷めてるのよね」
少女の知るジュネは決して絶対の正義などではない。星間法に関わる部分と、自分の宿命と疑いもしないタンタル絡みのこと以外にはそれほど興味を示さないのだ。
「あいつ、なにを企んでんの?」
自分の仕える皇室を追い詰める手段としか思えない。
「悪役が必要だったんじゃないかな、市民に目を覚まさせるための」
「乱暴すぎない?」
「痛みを伴わないと意識への刷り込みができないと考えたんだと思う」
非情にもほどがある。
「そこまでする? 確かに無関心の危険性を声高に訴えた程度じゃ治らないくらい重症じゃなきゃこんなことにはならないでしょうけど」
「処方したのさ、とんでもない劇薬を」
「うわー」
リリエルは苦いものでも飲まされたような顔をする。少年はくすくすと笑った。
「それを言ったら、ぼくだって劇薬だよ」
ジュネは笑いながら言う。
「裏事情はあるにしても、表向きにやってることはほとんどテロリズムに近い。それでも、いつどこに現れるかわからないから腹に一物ある人は自重するよね。存在するだけで強すぎる薬じゃない?」
「そんなことない。助かってる人だっているんだもん」
「正義の味方なんてだいたいそんな役割なのかもね」
笑いは自嘲に変わる。
「いるといないとではぜんぜん違うの! そもそも
「たしかに」
「堂々としてなさい」
少年が卑下しているのではないのは解っている。やめる気がないことも。
「で、キンゼイが描いたシナリオの結末ってなに?」
「さあ?」
肩をすくめる。
「自ら悪役を討って支配者の座に収まるか。討たせる配役を準備してるか。討たれるつもりでいるか」
「ちょ、それって!」
「ステヴィアが泣かないですむエンディングならいいけどね」
バッドエンドを示唆する。
「どっちにしたって
「あたしだって居るんだから」
「うん、頼りにしてる」
欲しい言葉がもらえて満足する。少女は上機嫌になった。
「仲良しっすよね、二人とも。ここまで手をつなぎっぱなしっすから」
プライガーに指摘される。
「しっ!」
「あ!」
ヴィエンタが黙るよう言うが手遅れ。
真っ赤になったリリエルは慌てて手を離した。
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