支配の構図(1)
「民間徴用ですか」
「うむ、それしかあるまい?」
ロルドモネータイプの投入で叛徒の鎮圧とはいかないと感じたキュクレイスはキンゼイに持ちかける。まずは単純に生産力の向上が必要不可欠なのだ。
しかし、産業としての基盤がないエイドラでは民間委託とはいかない。秘術を用いたアームドスキンの生産は軍工廠で行っている。人海戦術でそこの生産力を上げようとしている。
「問題はないでしょう」
「では進めるぞ?」
近衛の長は頷く。
「ただし、パイロットに関してはおあきらめください」
「なぜだ?」
「民間人を前線に追い立てれば不満が一気に爆発します。叛意の増大にしかなりません」
皇室政府維持の邪魔になるという。
「幸い、新機軸機アームドスキンの人気が高いお陰で軍でも立候補者は少なくありません。そちらを使えば間に合うでしょう」
「質が下がるのではないか?」
「確かにパイロットも徴用すれば才能を見いだせるかもしれません。ですが、裏切る可能性の高い才能です。そんな者を強力な兵器に乗せるのは愚の骨頂。むしろ軍の兵力をそちらに削がれるでは、
真意はともかく理に適った回答だ。皇女も納得せざるを得ない。
「長引かせるのも得策ではない。すでに訓練を重ねている予備パイロットの範疇で勝負を決するべきです」
キンゼイは断じる。
「そうは言うが、ジャスティウイングやブラッドバウは難敵であろう? 貴様が敗北を喫するほどだ」
「事実ですから言い訳のしようもありません。ですが、彼らがいくら強力であろうと看板を背負っている以上動けないのですよ、このイドラスに対しては」
「む、市民が人質になるか」
積極的な都市攻撃はできないと読んでるという意味。
「御大層に『正義』なんて標榜するから民間人には傷一つ付けるわけにはまいりません。リキャップスに協力しようにも首都攻めには参入できないのです」
「悪名が立ってしまうからな」
「ブラッドバウも同様。
ゆえに管理局に内紛として認定されている活動のために、今後もしイドラスへの攻撃も辞さないとあらばリキャップス単独になるはずだと彼は言う。つまりコリント基地をあきらめればこれ以上の悪化はないと主張した。
「いささか消極的ではないか?」
多少の不満は募る。
「認めます。殿下の体面を重んじれば攻略したいところなのではありますが、いかんせんあれは扱いの難しい敵です。無闇につつかなければ被害を最小限にして叛徒どもを削り取れるので」
「このイドラスを罠にすると言うか」
「いいえ、皇家という餌を下げていおけば彼奴らは必ず食いついてくるのですよ」
大胆なことを言う。
「不敬だぞ」
「私を切りますか?」
「切れんな。わかっていて訊くな」
キュクレイスは失笑する。この男の恐ろしさの本質はなんでも躊躇いなく利用するところにある。だから隙が少ない。
「よかろう。当面はコリント基地の一つくらい預けてやる。ただし、最終的には虫一匹残らず駆除してやるぞ」
「ご随意に」
(お供するとは言わんか。弾圧となると変に消極的になるところがあるな)
言葉尻といえばそれまでだが。
(市民革命が最も怖ろしいというのは私とて理解している。しかし、人気だけで永く君臨するのは困難なのだ。不倶戴天の敵でも共有せんかぎりな。必然、別の要素、つまり恐怖も必須になる。最も人を縛るものだからな)
話は済んだと手を振るとキンゼイは退室する。皇女は次に指示しなければならない相手を呼びだす。
「お呼びでしょうか、皇女殿下」
「来たか」
次に現れたのは禿頭の老人。労働大臣に任命している男だ。目立った功績や際立つ個性はないものの、任せれば地道に堅実な成果をあげる仕事人タイプの人物。
「人を集めろ」
前置きもしない。
「パーツは工作機械に任せればいいな。素材管理と製造管理ができる人間だ。機体の最終組立と調整は人力でやるしかあるまい。そちらに多数を注ぎ込むことになる。ロルドモネーとロルドファーガの生産をさせる」
「そんな急に申されましても技術者を融通しかねます」
「探してこいとは言っていない。素人でもいいから連れてきて指導係を付けてやらせればいい。二十五時間体制でだ」
一日当たり二十機は組み上げろと言い添える。
「それは常時体制ということですか?」
「何度も言わん」
「そんな」
慌てて資料の検索と計算をはじめる。老人の顔色はどんどんと悪くなっていった。
「輸送や諸々含めると四〜五千人は必要になります。今から募集しても殿下のおっしゃられた生産量にするにはひと月程度の準備期間をいただかなければ」
彼女を窺いながら答える。
「募集しろと誰が言った? 私が
「つまりは……」
「人が足りないなら二交替でもやらせればいい」
眉尻を下げて情けない顔の労働大臣は口をパクパクとさせる。
「そんな労働体制は法制違反になりますれば」
「それはいつの法制か。今のエイドラにおいて私の命令より優先されるべきものか? 答えよ」
「殿下の仰せのとおりに」
皇女が「すぐに掛かれ」と命じると老人は足をもつらせながら駆けていく。目の届かないところまで行って文句を言うか、あるいはそんな度胸もないか。
(こうして支配の構図を組み立てていくものだ。国民すべてが理解するまで知らしめるのみ。権力とはこうして使う)
キュクレイスは専制政治の本質へと一歩踏み出した。
◇ ◇ ◇
(あれはもう酔いはじめているな)
宮殿に設えられた待機室に戻りながらキンゼイは思う。
(早晩暴走をするだろう。変貌した皇女を見て市民はどう思うだろうか? 自分たちがなにを目覚めさせたのか気づくのに時間は掛かるまい。もう手遅れだがね)
人権侵害が行われる。しかし、そのときになって初めて気がつくのだ。自分たちが人権というものを失っているということを。
これは星間管理局も介入できない問題。国家間統制機構である管理局は、他国の侵略の結果による強制労働などであれば人権問題として介入可能だが、こと国民が選んだ結果の内政問題となると介入は不可能になる。
(せいぜいが警告止まりというところ。支配体制作りに躍起になってるうちは近隣国家の目など気にしている余裕は皇家にもない)
批判の声が届いても鼻にも引っ掛けまい。キュクレイスにしてみれば、国を富ませ強くする準備段階だと考えているだろうからだ。
(不満は溜まるがすぐには起爆すまい。政治に無関心だった負い目がそうさせる。ただ恐怖から逃げだすくらいが関の山。そこが狙い目だ。動けよ、我らが自由の女神)
栗色の髪の美しく若い女性。支配を打ち砕く自由の使者を市民が信奉しないわけがない。いずれステヴィア・ルニールを中心に事態が動きはじめる。そのときこそ彼の役割が意味を成すのだ。
(問題はジャスティウイング、あの少年がどう動くつもりかだな)
懸念すべき点になる。
(正義の象徴などに救われればなにも変われん。市民は困れば誰かが救いに来てくれると怠惰になるだけ。同じ歴史が繰り返される。それでは報われんぞ)
自分の使い時が重要。彼の手札は自身の能力でしかない。
(覚っているふうだったが、どこまで信じられる? 年齢なりの正義感のみで動いてくれるなよ)
当初予想していたより複雑な図式にキンゼイは頭を悩ませた。
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