キンゼイ出撃(3)

「ステヴィア、ぼーっとしない! 足止めてたら次の瞬間には死んでるわよ」

「ごめんなさい!」

「わかったら動く。皇国軍が押してきてる」


(すごいじゃない、あの男。ジュネを止めるなんて)

 ステヴィアを叱咤したリリエルは少年の様子を窺う。

(野心家じゃなけりゃ見どころあるのにね。勝負したくなっちゃう。見極めるまでは手出し無用って言われてるけど)


 前列をなしていた市販機は彼女の部下の突撃に翻弄されてほぼ全壊。リキャップスのフェニストラの弾幕にさらされている。

 左翼をまわりこむように後衛が出てこようとしていた。異様なフォルムが目立つロルドモネーの群れ。本命の物量がステヴィアたちを圧倒しようとしていた。


「押し返しなさい、ラーゴ、ヴィー」

 両脇を固める青鈍色とピンクのルシエルに命じる。

「合点承知でさぁ、お嬢」

「やってみせるんで先走らないでくださいね、お嬢」


 二人がパシュランを率いて正面から激突。程よく乱れたところで隙を探した。


(みーつけた)


 リリエルは朱色バーミリオンのルシエルを一気に加速。双剣を抜いて切っ先を踊らせる。口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。

 斬り結ぶ暇も与えない。振りだす前に手首から刎ねる。肩口から袈裟に落とす。右で弾いて左を鳩尾に突き入れる。敵中で思う存分暴れた。


(姑息なことするからよ)


 脳裏に走る背後からの金線。戦気眼せんきがんに映った一撃が現実になる前に旋回して薙ぐ。当てずっぽうの剣閃は胴体を上下に分けた。プラズマが噴出してきて機体が爆炎に飲まれていく。


「あちゃー!」

「やっちゃった」

 プライガーとヴィエンタが悲鳴をあげている。

「あたしのルシエルに敵うものなし! そんなとこで遊んでんじゃないわよ!」

「ですがね、お嬢……」

「黙れ! 『ブラッドバウ』の名に懸けて敗北なんて許されないんだから!」


(無双の剣王。その名を受け継ぐところまで駆け上ってみせる)


 それでこそジュネの傍に居場所を作れるとリリエルは思っていた。


   ◇      ◇      ◇


 キンゼイは大破機の操縦核コクピットシェルを僚機が回収する時間を稼ぐべくジャスティウイングを抑え込んでいた。力は拮抗しているかのように思えるが、どこか手控えも感じる。


(ステヴィアがなにか言っていたか? いや、私の目論見を看破していると思ったほうがいいか)


 試すつもりが試されている。意図を読むつもりがすでに読まれている。底しれぬ存在感を持つ大型機は全体を睥睨しているがごとくそこに在った。


「もう苦しいか」

 地上戦闘下手を露呈した軌道部隊は崩壊寸前。

「下がれ」

「しかし、ギュスター卿?」

「この時点でコリントの防御フィールド内にも侵入できていない。奪還など不可能だ。これ以上は恥の上塗りと知れ」


 リキャップスのフェニストラでさえほとんど損害を出していない。ブラッドバウにいたっては言うまでもない。


「退く?」

「そうさせてもらう」


 部隊回線での命令を終えたところでジャスティウイングが訊いてくる。彼がビームランチャーを向けたままゆっくりと後退をはじめたので覚ったのだろう。

 リフレクタを前にかかげた大型機が胸の口を開く。驚くほど分厚い外部装甲の奥に微かな明かり。そこから緩衝アームによってシートが押しだされてきた。


(なに!?)


 座っていたのは小さな身体。立ち上がるとさらにその小ささが際立つ。上部開放型ヘルメットの透き通ったバイザーの向こうには子供の顔が収まっている。


「もっと後ろを気にして」

「後ろ?」

 今の話ではないだろう。

それ・・は御そうとして御せるようなもんじゃない。あなたまで飲まれると惑星ほしごと壊れるよ? 今のラインを維持できればまだ成功の可能性はある」

「なにを知っている、少年?」

「ぼくの名前くらい耳に調べさせておきなよ」

 少年はくすくす笑う。

「ジュネ」

「憶えておこう」

「それよりステヴィアを泣かせないようにするのを勧めるけどね」


 ロルドファーガを飛び立たせる。大型機の威圧感は距離を取るまで消えないまま。どう足掻いてもトリガーを絞れるような状態ではなかった。


ステヴィアあれは私の計画の切り札になった。苦しめるようなことはせんよ)


 キンゼイはなぜ彼女が泣くのか理解できていなかった。


   ◇      ◇      ◇


「敗れたか」

 皇女キュクレイスはコリント基地奪還戦の戦況を観察していた。


 わざわざ軌道から降ろしてまで投入した部隊は機能しなかった。惑星防衛の要である軌道艦隊なのだから当然選ばれたパイロットが配属されている。

 しかし、蓋を開けてみれば無様をさらす。演習に費やされていた予算は彼らのルーチンワークの糧でしかなかったようだ。


(後ろ指をさされるような環境に置かれて士気を維持しろとはとても言えないが)

 皇国軍になるまでは、ただの金食い虫扱いだったのだ。

(積み重ねたものがなければ使い物にはならないか。だとて、実戦で学べでは間に合わないな。ならば質を求めず量でカバーするしかあるまい)


「当て外れでしたな」

 控えていた宮内大臣がため息混じりに言う。

「これでお解りいただけたのではありませんか? あまり決まった人間を重用なさるのはお勧めできません。ギュスター卿とて完璧ではないということ」

「この一戦であれを責めるのはどうか。軌道部隊の戦隊長のメンツを軽んじないよう、指揮権をキンゼイに移譲しなかったのは私の判断。それ故に効率的な作戦行動に繋がらなかったと見たが」

「いえ、まさか殿下の責任を申しているのではありません。ただ……」


 かなり肥満症の大臣は言葉を濁す。おののいて汗に濡れはじめている。


「言うな。キンゼイが完璧ではないのも確か」

 露骨に安堵した様子を見せる。

「それは私に関してもだ。だから才気あふれる者を上手く使わねばならん。それが王器というものであろう?」

「仰せのとおりで」

「そなたら現職議員ができなかったことをやらねばならないのだ。苦労はこれからというところ」

 今度こそ大臣は震えあがって青くなった。


 皇室政府発足前に要職に在った大臣などは首を切ったが、議員すべてを解職したわけではない。そんなことをすれば政府機能が麻痺する。

 いくら蓄財に精を出していたとはいえ彼らが実務を取り仕切っていたのは事実。急に民間から登用しても機能するようになるまで育ってはくれない。現職議員からマシな人間を登用している。


(だからこそ、いつ切られるかと戦々恐々としているのだろうがな)

 ときに脅しておかないと努力をしないだろう。


 それを勧めたのもキンゼイである。キュクレイスとしては、国を内部から腐らせてしまった連中など一掃してしまいたかった。だが、それでは立ち行かないと説き伏せられた結果なのだ。


(ちょっと油断すれば他人の足を引っ張って落とすことしか考えなくなるとは)

 憂鬱になる。

(此奴らを用無しにするにはどれくらいの期間が必要か。キンゼイが数十人もいればすぐにでも放り出してやろうものを)


「粉骨砕身お仕えする所存にございますれば、今しばらくご猶予を」

「やってみせろ。期待に背くな」

 大臣は平伏している。

「それに、なんでもキンゼイに任せているわけではない。君臨するならば、それだけの力を示さないといけないだろう。あまねく国民に示すときはやってくる」

「この愚か者にも理解できるようお願いできますでしょうか?」

「知らずともよい。強いて言うなら、皇家の秘術も一つではないということ」


 大臣は首をひねるばかりである。このくらい打っても響かない人物であれば多少は口が軽くなる。相手があの切れ者キンゼイなら手札の存在など口が裂けても言わないが。


 キュクレイスは大臣に下がるよう手で合図した。

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