キンゼイ出撃(1)
キンゼイは首都イドラス北西のコリント基地奪還に向けて戦闘分析を行っていた。戦力はそれなりに揃っているものの、侮っていれば足を掬われかねない。ましてや、
「この機体はブラッドバウのものではないのか?」
情報士官に訊く。
「おそらくは。ただし、パイロットはリキャップスのメンバーだと思われます」
「気前よく提供するのか?」
「戦闘協約ボードに登録がありまして、当該アームドスキンは『ルルフィーグ』と確認できました。市販化されて十年以上は経つ機種です」
彼が勘違いしたのには理由がある。その女性的な細身のフォルムを持つアームドスキンは
「これで型落ちだというか」
あの宙区のやることは底しれない。
「素人集団にアドバイザーでも付けたかと思ったが」
「我々もそう考えましたが違うようなのです。パイロットも判明しております。ステヴィア・ルニール、組織内では新鋭とされている女です」
「……!」
思わず目を瞠る。投影パネルに現れた女性の顔はよく見知ったもの。ここ七、八年、キンゼイに演技動画を送りつづけていたのだから。
(君が私を討とうとするか。いや、君だからこそと思うべき)
意識せず浮かんだ笑みは楽しげというより、皮肉に失笑したもの。
「非常に危険です。暗殺させますか?」
組織に入れたスパイの存在を匂わせる。
「嘗めないでもらおう。この程度で私に敵し得ると思われたなら心外だ」
「申し訳ございません」
「置いておけ。なんとでもなる。それより問題はブラッドバウのほうだ」
問題の戦闘艦レイクロラナンは星間銀河圏での民間軍事組織として活動可能な登録がされている。正当な商業活動としての軍事行動が認められている。だからといって納得するのは安易に過ぎる。
「なんらかの意図があるとお思いですか?」
「無いと断じる指揮官を信用できるかね?」
「できませんね」
情報士官は苦笑する。踏まえて考察できる相手でなければ怖ろしくてついていけないはず。
「かの『ジャスティウイング』とのつながりが読めん」
調べたが判明しない。
「レイクロラナンの寄港地を確認しようとしたのですが、守秘情報として消去されていますね。星間管理局側の便宜が窺えます」
「管理局も噛んでいると考えていいだろう。ジャスティウイングの出現地点と合わせて洗えば目撃情報くらいは拾えるとしてもそれ以上は追えん。さほど意味はない」
「やはり司法部巡察課の関与は真実なのでしょう」
裏に
「推測の域は出ないか」
「どうにも」
(あの『ファイヤーバード』が絡んでいるのならジャスティウイングの活動が問題視されないのは理解できる。ブラッドバウに関しても)
いくつかの共通点が見いだせる。
(星間管理局の関与、それと比類ない情報技術。両者をつなげているとすれば……、ゴート遺跡か。だとすれば目的はなんだ?)
エイドラの政変、つまり彼の計画に問題を感じているのだろうか? 超文明の遺跡などという未知の存在に目をつけられるような要素はないはず。
「引き続き調査を。
「承知しました」
「私は皇女殿下に出撃の報告をしてくる」
情報士官は「ご武運を」と付け加える。
キュクレイスに首都を離れる旨を伝えておかねばならない。計画どおりとはいえ義理を欠くと信頼してもらえない。
(コリント基地を使わせておくくらいの価値があるかどうか。試させてもらおう、ジャスティウイング)
キンゼイは計画のために直接確認する必要性を感じていた。
◇ ◇ ◇
皇軍は、近衛隊以外は軌道から降ろした一個艦隊八隻分二百四十機である。コリントやジャンダといった首都防衛重要拠点ほどにロルドモネーの配備は進んでいないがパイロット的には精鋭揃い。
(愚鈍な指揮官でも勝てる数と質だが、さてどう出る?)
(やはりか)
撤退の気配はない。ブラッドバウのものと思われる銀色のやや大柄なアームドスキンが大地に布陣している。対する軌道部隊は飛行しつつ接近していった。
彼我の距離が詰まると砲戦がはじまる。皇軍部隊は高度を持つほうが有利というセオリーを守って上空からの狙撃をくり返していた。
(違うな)
砲戦では損害を与えられない。前列を形成する地に足をつけた銀色のパシュランは跳ねて機敏に躱し、
近接戦闘の間合いまで入ると彼らは機を見て跳ねあがってくる。進行方向を読まれて機体を衝突させる勢い。接触すれば剣技では到底敵わない。前列はあっという間に崩されていく。
「つ、強いぞ!」
「なんて重い一撃を!」
当然だ。見るからに重量級のアームドスキンが機体ごと突っ込んでくる。捕まってしまえば為す術もない。
(それだけじゃない。機動性で劣っているのに上空をふらふらと舞っていれば的でしかないだろう)
ブラッドバウはすべてが
序盤から思うがままに削られていた。標準よりも大振りな
(よく動くようになっている。ドワイトは良い仕事をしたな。そこに本場の戦術を用いられればこの結果は否めん)
「くっ、単独で挑むな。複数で抑えに行け」
軌道部隊の指揮官が吠えているが今さら流れは変えられない。
(そのまま的として注意を引いておいてくれ)
キンゼイは合図をすると戦場を迂回するように二十機の近衛隊を導く。地を滑るがごとく低く移動するよう言い含めてあった。
(後ろを乱されれば多少はもち直せるだろう)
指を咥えて見ていれば無能の烙印を押される。多少は貢献してみせねばなるまい。別働隊でフェニストラの部隊を脅かしに行く。
ところが、目敏く見つけられて狙撃をされた。異様に正確な狙撃にスピードを緩めざるを得ないほどだ。
「どうしてですか、キンゼイ様!」
レーザー回線で狙い撃ちで呼びかけてくる。それも聞き慣れた声。つい口元に笑みが浮かんできてしまう。
「ステヴィアか。こちらが聞きたいものだ。なぜ君がこんなところに出てくる? 私は忘恩の徒を養っていたとは思いたくないのだが」
皮肉を投げかける。
「違います。あなたはこんなことをなさる方ではないはずです。思い直してください。それを言うためにわたしはやってきたんです」
「なにを知る? ただの戯れを誤解するのはどうしたものか。買いかぶりはやめたまえ」
(可愛いものだ。情だけで命を懸けるか)
自分にはない感性が働いている。
(死なせたくないものだな。そうでなければなんの意味がある)
「戯れなどではないはず。だったらなぜわたしを選んだとおっしゃるのですか?」
「どうせ金を使うのなら見目の良い相手をと考えるのは心理だろう? それがたまたま君だっただけ」
突き放す。
「嘘です。大人が信じられなくなって、人生を儚んでいたわたしを不憫に思ってくれたのでしょう?」
「自分が夢ばかり見ていてどうする。どちらかといえば誰かに夢を与える仕事に就きたかったのではないかね」
「あなたがそう思わせてくれたからなのに」
キンゼイがブレードを閃かせるとステヴィアのルルフィーグも剣を構えた。
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