不和の種(2)

 ドワイト・リコランは預かった私室でコンソールスティックを立ちあげる。組織の性質上、盗聴などは考えにくいが一応はチェックした。

 慎重にプロテクトコードを入力してコールする。応答を待っていると数分してから接続のアイコンが点滅して相手の顔が表示された。


民主奪還同盟リキャップスの輸送船に戻っているか?」

「ええ、今はルガリアスの中です」

 挨拶などという無駄は略される。

「疑われてはいないな」

「当然です。初期から真摯に協力していますからね」

「事実、君の貢献度は高いと評価されているだろう」

 そう仕向けたのは相手の男である。

「油断しなければ今後も大丈夫と思う。期待している」

「働きますよ。エイドラ軍の開発部で冷や飯を食わされていた僕を拾いあげてくださったのはあなたですから、ギュスター卿・・・・・・


 相手は黒髪の男、キンゼイであった。ドワイトは彼の指示を受けてリキャップスのアームドスキン開発に携わっている。


「予定どおりフェニストラの強化に努めてくれたまえ」

「そうします。聞いていたのよりは良い状態に思えますが」

「ブラッドバウの所為だ。いや、お陰だと言っておこうか」


 キンゼイの口調に首をかしげる。理由はすぐに説明された。『ブラッドバウ』という軍事会社がどういうとこかということを。


「ゴート宙区? あそこの組織なのですか。ならばオリジナルの利点があるのかもしれませんが」

 それほど技術的に劣っているとは思っていなかった。

「すぐに解る。比較にならない性能差だ。そうでなければフェニストラはロルドモネーにも圧倒されてリキャップスは虫の息だっただろう」

「そこまでですか」

「まったく違った。機体の性能も、パイロットの質も」


(新宙区は独自発展技術を差しだすことで星間銀河圏の恩恵を授かっているのかと思っていたが、まだ肝心な部分は残しているとは。GFとでも対等に渡り合うという噂はあながち嘘でもないということか)

 イメージが変わる。


 政変以前のエイドラは軍事に秀でたなどとはお世辞にもいえない国であった。エンターテイメント業界の力が強く、むしろ軽視されていた。

 国防に関しては、輸入した機動兵器に頼れば十分という考え。そんな中でエイドラの環境に合わせた独自開発機の必要性を説く彼は浮いた存在。軍の主流からは外され席を追われつつあった。


(そこで誘ってくださったのがギュスター卿だった)


 腐った政治家は資金力のあるエンタメ業界の言いなりである。武力による国防など無駄だという考えのもとに軍は縛られている。

 そんな軍組織の中の一筋の光がキンゼイだ。彼は危険な現状を憂い、変えなければとドワイトを説得する。


(第一段階として、政治に興味のない市民から主権を奪い、皇室に返上させるとおっしゃった。そして、必要以上の皇室の勢いを削ぐために対抗組織が必要だと。そこで働いてほしいと請われた)


 キンゼイは皇室を頂に置く皇国体制を維持するつもりなどない。所詮は皇家も権力の中枢に座していただけのもの。力を取り戻せば増長して暴走する。

 その皇家を討って新しいエイドラを御するのは誰か。それはキンゼイのように英明な人物であらねばならないと考える。そのために働くつもりだ。


(卿は最適のタイミングで裏切る。そして市民を抑圧する皇家を討った英雄になられるのだ。政治に疎い国民は優れた主君を必要としている)


 市民に皇室への叛意を醸成させる役割の組織が必須。必要以上に権勢が増大するのもコントロールしなくてはならない。組織には抗するだけの兵器が不可欠で、それを生みだすのがドワイトの任務だった。

 しかし、ロルドモネーのような特殊機を皇室が持つようになるのはキンゼイにも予想外だったらしい。フェニストラを早急に強化する必要が生じて彼の出番となった。


「フェニストラは問題ありません。エイドラの重力に則したバランスや平地の多い地形に合わせた構造本来の性能を発揮するでしょう」

 そう造ってある。

「パイロットはこれまでが慣らしだったと気づくはずです」

「そう願おう。殿下が厄介なものを持ちだしてくれなければ、この切り札はもう少し温存できたのだがな」

「副腕ですか。それについて気掛かりなことを聞いたのですが」


 ジャスティウイングと呼ばれた少年を思いだす。そのまま伝えたものかと悩むが、彼に判断できる内容ではなかった。


「あの『ジャスティウイング』がいるのはご存知なのでしょう?」

 言葉を選びながら切りだす。

「無論だ」

「彼がまだローティーンの少年だというのは?」

「リキャップスに置いている耳から聞いている」

 キンゼイの信奉者は彼だけではない。

「そのとおりに伝えます。『スリングアームに興味を抱くな』と」

「スリングアーム?」

「ロルドモネーに搭載されている機構のことを指しているのでしょう」


 そうとしか思えない。「簡易型」とも言ったが意味は不明。


「僕のことも疑っているようです。おそらくあなたのことだと思いますが『それ以上進むと戻れなくなる』とも言っていました」

 しばらくの沈黙。

「あれが全知者『ファイヤーバード』の関係者なら頷けなくもない」

「全知者?」

「異名だよ。彼女に隠し事など不可能なのだという。空恐ろしいことだ。関わってくるなら計画の修正も必要か」

 ジャスティウイングの噂を本当だと思っているらしい。

「どういたしますか?」

「どうにもできん。それにバランサーとしてちょうどいい作用をしている。受け入れて計算したほうがいい。彼のことは任せたまえ」

「はい。卿の指示どおりに」


 ドワイトはキンゼイの命令どおりにするのが未来を作ることと信じていた。


   ◇      ◇      ◇


 戦闘艦レイクロラナンの機体格納庫ハンガーの後部にはパーツスペースを挟んで組み立て基台と工作機がいくつか並ぶ区画がある。普段はパイロットが入り込む場所ではないが、今はタッターと少年少女がいた。


「うん。この組織構造は普通の生体のものだね」

 分解した機構の中身を前にジュネが言う。

『正確には模したもの。このパッケージ内であれば宇宙でも駆動するわ』

「培養液じゃなくて維持液かな?」

『そうね。栄養分も検出できるから』


 ジュネのσシグマ・ルーンから湧いてでているのはマチュアのアバターである。二頭身で朱髪のゼムナの遺志。


(もしかしたら、そこまでヤバいものだったのね)

 ものものしい空気にリリエルは少し怯えていた。


因子・・は検出されなかったから安心していいわ』

 彼女はやれやれという様子。

「全部回収してくれたんだよね?」

「へい、言われたとおり拾ってまとめてあるでやんす」

「ありがとう。もう隔離しなくて大丈夫」

 不穏な単語が飛び交う。

「普通にバラしてもいい?」

「うん、因子が入ってたら完全焼却が必要だったけどもう安心。触れても侵入増殖とかしないから」

「全部分解するのもなんだし、そのまま溶かしたほうが手っ取り早そうだけど」


 金属部品と生体部品が混在した構造になっている。それがスリングアームを分解した姿だった。


あれ・・にしては駆動力がお粗末だから違うとは思ってたんだけどさ」

「本物だったらもっと厄介だって言うんでやんすか?」

 タッターは身震いしている。

「この断面積でもアームドスキンの腕と同等のパワーだろうね」

「冗談でやんしょう?」

「そういうものらしい。ね、マチュア?」

 少年はアバターに訊く。

『常識で考えては駄目。アームドスキンと対をなすもう一つの究極よ』

「勘弁してほしいでやんす」

『でも、構造的には似ている。偶然と思うのはちょっと安直かも』


(それほど慎重に扱わないといけないのね、ヴァラージ因子・・・・・・・ってやつは)


 リリエルは目の前の生体部品でさえ触る気になれなかった。

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