皇民対立

不和の種(1)

 ドワイト・リコランは、民主奪還同盟リキャップスが本拠としていた輸送船ルガリアスと朱色バーミリオンの戦闘艦がコリント基地の施設のパスウェイキャッチに接続しているのを上空から眺めていた。


 帰国したばかりの彼は、アームドスキン『フェニストラ』の開発担当者の一人。支援国のメーカーで生産管理までを整えてようやく合流の運びになったところである。

 基地の充実した施設で酷使したフェニストラの再調整ができるのは最適なタイミング。しかし、状況的には意外というのが正直な感想だった。


「おー、お疲れさん、ドワイト」

 やってきたのはコーディー・ゼナン、整備担当の機械屋である。

「ああ、君も元気そうだ。忙しいのではないか?」

「そうでもないんだ。パーツはルガリアスにたっぷりあったから基本的に換装更新してチェックまで済ませたところ」

「たしかにそのほうが早い」

 確実な手段を選んだという。

「外したほうはこれから基地の設備で診断にかけるのさ。消耗部分をどこまで交換するのがいいか判断するのに俺っちもちょっと忙しくなるかも」

「供給ルートも手配されてる。遠慮なくやったほうがいい」

「そうさせてもらう。時間取れたらアイオラとも打ち合わせてやって」

 システムオペレーターの妹の名前まで出てきた。


 ドワイトは整備士メカニックを見送るとコンソールで一機の機体状態を確認する。コーディーが言ったとおり、いつでも出撃可能になっていた。


(しかも、ここまで残存機体数が多いとは)

 ずらりと並ぶアームドスキンのシルエット。

(なにがどうなった? あの戦闘艦の保有する戦力はフェニストラより大きく勝るとでもいうのだろうか)


 民間軍事会社を雇い入れたのまでは聞いているが詳細を知らない。軽く様子を見たらリーダーのフェンダ・トラガンに事情を聞く必要性を感じていた。


「びっくりしてる?」

 背後からの声に肩がぴくりと反応する。

「こんなに上手くいくとも思ってなかっただろうし」

「君は?」

「助っ人」


 振り返ってさらに驚かされる。短く答えたボーイソプラノの声の持ち主はそのままのローティーンの少年。右が紫、左が緑の不思議な瞳に射止められている。

 深紫に金をあしらったフィットスキンにショートブルゾンを羽織っただけの姿。頭に凝ったσシグマ・ルーンを着けているのでパイロットだとわかる。年の割に筋肉質なところも戦士然としていた。


「焦ったよね?」

 窺うようにつづける。

「フェニストラくらいの高性能機をまわせば拮抗を演出できるはずだった」

「…………」

「ところが皇室側が秘術とか謳ってあんなものを搭載したアームドスキンを繰りだしてきたんだもんね」

 咄嗟に言葉が出てこない。

「リキャップスが壊滅すると危惧したんじゃない? それで急いで戻ってきた」

「なんのことだね」

「グレードアップパーツを配分してシステム改修を急いだほうがいい。それで流れは取り戻せるから」


 たしかにドワイトが乗って降下してきた輸送船に新パーツがある。制御システムも最適化したものを準備してきていた。


「ちょっと早めるけどさ」

 少年の口元には意味ありげな微笑。

「なにを知ってるんだね?」

「ざっくりとは。でも、一部に関してはあなたより把握してる」

「一部?」

 引っ掛かるワードを含んでいる。

「簡易型とはいえ、スリングアーム・・・・・・・なんてものが出まわっちゃ駄目だ。あれは人をおかしな方向に導く」

「スリングアーム? それは……?」

「深く関わらないほうが身のため。間違っても興味を抱かないようにね」


 細めた目が威圧感を帯びる。二十以上離れているであろう少年に怯えてしまっていた。


「誰かさんにも伝えておいて、それ以上進むと戻れなくなるかもしれないよって」

「君は何者だ?」


(どこまで知られて・・・・いる?)

 背中の汗が止まらない。


 少年はすべてを言い終えたとばかりに背を向ける。緊張した身体が呼び止めることも許してくれなかった。


「ドワイト?」

 横から近づいてきたのはアイオラ・ゼナンである。

「おかえりなさい。色々とサポートありがとう」

「……なんてことない。それより、あれは誰なんだね?」

「ん、あの子? ああ、彼が『ジャスティウイング』よ」


(な……んだと?)

 戦慄する。

(なにがどうなってる。エイドラになにが起ころうとしているんだ?)


「ブラッドバウの人たちが来てくれてずいぶんと状況が良くなってるの。また改めて紹介するわね」

「ああ……」

「ところで制御システムの問題点を洗い出してあるんだけど」

「それなら、これを……」


 ドワイトはどうにか気持ちを切り替えてアイオラに説明をはじめた。


   ◇      ◇      ◇


「彼らの訴えは真実か!?」

 キュクレイスはカメラに向けて朗々と唱える。

「我が兄デュプレクスは国民の平穏な生活を求めて自ら戦場に赴いた。エイドラ皇国の現状を憂いての勇敢な行動である。それなのに叛徒どもはそれに死で報いた。これのどこに正義がある」


 皇女は悲痛な面持ちで涙を流す。内心の苦しみに耐えながらも気概を失わず凛とした様を見せつけるように堂々と立つ。


(国民もそうなら皇家も大概には役者だな。悼んでもいないのに涙を流せるとは)

 キンゼイは冷徹な仮面をかぶったまま内心で思う。


「意にそぐわぬものには牙を剥く。武力をもって抗う。自らの権勢に徒なす者には相手が誰であれ徹底して排除しようとする」

 奥歯を鳴らんばかりに噛み締めながら説く。

「腐敗しきった政治家どもと同じではないか。ならば再び剣持て立とう。私欲のために安寧を乱し暴威を振るう不埒者を討つべくこの身を捧げるのも厭わない。それが皇家の血の持つさだめであるならば」


 論壇の前に並ぶ軍人は万雷の拍手を送る。会場が一つの意思にまとめ上げられたかの様子は陶酔を誘う。まるで正しいことのように思わせるのだ。


「この困難を乗り越えてこそエイドラは新しい姿に生まれ変われる。ただ、競い合い潰し合うだけの仮初の自由ではなく、皆が心を一つにできる本当の自由を」

 理想を表すように両手をかかげる。

「歴史と伝統を刻み込まれた私の血が望む未来を作ろう。皇祖の知ろしめすこの国の正しき在り方を。それには皆の協力が不可欠だ。理解を願いたい」


 拍手に混じって皇女の名も歓呼される。時の英雄を讃えるが如き光景はある種の洗脳効果を持って巷に流された。


(広告塔として育てられただけのことはある。実に堂に入っている)

 扇動者としても一流。


 演壇を降りるキュクレイスを膝を折って迎える。手を振りながらカメラ前を去るのに数歩譲ってキンゼイは後につづいた。


「これでよいな?」

「は。言質を取ったも同然でございます」


 ここで大事だったのは国民の協力・・を得ること。皇女本人が願うことで、一時的にでも納得したと思わせられればいい。それは後々枷になる。


「戦費は可及的速やかに必要です」

 彼は告げる。

「追及を怖れた政治家が蓄財を外国に逃がしていた以上、更なる回収は困難だとお思いください。国内の平定を急ぐのであれば課税強化は必須です」

「反発を招かないか?」

「多少は。しかし、長引けば軍による叛徒への攻撃も苛烈になっていきましょう。一線を越えれば星間管理局がどう動くかわかりません」

 理由を並べる。

「然り。だが、市民革命ほど怖ろしいものはない。締め付けは加減せねばならない」

「ごもっともにございます。そのあたりの匙加減までは私の管轄ではありません。殿下のご判断にお任せいたします」

「うむ。お前が集めてくれていた優秀な官僚なら上手にやってくれよう。あれらに指示しておこう」

 一見懸命な判断に思える。


(ただし、連中も私の制御下にあるのまでは気づかないでいただきたい)


 キンゼイはそんな思いをお首にも出さずに今後の作戦を言上した。

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