コリント攻防(4)

 追撃している皇軍機は腰の副腕をすべて後ろに向けて弾幕を張る。リリエルを先頭としたブラッドバウ部隊は力場盾リフレクタで弾きつつの追尾になり速度を殺された。


(これじゃ逃しちゃうじゃないの)

 少女は鼻頭に皺を寄せる。

(ゴート宙区の双璧と呼び声も高い血の誓いブラッドバウがこんな体たらくだなんて)


「認めるもんかー!」


 戦気眼せんきがんに映る金線に集中。身体に染みついている操縦テクニックを駆使して刃を立てる。剣閃を走らせるイメージにブレは許されない。


(確実に阻むなら許される誤差はcm単位。それでも、わたしならやれる)

 普通の子供がゲームに夢中になる年頃から、毎日くたくたになるまで実機シミュレーションに明け暮れていた彼女なら。


 青白く半透明に輝く剣身が空気を食む。軌道を重ねたビームが刃に触れる。力場干渉が紫色の膜を作った。ビームの収束を解いて二分し拡散させる。


「どうよ!」


 偶然ではなく技術でやったことならやることは同じ。ルシエルの正面に来るビームをすべて斬り裂く。拡散したプラズマガスの余波がビームコートを焼くだけ。


「正気か!?」

「目に焼き付けなさい!」


 逆に加速し追いすがる。皇軍部隊は恐怖に駆られたように逃げ散った。弾幕もままならなくなりヴィエンタやプライガーのルシエルにも追いつかれて攻撃される。


「一人で崩しちゃったっすね」

「さすが剣王閣下のお孫さんです」


 祖父リューンの若い頃の戦闘映像は飽きるほど観た。それと同じことがリリエルにもできるようになっている。胸は歓喜で沸き立っていた。


「ほへ?」

 眼下を十数機ほどの皇軍機が抜けていく。

「やられたー!」


 先行したアームドスキンが注目を集めているのを見てとり、さらに分隊を動かしたのだ。すでにスピードが乗っており追いつけそうにない。


「油断したね?」

「ごめんなさい、ジュネぇ!」


 分隊は横合いからパルトリオンの突撃を受け、一瞬で二機が光球へと成り果てる。追い散らされた残りはパシュランの群れに飲まれた。数の減った主力はもう完全に崩れている。


「戻ってくるの早いんだもん」

「十分に時間はもらったよ」


 二十機を軽々と撃破してきた少年にリリエルは甘えた声を出した。


   ◇      ◇      ◇


 主力が戻ってくる気配もなく、基地は蜂の巣をつついたかのような騒ぎになっていた。逃げ惑う軍人たちが脱出をはじめている。


(捕虜なんて面倒なだけ。そのまま逃がす)

 リリエルが言っていた作戦をステヴィアは思い起こす。


 そのために別働隊も戦力の集中している西面から仕掛けたのだ。首都イドラスに向けた北東方面が脱出路になるように。


(えっと、この段階になったらあまり熱心に攻撃したらいけない?)


 防衛に残っていた部隊も撤収支援に乗りだしている。無理に攻撃しなくても反転攻勢に出てくることはないと少女は言っていた。


「そうでなくても足元に人が多くて不用意に降りられないし」

 ビームランチャーを振りまわしているだけで怖れて逃げてくれる。


 ポルネたち別働隊も分散して脅かしてまわっているだけ。散発的に攻撃してくる敵機からのビームを躱す練習になっていた。


(こんなに大勢の人が)

 軍も芸能もそう変わらないと思う。

(表に立つのは一部だけなのね。裏方を務めている人がいるから成立する)


 ルガリアスも同じことだった。パイロットよりフェニストラの整備をする人やその他の雑多な役割に勤しむ人のほうが多い。

 おそらく政治も同様だったのだろう。政治家が腐っていようと国を運営するには多くの人員が真面目に働いていたはず。そこに無関心になりすぎて皇室の専横を許したからこそ根幹が壊されてしまった。


(ちゃんと直視しないと)


 ステヴィアは自らを戒める必要を感じていた。


   ◇      ◇      ◇


「デュクレプス殿下、お急ぎください」

 エレベーターを降りて駆け足になる。

「百五十機近くのアームドスキンがいるから安心ではなかったのか?」

「戦闘など水物です。なにが起こるかはわかりません。叛逆者の雇った傭兵紛いに翻弄されて劣勢になってしまいました。殿下だけはお逃しいたしますので」

「当然だ」


 デュプレクスもまさかコリント基地がこうも簡単に落ちるとは思っていない。戸惑いの中で、早く安全な宮殿に戻りたいとばかり願っていた。


(キュクレイスめ。軍の強化こそが今後の皇国の維持につながるとか言いながら弱体のままなのではないか? だから私がこんな目に遭う。戻ったら叱責してやる)


 数人に警護されながら堅牢そうな軍用車輌に乗り込む。上空で戦闘が行われている現在は、来るときに乗っていた小型艇などを飛ばすのは自殺行為だという。


「車内でしばらくお待ちください。我々は機密データの破棄をしてこなくてはなりません」

 指揮官がそう告げてくる。

「私を一人にする気か?」

「運転手を残してあります。もしものときは先にお逃げください。我々は走ってでも逃げますので」

「そんなことはいい。さっさと済ませてこい」


 指揮官は部下を連れて基地本部に戻っていく。彼と運転手だけが残されていた。


「戦況は? どうなってる」

 無言に耐えられなくて尋ねる。

「思わしくないもようです」

「もう敵が来るんじゃないのか? 無線でも入れて戻らせろ」

「そうはまいりません。軍の機密がもれれば叛逆者を利することになってしまい、今後が苦しく……」

「もういい! 出せ!」

 くどくどと長く苛立ってしまう。

「配下をお見捨てになるのですか?」

「私の身のほうがはるかに大事だろうが。そんなこともわからないか」

「おわかりにならないのは殿下のほうです。そんなだから切り捨てられるとね」


 振り返った運転手の手にはハンドレーザーが握られていた。皇子は固まってしまう。


「ま……さか」

「おさらばです。あとは皇女殿下にお任せを」


 デュクレプスは額に衝撃を感じたかと思うと永遠に意識を閉ざされた。


   ◇      ◇      ◇


 ジュネは基地本部前にパルトリオンを降下させた。前後して一台の軍用車が北東に向けて通りを疾走していく。もう一台、軍用車がぽつんと取り残されていた。


(デュクレプス・フェリオーラム?)


 車内に発見した遺体を検索に掛けるとそんな名前がヒットする。この国の皇子であるはずの人物で、進発式の主役だったと思いだした。


(容赦ないね。いくら目的のためとはいえ)


 ビームで焼こうとしたが考え直してランチャーを降ろす。そんな流儀が通用するのは宇宙を生活の場とする人間だけだ。


(送り返してあげるのが礼儀かな?)

 そう思った瞬間、車輌が爆発炎上する。

(あの形の遺体が発見されるのはヤバいと思ったのか)


 ジュネはもう遺体を確認できないと思いながらも消火剤を放射した。


   ◇      ◇      ◇


「異常な状態の死体が見つかったじゃと?」

 ハイダナ・グワーシーが驚いている。

「仲間割れなのかねえ。撃ち合いの跡が残ってた」

リキャップスうちには陸戦隊なんてものはないからのう。生身で撃ち合うとしたら兵士同士しかあるまいの」

「皇軍にも色々ありそう」

 ポルネの呆れ声が応じている。


 皇家への忠誠を誓うのが本筋だろうが、中には皇女派などが存在すると思ってもおかしくないという話。他にも軍部で権力を掌握しようと考える派閥がいても変ではないという説まで飛びだす始末。


(キンゼイ様、あなたは皇女殿下に忠誠を誓っておられるのですか? それは安全なお立場なのですか?)

 彼の身だけが心配である。

(なにを思って戦っておられるのでしょう。わたしなどには計り知れません。でも、いつか真意を教えてくださると信じています。優しいあなた様なら)


 ステヴィアは首都イドラスにいるであろう想い人に願いを飛ばした。

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