コリント攻防(3)

 基地に対し、正面からの攻撃姿勢を取ったのはブラッドバウの全機とリキャップスのフェニストラ二十機の混成部隊。南面、アームドスキンの配置の多い方向から接近していた。


「お嬢、皇軍が停止を訴えてきてるでやんす。開戦の意図ありや、と」

 リリエルに判断を求める声。

「民間軍事機構の一部隊としての雇用契約を提示。国家が機構の正当な事業活動を阻害するのであれば、それはエイドラからの宣戦布告とみなす。そう言って撥ねつけなさい」

「奴らにうちと真正面から喧嘩する度胸なんてありやせんでしょう」

「そんな脅しが通用すると思われてるなんて心外だわ」


(理論武装もそつが無い。あの年でプロなのよね)

 リリエルは舌を巻く。


 主力部隊がビーム砲戦を開始。基地の防御フィールドを無数の光束が叩く。ビームが刺さっても数mといかないうちに放散してしまうが、その光景は恐怖を煽る。


「出てきやす。ざっと百ってとこでやんしょう」

「全機、抜剣! 粉砕しなさい!」


 銀色のパシュランの部隊が一斉に力場刃ブレードの青白い光を閃かせる。一糸乱れぬその動きはプレッシャーを与えるに十分だろう。発進した皇軍のアームドスキンは分厚い層を生みだしている。


「うぐぅ! 受け止めきれるか!」

「なんて剣圧なんだ、こいつら!」


 力場の干渉による紫電が弾ける。パシュランの打撃力に対する悲鳴でオープン回線が満たされた。


「情けないぞ、貴様ら。皇王陛下の剣として力を示せ」

「ここで踏ん張らねば!」


 軍部は皇室の威勢を買って権力を増大させている。今後もその権益を維持拡大させたいと願うなら負けられないのだ。エンタメ産業界から無用の長物とそしられてきた彼らに今の権勢を放棄するのは不可能だろう。


(こっちも悪い。軍なんて古臭い。エンタメの力で他国を席巻してしまえば対立なんて起こせなくなる。そんなリベラルな考えを持つのが持て囃されたのよね)

 ステヴィアもそういう風潮を肌で感じてきた。

(実際には武力の前にエンタメなんて無力。この人たちが命懸けで国を守る気概を抱いてたなんて想像もできていなかったわたしたちがおかしかったの。市民が彼らを皇室側に転ばせた)


 今となっては取り返しのつかないこと。自由を取り戻したいなら彼らと同じ気概を持って戦うしかない。民主奪還同盟リキャップスの面々の持つ志は同じである。


「ロルドモネーだったか? なんつー厄介な機体なんだよ」

「皇家の秘術、思い知れ!」


 ブラッドバウは剣技では比較にならない技術の持ち主ばかり。しかし、皇軍の主力機に搭載された副腕の機構が足りない部分を補う。意外と苦戦させられていた。


「だらしない! それでもブラッドバウの勇士なわけ? 放り出すわよ!」

「そりゃないっすよ、お嬢」


 実際にリリエルの活躍はめざましい。少女が双剣を振るうと、主腕副腕を問わず刎ね飛ばされている。戦気眼せんきがんという異能は乱戦において比類なき力を発揮していた。祖父が『剣王』と謳われたのも頷ける。


「よし、拮抗してる。計画どおり。こっちも仕掛けるから準備」

 別働隊を率いるポルネ・ダシットが呼びかけてくる。

「はい」

「話したとおりにステヴィアに先行してもらう。皆は彼女があぶり出した防衛部隊を潰すのよ。いい?」

「了解」


 ポルネを隊長とした二十機が立ち上がる。主力が攻勢を掛けているうちに彼女たちの別働隊が基地敷地内に侵入して制圧行動を行う。

 無論戦力の残るコリント基地を二十機で制圧できるとは考えていない。しかし、基地内での戦闘が起これば主力同士の衝突にも大きく影響するという算段だった。


「一気に行け」

「おおっ!」


 目立つ戦闘艦と大型輸送船で近づいていったのは目眩ましの意味もある。ひそんで接近する彼らから目を逸らすため。


「甘くないわけね!」

 西面からの突入を予想していたかのように基地内から皇軍が繰りだしてくる。

「でも、それも想定内っと」


 すとんと大柄なボディが落ちてきた。側面から襲おうとしていた二十機あまりの皇軍部隊はたたらを踏む。


「通すわけにはいかないね」

「ジャスティウイング! 貴様か!」


 バックパックの旋回砲塔、両手のビームランチャーと光を吐きだしはじめる。たった一機の張る弾幕に押し込まれていた。


「今のうちに突入! 急ぎな!」

「よっほー!」

 テセロットが歓声をあげて飛び込んでいく。


(施設は利用したいからあまり傷つけないように、と)

 ステヴィアもブリーフィングで重要とされた点を反芻する。


 パルトリオンが複数の敵機と交戦する激突音を聞きながらルルフィーグを基地内に滑り込ませていく。少年をたった一人残して置いていく不安感を欠片も覚えないのは不思議な感じ。それくらいの差を本能が囁いてくる。


「今するのは仲間を死なせないように任務を遂げること」

 自分に言い聞かせるよう独り言ちた。

「嬉しいね。あんたみたいな仕事仲間がいると成功が確信できるよ」

「そんな」

「謙遜は要らない。業界人としての勘がそう言ってる」


 正面の機体格納庫ハンガー、覗けない位置に二機隠れているのを察知。後続のフェニストラに少し離れるよう合図して飛び込む。


(しまった。ちょっと深い)


 通り過ぎ際に狙撃をしようとしていた皇軍機をブレードで突く。狙いがズレて胸の中央へ。一瞬にして灯りの一つは消えてしまう。


(ここで躊躇わない。自分を殺すから)


 機体を倒して低くする。もう一機が照準を変えているうちにビームランチャーを向ける。燃房チャンバーを襲ったビームが誘爆させてロルドモネーの前面を焼いた。つづいて飛び込んできたポルネ機が鳩尾の高さで横薙ぎをくわえる。


「上手いよ。本体を爆発させなかった」

「神経使います」

「そう時間掛けられないし、踏ん張ってちょうだい」


 ステヴィアは慣れない集中力テンションコントロールに深呼吸をくり返しながら敷地内の敵機排除に駆けまわった。


   ◇      ◇      ◇


(ジュネは交戦中)

 連絡を交わしあったリリエル。

(敷地内にも戦闘光が見えはじめた。制圧に入ってるのね)


 向かって左の副腕が飛びだしてきたのを斬り落とす。金線が走って右側からビームが来るのを覚り踏み込んだ。逆袈裟に股間から斬り上げて副腕を作動不能にする。


(手間のかかる)

 無力化に普通より多くの手数を必要とする。

(彼は大丈夫。罠にかけたと思ってる主力が焦って戻らないようにするだけ)


 皇軍はこちらが軍事偵察衛星にもぐりこんで戦力分析までしているとは思っていない。リリエルたちが全力を引っ張りだしたと勘違いして別働隊を突入させるのを待っていただろう。


(裏をかかれれば焦りもする。迂闊に動けないよう完璧に崩してあげる)


 それが少女の提示したオプションの一つ。ジュネに過大な負荷がかかるのは間違いないのだがバランスの悪い作戦だとは思っていない。


「ここからが本番よ。気合い入れなさい!」

「うっす、お嬢!」

「一機残らずここで潰せ!」


 そのくらいのつもりでいい。各個撃破する気が逆に撃破される気分を味わわせてやるのだ。


「こんのー!」


 肩から斜めに刃を落とす。蹴りのけながら前に出る。ビームランチャーを突きつけてくる敵機に腰のランチャーを拡散モードでぶっ放した。

 リフレクタから外れている部位が粉砕される。頭から飛び込むように腹部に切っ先を突き立てた。


「抜けるわよ。ついてきなさい、ヴィー、ラーゴ」

「合点です!」


 爆炎をリフレクタで振り払いながら前進。基地敷地内に戻ろうと反転している機体に追いすがるべくペダルを踏み込む。


「行かせるかー!」

「嘘だろ!?」


 朱色あけいろの剣神の突撃に皇軍機は怯む様子を見せた。

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