コリント攻防(1)
少年少女は出会いから半年、三件の星間法犯罪の解決と、合間にゴート宙区に帰ったりして過ごしていたという。エイドラの内乱を嗅ぎつけたジュネが調査を開始、介入を決めた結果ステヴィアの前に少年がいる。
「ルルフィーグはあまり癖のない量産仕様機だよ。扱いは難しくないはず」
「はい」
パルトリオンとの模擬戦で慣熟訓練をしている。ジュネはそんなに厳しい教官ではないが、テクニックが比較にならない。模擬戦というよりはあしらわれている印象。
「どっちかっていうと軽いから、機動戦重視ならまだまだ一線級のアームドスキンなんだから」
「ええ、よく動いてくれますけど!」
「市販機だとロングセラーなんだから」
「こんなものを市販してるんですか、ゴートじゃ!」
想像もつかない。星間銀河圏の各国ではアームドスキンの導入に四苦八苦しているというのに、ゴート宙区では当たり前に重力波フィン搭載機が運用されているらしい。
レイクロラナンの主力であるパシュランなど、彼女には到底操れないほど重そうな機体なのに売りだして数年が経過しているという。少し値が張るのと癖の強さで出荷量はそうでもないようだが。
「普段は灯りをあまり深く見ないようにすること。光ってるなって感じるくらいで」
感覚的なものなので抽象的に伝えてくる。
「いざっていうときに集中してしっかり見えるようにするんだ。ちゃんと切り替えられるようになって初めて武器になる」
「なんとなく解ってきました」
「浅く広く、位置関係だけちゃんとつかむように」
パシュランより重いであろう機体が自在に滑るがごとく機動して隙のない攻撃を重ねてくる。知っていなければ、誰が少年を盲目だと思うだろう。
金色の灯りの強さも一定してセーブしているとわかる。時折り強く見せて意識の動きまで反映させてきた。完璧な制御を見せている。生まれてこの方つづけてきた努力の賜物としか思えない。
(わたしみたいに加減なく深く潜れば飲まれてわけがわからなくなる。本当に親しい人しか判別できなくなるから、あれの行き着く先はたぶん味方殺し)
ゾッとする。
「まず自分を大切になさい。自分を犠牲にしてまで敵に容赦してたら待ってるのがなにかはわかるわよね?」
「でも、情を捨てたら駄目。その向こうには狂気が待ってる。得られる強さは自分をも壊すからね」
「はい!」
(この子たち、どんな環境で育ったらこんなになっちゃうの? 身体は子供なのに心は一人前の戦士なんだもの。わたしの真逆)
自分がどれだけ甘えて生きてきたか解る。それを許してくれた人を助けに行きたいのだ。そのためなら苦労は惜しまない。
(キンゼイ様、必ずあなたを取り戻しに行きます)
ステヴィアは心の底から強くなりたいと願っていた。
◇ ◇ ◇
椅子に座らされている。キンゼイ・ギュスターが抱くその男への印象である。
小狡い立ちまわりや運で望外の地位に就き、不似合いな椅子に座ることもあるだろう。しかし、それが他ならぬ玉座となるといささか事情が変わってくる。
(いつまであそこに据えておくか)
当面は彼が決めることではない。
グランギスタ・フェリオーラム。名前は立派だが学者肌の小男だ。四十近くにしてエイドラ皇王としてその椅子を得て八年。未だに馴染んだふうがない。
それもそのはず、一年半前の彼は外交行事のホスト役として一生を終えるのだと思っていただろう。ところが事態は急転直下、今やこの惑星国家唯一の主権者となっている。
「制圧はなりませんでしたか」
落ち着いた声音にわずかに不安がにじむ。
「はい、陛下。残念ながら掃討とはまいりませんでした。しかしながら、このイドラス防衛の要であるコリント基地襲撃は未然に防がれましたのも事実。ご容赦願いたい」
「咎めるつもりはありません。そなたの働き、実に心強く感じています」
「次こそは殲滅の報をお伝えしたく存じます」
跪いているのは皇女キュクレイス。キンゼイは更に数歩下がって頭を垂れたまま考えを巡らせていた。
「思ったよりも強硬な抵抗に思いますが?」
不安の色が濃くなる。
「所詮は民兵。心が折れれば容易に潰走するでしょう」
「彼らは統治を望んでいないのではありませんか?」
「勘違いなさいませんよう。あれらは反発するのを旨としておるのです。自らを高邁であると誤解し、父上の高尚なるお考えなど理解に及ばないと気づいておりません。愚かな」
呆れ混じりの口調で言上する。
「そうであればいいのですが」
「増長を許してはなりません。ただ、野放図に一産業ばかりが膨張するのは歪みを孕んでいると解っていない。下支えする産業があり、それらを御する統治あってこその思想でありましょう?」
「ええ、市民が政府の働きを軽視していたのは憂慮していました」
グランギスタはため息をもらす。まるでエンタテインメント業界の人間は自分たち無くしてエイドラは成り立たないと思っているかのように見えているだろう。そう思わせたのはキンゼイに他ならないが。
「放っておけば、彼奴らめは我らがエイドラをただのテーマパークに変えてしまうでしょう。生活に基づく産業を下に見、排除していくかもしれません」
キュクレイスはくり返し訴える。
「貿易なくして成り立たない国家ほど不安定なものはないでしょう。他国の思惑一つで基盤を失うでは話にならない。それを解さぬ者どもなど、陛下の統治をいただかなければいずれこの
「目を覚ましてくれればと思います」
「それには多少の荒療治も必要。このキュクレイスにお任せあれ」
腰まで伸ばした亜麻色の髪を振り払いながら自信満々に言う。皇女でありながら軍装礼服を着こなし、大柄な身体をそびやかした。
「しかし、失策を重ねるのは許されないぞ」
玉座の横に立つ男が告げる。
「我らの身が脅かされるようでは今後に関わる。お前の生兵法などに頼らず、軍部の精鋭をトップに置くのが順当なのではないか?」
「そうお考えか、デュプレクス殿下?」
「確かに軍部はお前に従っているが、専門家ではないのは間違いない。陛下が案じられることなきよう図るように」
口を挟んだのは皇子デュプレクス。神経質そうな細身は不安感を全面に出して揺れている。
(配下を不安にさせてどうする。この御仁はどうにも使えんな)
キンゼイは胸中で失笑する。
「ふむ。確かに将の手柄を独り占めするのはよろしくなかろう」
皇女は意見を容れたふりをする。
「わたくしの足らぬ部分を補うためにギュスター卿を近く置いているが、他の将にも活躍の場を与えねばなるまい」
「そうだろう?」
「しかし、皇家の名を確実にするためにも軍部だけで動かすのもいかがなものか。せっかく皇室を中心に国をまとめようというのに、我らが首都イドラスに籠もっているでは臆病とそしられる。ならば兄殿下のお点前を拝見させてくださいませんか?」
キュクレイスは満面の笑みで提案している。
「将兵を率いてコリント基地の防衛をお願いしたい。兄殿下のお姿があれば兵は勇猛果敢に戦うことでしょう。作戦はお考えの通り将に任せ、ゆったりと構えていらっしゃるとよろしいかと」
「う……。私に前線に赴けと?」
「兵を鼓舞するのも皇家の誇りではございませんか?」
途端に目を泳がせるデュプレクス。しかし、すでに逃げ道は閉ざされている。彼は墓穴を掘ったのだ。
(小心に足を絡められたな)
キンゼイは顔を伏せたまま口角を上げた。
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