始まりは運命(5)
あのときと同じくなにもない空間に二人の意識だけが浮いている。少年、ジュネの発する光に包まれた。
(心地いい。忘れられなかった)
リリエルの心はそれだけを求めていたのだ。
(この出会いは運命? それなら相手が
指が触れ合うとそこから現実が広がる。そのまま握手した。意識は感応状態みたいに重なりあっている。
少年がくすくすと笑いはじめる。そうしていると、あどけない感じのほうが勝って幼く見えた。
「ごめん」
謝ってくる。
「なんなの?」
「灯りの色とパーソナルカラーを揃えている人って珍しくて。それにこんなに澄んでる。素敵だね」
「にゃっ!」
途端に恥ずかしくなる。全部透けて見えているような気がして、身体を背けて腕で隠す。
(灯り? そうか。彼にまったく警戒心を持てなかったのはその所為)
とある人物を思い起こす。
(ガルドワのホワイトナイト。あの方と同じなんだ。
包容力の権化みたいな人物。少年からも同質のものを感じる。だから光りに包まれるのを心地よいと感じてしまった。
「お嬢……」
一人真っ赤になって顔を背けているのを指摘される。
「な、なんでもない。えっと、どこの誰なの?」
『彼はマチュアのところの子』
「エルシ?」
「初めまして、エルシ。よろしく」
『直接は初めてね、ジュネ。マチュアの養い子とは思えない空気感だけど』
少年はまったく気おされていない。
(ん? なんか変。瞳が動いてない?)
違和感を覚える。
エルシのアバターはリリエルの右肩あたりに浮いているのに彼の視線は中間あたりをぼんやりと見たまま。焦点を結んでいる感じもしなかった。
「ジュネ、君って……?」
どう訊くべきかわからず言葉を濁す。
『この子は盲目よ』
「え、そんなの!」
『あの
エルシが少年の視覚障害の原因を説明する。現代医学でも取り戻すのは困難で、ジュネは生まれたときからずっと光を知らないまま育ってきたという。
「…………」
かける言葉が見つからずに見つめると少年は首を振った。
「最初から高度なσ・ルーンを持たせてもらえる環境だったのは幸せなほうじゃないかな?」
「う……ん」
『それだけではないもの。彼は、遺伝子的には出鱈目。両親の良い部分が混じり合って奇跡的に常人を遥かに超えるほどの能力を示すくらい優れている部分もあれば、視覚を代表として機能が怪しい部分も混在している』
非常にアンバランスな存在だという。
『例えば骨。投薬強化と栄養管理をしないともたないと聞いたかしら』
「筋力に耐えられないからね」
「それほどなの?」
確かに握力を強く感じた。
「どれもそんなに気にするほどのこともない。メリットもあるから」
「メリットって」
突然ジュネが彼女の腰を支えて持ちあげる。0.1Gの
ところが彼はそのままジャンプする。40m以上ある天井までの距離を一気に跳びあがった。二人分の体重を持ってすればこれは普通ではない。
「ちょっ!」
「問題ない」
一人離れたジュネが天井を手で押す。落ちはじめているリリエルを片腕に乗せて降りる。膝のクッションを利かせてほとんど衝撃を感じさせることなく着地した。
「こんな感じ」
「びっくりするじゃない!」
「ごめん」
柔らかな笑みに彩られる少年。それだけで噛みつく気分ではなくなる。
(ホワイトナイトが言ってた。人の命と感情が見えてしまうと、おおらかでないといられなくなる。じゃないと心が壊れてしまうからって)
今になって意味が解った気がした。
「お嬢」
「タッター、どうしたの?」
声をかけられて彼が降りてきているのに気づく。
「これがジャスティウイングでやんすか?」
「彼がそうよ」
「うーむ」
ジュネの腕から降りる。難しい顔をしている副長に首をかしげた。
「管理局関係者でやんしょう?」
「ブラッドバウはあんまりよく思われてないでやんすよ」
「まあね」
「入り込まれるのはちょっと」
もちろんゴート宙区にも管理局の支部はある。治安機構も派遣されてきている。しかし、特にGPFに関してはブラッドバウの活動とラップする部分が多くて対立することが往々にしてあった。
「それ以前にゼムナの遺志関係者よ」
知り得た事実を伝える。
「協定者?」
「そうなんでやんすか?」
「正確には協定者は父さんなんだ。母さんのほうは完全に管理局員だけど」
マチュアの協定者を父に持つという。
「母さんは『ファイヤーバード』。知ってるかな?」
「
「何者?」
「特殊捜査官みたいなもんでやんす」
関係性もあってブラッドバウ内部では星間管理局の仕組みがあまり知られていない。敬遠している節があった。
しかし、外宇宙に出るにあたって知らないわけにはいかないので多少の情報は仕入れている。そんなタッターでも知っている人物なのだそうだ。
「へえ、生ける伝説ね」
詳細に聞いて面白そうだと思った。
「ファイヤーバードの裏には協定者がいたんでやんすか。それで全知者って呼ばれるほど犯罪者が丸裸にされてるんでやんすね」
『そういう形で大なり小なり星間管理局にも協力しているの。あまり毛嫌いしないでくれると助かるかしら』
「申し訳ないでやんす、女史」
副長は小さくなる。
(面白い! 楽しい! 退屈だなんて思ってたのが嘘みたい)
リリエルは世界の広がりにわくわくする。
「ぼくは母さん直下のシークレットアシストって立場で活動してる。と言っても自由に色んな所に行って気になる件を調べてるんだけどね」
「すっごく面白そう」
ジュネの深い紫に金をあしらったフィットスキンの胸には『S.A』のロゴがある。シークレットアシストを表しているのだろう。
「だから、最終的に審決しているのは母さんだよ。ぼくはなにが起こっているか調べて送るのと、判決から可能な範囲での『執行』をしているだけ」
「それで『執行する』って言ってたのね」
ジュネは
「ねえねえ、それ、あたしも一枚噛ませなさいよ」
あまりにも魅力的。
「どういう意味?」
「手伝ってあげるって言ってんの」
「ぼくの活動を補助してくれるってこと? この感じだと、主に戦力的な意味でってことかな?」
「あたしはレイクロラナンのすべてを自由に使える。そのあたしが君に協力する。つまりはジュネの自由になる人員が増えるってこと」
「ぼく的には目立たないよう動いているつもりなんだけど、この戦闘艦はいかにも派手だね」
「だからいいんじゃない」
目立つレイクロラナンがブラッドバウの所属なのは調べればすぐわかる。容易に喧嘩をふっかけられない相手だっていうのも。そこに少年が混じっていれば逆に目立たないだろうと説明した。
「なるほど」
納得の素振り。
「じゃ、決まりね。乗ってきた艦艇はどこ? GSOに間借りでもしてる?」
「いや、ぼくだけだよ。パルトリオンは単独で跳べるから」
「へ?」
耳を疑うような台詞。
『とんでもないギミックが詰まった
「ほんとなんすか?」
「えー!」
リリエルはこうして突飛な人生を歩む少年とともに旅をすることになった。
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