始まりは運命(4)

 ジャスティウイングはカシエド商会の輸送船とフロント企業の所属船へと近づいていく。無警告で二隻とも推進機スラスターを撃ち抜いて逃亡できなくした。


「いきなり乱暴ね」

 リリエルは驚かされる。

「まさか、あの子供番組みたいに問答無用で撃沈したりしないっすよね?」

「あたしに訊かないでよ、ラーゴ」

「その場合、止めます?」

 ヴィーも判断を仰いでくる。


 少女も『ジャスティウイング』という子供向け実写ドラマのことは知っている。彼女自身はそれほど興味を持たなかったが、周囲にハマっていた男の子はいなくもなかった。

 ただし、ゴート宙区ではそれほど人気番組というわけでもない。彼らの人類圏では協定者絡みの英雄譚のほうが遥かに人気を持っている。多少は脚色を加えられているのものの、史実をモチーフにした戦記ものの映画やアニメが数多くある。


(確かに派手に暴れる内容だったけど、それに倣ったりしないと思いたいわよね)

 真面目に観たのは数回分だけだが、面倒な法的根拠を持たない勧善懲悪な作りの作品だった。


 ジャスティウイングの大型アームドスキンがデータ転送を開始。その内容はリリエルも目にしたカシエド商会の所業を含んでいる。


(もっと詳しい)

 例の芋を材料にした物質による健康被害状況や取引先記録、流通地域まで揃っていた。


「星間法第一条第八項に反する行為を確認。全員を拘束。執行する」


 告げられたのはそれだけ。調べると「加盟国市民の精神もしくは身体の健康に恒常的被害を与える恐れがある産物および合成物質の輸出入はこれを認めない。」という条文が出てくる。


 フロント企業の船は機動兵器を繰りだしてくる。輸送船のほうも護衛機らしき人型兵器が出てきた。

 それらはほとんど、ここ十年余りで不要になったアストロウォーカーがメイン。裏社会に大量に流出したものが使用されている。


「援護するまでもなさそうだけど一応発進」

「あいよ」

「全機、防御陣。お嬢の指示に従え」


 プライガーとヴィエンタで少女の左右を固め、隊機は正面に盾になるよう広がる。そのままで観察をつづける。


「あんな重そうな機体なのに速い」

「戦闘協約ボードに登録情報ありませんね」

 所属もわからない。


(星間法に言及したってことは管理局絡みよね)

 すぐに察せられるのに、そんな情報がないのが不可思議だ。


 弾幕を張りつつ前進するアストロウォーカー編隊に不用意に接近したかのように見えたが、まるで元から外れていたかのようにビームはすり抜ける。振り抜かれたパンチが胸から頭にかけてを粉砕していた。


(駆動力は申し分なし。硬そうだし)

 パワータイプのアームドスキンに見える。


 ブレードが楕円形の光盾リフレクタの表面を撫でる。反動で跳ねた機体は立て直す暇も与えられずにビームで半身を砕かれた。

 逃げようとした別のアストロウォーカーは足を掴まれ放り投げられる。足元からのビームが胸部にある制御部だけを貫いて通り過ぎた。


「勝負になんないっすね」

「パワーもあるのに正確。大振りな機体を自在に操ってる」

 二人の評価も高い。


 フロント企業のパイロットの戦い方はひどく荒々しい。雑な部分も多い。それだけにジャスティウイングの無駄のない洗練された操縦が際立っていた。


(あれはアームドスキンかも)

 リリエルは最後あたりに出てきた機体に、管理局が公開している基礎設計機のフォルムを感じていた。


 ものの数分ともたずにアストロウォーカーは壊滅。残る二機はやはりアームドスキンで、ブレードを閃かせると斬りかかっていった。

 力任せの上段からの斬撃を容易に躱す。滑るように間合いに入ると肘で頭を弾きとばした。コクピットから上をブレードで削がれる。


(歯も立たない)

 予想どおりだ。


 もう一機も数合斬り結んだだけでブレードグリップを飛ばされる。バックパックの砲塔が旋回すると両肩を撃ち抜き、スラスターを切り離されて終わった。


「お嬢、これを」

 レイクロラナンの戦術班から通信。

「なに?」

「ウェンデレロの状況です」


 ちょっとした騒ぎだった。カシエド商会のあのビルと政府庁舎に星間G保安S機構Oの車輌が殺到している。対象者の一斉検挙が始まっていた。


「準備万端ってわけね」

「確たる証拠を抑えると同時に逃走も許さず確保ですか。星間管理局の機関がこれほど機能的だとは。見るのは初めてですね」

「うん、びっくりするほど素早い。なのに……」


 このランデブーも予想していたはずなのに、やってきたのはジャスティウイングの単機だけ。ずいぶんとアンバランスに感じる。


(機能的な部分とそうでない部分。まるでこのアームドスキンの動きを目立たせないかのように)

 子供番組のような派手さが皆無である。

(どういうこと? たぶん、これに乗ってるのは……)


 紫と緑の瞳の少年。確かめずにはいられない。


(あの子がジャスティウイング? どうしてこんなことをしてるの? この機体は誰が造ったもの?)

 疑問は山盛り。

(教えてくれるかしら。それとも、また消えちゃう?)


 胸の奥が切なくなる。彼が視界から消えたときの喪失感がぶり返してきた。今度こそは伸ばした手でしっかりと捕まえたい。


「待って!」

 反転したジャスティウイングの進路を遮る。

「話を聞かせてくれる? それとも一戦交えないといけない?」


 ルシエルの前、100mのところで大型アームドスキンが静止する。再びあの「チチチ……」という音。今度のほうが明確に聞こえる。


『各種電磁波によるスキャンを検知しました』

「どう?」

 システムの警告を無視して対峙する。


(警戒されてる? なんか違う気がする。あたしの戦気眼せんきがんにはなにも引っかかってない)

 むしろ少女の配下のほうが緊張した空気をかもしている。


「……マチュア、接触は?」

 先ほどの警告と同じソプラノの中性的な声。

『それはエルシの関係者。隠し立てする必要はないわ』

「ん、そうなの? そっか」

『なに話してもいい稀有な相手よ』


 会話が聞こえる。警戒されないようレーザー回線でつなげられていた。


(この状態で交信できるとしたらフレニオン受容器レセプタ

 レイクロラナンが隠密航行に使っていたターナミストが濃く残っている。

(協定者? エルシを知っているってことは確実よね)


 リリエルは胸が踊っているのを実感した。少年は彼女と同類、ゼムナの遺志と関わる人物なのだ。


「このまま話す?」

 ソプラノが耳をくすぐる。

「招待を受けてくれるならあそこで」

「うん、いいよ」

「ついてきて。タッター、メインハッチ開放」


 朱色バーミリオンのルシエルと対比するとラベンダーカラーの大型アームドスキンはいささか地味な印象。ジャスティウイングとか呼ばれているのに目立たずひっそり活動しているようだ。おそらく流布しているのは限られた情報なのだろう。


「お嬢、星間G平和維P持軍Fが来ちまいやした。説明が面倒なんで収容したら移動しやすぜ」

 タッターが報告してくる。

「うん? それでいい?」

「かまわない」

「後始末してくれるって」


 それとなく流れが解ってきた。彼がジャスティウイングとして活動する。それそのものは所属不明機の破壊活動に思えるのだが、その後にやってきたGSOやGPFが事件として処理する。

 悪事が発覚すると少年の行動が正義に基づくものだと判明する。結果として、彼の活動=正義という図式が成立し、噂が流れるようになったのだと思われた。


(やっと会える)

 駐機するのももどかしくフロアメッシュへと飛び降りた。


 降着姿勢を取ったアームドスキンがパイロットを吐きだす。小さな身体がヘルメットを取り去ると不思議な瞳に射止められた。


「ぼくはジュネ・クレギノーツ」

「あたし、リリエル・バレル」


 少女と少年の距離はゆっくりと近づいていった。

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