始まりは運命(3)

 カシエド商会は傘下に物流企業を従え、独自の流通ラインを形成しているようであった。規模としては同業他社と比べてそれほど大きいとはいえないもの。しかし、利益水準は決して低いとは思えない安定感を示している。


「つまり自由競争に勝てそうなスペックがないのに好成績を残していると」

 リリエルはそう理解した。

「こういった企業では、天然高品質を謳い文句に独自色を打ちだしているところもあります。そうなると素材で勝負している外食産業や上流家庭を顧客に成り立ちますので」

「健康志向とか高級感の演出とかで売るわけね」

「はい、それほど珍しいやり方ではありません。ですが、どうもそんな感じでもありません」

 投影パネルにデータが並べられていく。

「安定大量生産を図れる農業プラントではなく、作量の安定しない露天栽培などをしたり、採集活動をしてるふうがないんです。普通に農業プラントを運用してる。それなのに取引価格が以上に高い」

「調査結果から特殊な栽培法を編みだして実践しているなんてのも考えられるけど?」

「それなら噂になっててもいいのに、そっち方面の評判はさっぱり」


 内容と結果がミスマッチなのだ。もちろん不審に思うライバル企業も多くて、あらぬ噂を立てているが決定的な問題を洗いだせていない。確たる証拠もない黒い噂ばかりが独り歩きしている印象。


「強いていえば」

 ヴィエンタも首をひねりつつ操作する。

「おかしな評価は若干拾えますね」

「おかしい? どんな?」

「これを」


『ほんと「カシエドの野菜」はやめられないよな』

『高いのと手に入れにくいのは腹立つけど堪らんもんがあるだろ?』

『コネがあって多少なら流せるけど欲しい奴いる?』

 最後の意見にはリプライが集中している。


「露骨に胡散臭いっすよ」

 プライガーが顔をしかめる。

「常習性があるほど癖のある『野菜』ね」

「まあ、そういうことなのでしょう」

「どこにもあるもんすね」


 常習性が高く、人々を虜にしてしまう作物など枚挙に暇がない。ただし、大概は健康被害も認められて流通を禁じられているもの。


「調査でなにを見つけたんだか。簡単にグレーゾーンを飛び越していったわ」

「今のところは推測ですが」

 リリエルは頷く。

「ちょっと本気出しましょ、ヴィー。あたしの権限で電子戦システムの使用を許可。カシエド商会の生産管理や経理に関するところまでプロテクトを突破しなさい」

「はい」

「一般企業相手にかわいそうじゃないっすか?」

 軍用システムである。

「半笑いで言わないの、ラーゴ。楽しいでしょ?」

「そりゃ、まあ」


 宇宙農業プラント内部の映像が出てきた。そこには小振りな芋のような物を収穫している様子。その芋は取引品目に入っていない。

 問題は梱包状況。その芋が別の野菜の中に忍ばされる形で保存パックに収められている。出荷されているのはそっちのほう。


「単純ね。でも、こんな方法、検疫チェックで掛からない?」

 物によっては全品スキャンを受けているはず。

「カシエド商会は優良産品企業承認を受けてます。ある程度はスルーされる制度ですね」

「うわ、それって政府ぐるみとはいわないけど、一部の政治家は関わってるやつじゃない」

「前者でないことを祈りたいですけど」

 名目上の検疫サンプリングもおざなりになっている可能性がある。

「アウト決定ね。さあ、どうしてくれようかしら」

「お嬢、当初の目的を忘れてないっすか?」

「はっ!」


(あの子のこと調べてるんだった!)

 捜査ごっこに夢中になってしまっていた。


「忘れてるわけないでしょ!」

「今、息を飲んだっすよね?」

 余計なとこだけ目端の利く男をにらんで黙らせる。

「彼が同じ目的なら、手出ししていれば絡んでくる可能性が高いじゃない。違う?」

「そう思います。今の方向性でいいでしょう」

「よね!」

 賛同を得て意気揚々と続行を宣言する。

「ただ、そうなってくると……」

「どしたの?」

「お嬢と同じくらいの年頃に見えるこの少年がなぜ事件性を感じられる案件に絡んできているのか予想がつきません」


 言われてみれば最も不可思議な点だ。リリエルも自分の立場がかなり普通でない自覚はある。組織力があるからこそ可能。だとすれば件の少年の役割はなんなのだろうか?


「出荷品を押さえるのが確実です。物流企業のほうを調べましょう」

 捜査官以外が侵入という形で得た映像やデータでは証拠能力に乏しい。

「現物を押さえましょ。武力は協定者権限で行使」

「荒事になるっすよね?」

「一番楽しいところじゃない、悪者退治の」


 リリエルは不敵な笑いで応じた。


   ◇      ◇      ◇


「ランデブーしたっすね」

「ヴィー、あれの船籍は?」


 戦闘艦レイクロラナンはカシエド物流所属の輸送船を追跡中。宙港にいるうち接触回線経由でシステムに侵入し細工を施してある。識別信号シグナルにより検知不能にしてあった。


「調べてあったフロント企業の一社です。時空界面突入ブレイクイン前に荷渡しでしょうか」

 やはり裏社会へと流されているもよう。

「大胆ね。せめて公宙ハイスペースまで出てからかと思ったのに」

「領宙警備隊まで噛んでるか、盲点を知らされてるか、どっちかってとこっす」

「真っ黒じゃない」

 呆れて笑いまで出てくる。


 体裁を整えるだけの普通の産品は超光速航法フィールドドライブで届けに行くのだろう。秘匿されていた裏経理情報では利益の数%程度の取引に過ぎない。


「タッター、荷渡しの様子まで確認できる?」

 艦橋ブリッジに確認する。

「ばっちり見えてるでやんすよ。一応記録中でやんす」

「んじゃ、急速接近。全機、発進準備」

「いつでも」

「お楽しみの時間っすよ」


 皆コクピット待機状態で確認作業をしていた。リリエルもロックバーを降ろしてバルーンで身体が固定されるのを確認したらフィットバーに腕を添わせる。シリコンタブにエアが入って保持した。


σシグマ・ルーンにエンチャント。機体同調成功シンクロンコンプリート


 彼女の愛機、朱色バーミリオンのルシエルと同期する。様々な情報が頭に流れ込みはじめた。


「ちょっと待ってください、お嬢。なんか来やす」

「来た! とりあえず待機」


 本来の目標がやってきたものと思われる。そちらの動きを確認してからだ。


(どうする気かしら)

 わくわくが止まらない。


「な!」

 珍しくタッター驚愕の声。

重力波グラビティフィンでやんすか?」

「はぁ? 映像まわしなさい」

「重力場レーダーの検出レベルで小型艇クラスかと思ってやしたけどアームドスキンでやんした。これでやんす」

 ウインドウが開く。

「嘘、こんなところで? それもこのスピード」

「現実を直視なさい、ヴィー。間違いなく重力波グラビティフィンよ」


 アームドスキンはレイクロラナン近傍を通過する。それは巨大なバックパックを背負った人型をしている。全高は24m近くはあるかと思われる。人型の本体部分もかなり大型の機体だった。

 バックパック上部からは左右二枚の重力波グラビティフィンが展張されていて、金色の虫の翅のように見える。下部からも短いサブフィンが下へと伸びていた。


(何者? 外で重力波グラビティフィンを実戦配備しているのはまだ星間管理局関連だけのはず)


「冗談でやんしょう?」

 タッターは戸惑いを含んでいる。

「こいつは『ジャスティウイング』でやんすよ」

「ん、なにそれ?」

「星間銀河圏で世間を騒がせているアームドスキンでやんす。機体の画像はそこそこ出回ってやんすからこれを」


 比較画像が送られてきた。通過時の静止画と、若干荒い記録画像が横並びになっている。パッと見てわかる同型機だった。


「『正義ジャスティの翼ウイング』ってマジ?」

「どうします、お嬢?」


 さすがにリリエルも迷って即答はできなかった。

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