ジャスティウイング(4)

「わたし、好きな人がいるから安心して」

 ステヴィアはそれとなく移動してリリエルの耳にささやく。

「そ、そなの?」

「ええ、片恋だけど心は変わらないから」

「別に関係ないけど……」


 素っ気なく顔を背けるが、少女の口元は嬉しそうに緩んでいた。純な反応は見ていて心地よい。


「そういえば」

 わざと話題を逸らす。

「リリエルもあの変な攻撃よけてたわよね?」

「エルでいいわよ」

「うん、ありがと。ジュネはわかるの。わたしと同じなら光……、じゃなかった灯りが走るの見えるから来るって感じられる。エルもネオスってこと?」

 少女も当たり前のように躱していたのだ。

「お嬢は『ライナック』ですからねぇ」

「らいなっく?」

「あたしは戦気眼せんきがん持ちなのよ」


 曰く、相手の戦気、つまり戦う意志のようなものが見えるという。攻撃の位置を金線が走るように感じられるのだそうだ。


「戦気眼は遺伝する異能。血族の中に一定確率で産まれてくる。強い弱いもあるけど、幸いあたしは強く受け継いで助かってる」

 自信に満ち溢れた顔で付け加える。

「それなら丸見えね」

「あんなのはね。その点ネオスは遺伝しないはず。データ少なくってハッキリしないけどそういう傾向。なのにジュネの場合、お父様もネオスなのよね」

「うん、父さんもそう」

 彼は特に疑問に感じてるふうはない。

「この異能は色んな理由、様々なタイミングで発現するみたいだからデータの蓄積は大変だと思うよ」

「わたしは初めてアームドスキンに腰掛けたときだった。なんか脱皮したみたいに」

「ぼくは経験してないや。記憶にある範囲でも最初から見えてた」

 父親からかなり強い能力だと言われたらしい。


 草原に座って話しているとポルネとテセロットもやってきた。彼らも少年少女には興味が尽きないのだろう。


「混ぜてよ」

 ステヴィアの隣に座り込む二人。

「なんの話ししてたの?」

「ジュネの家族の話です」

「え、ファイヤーバードの家族かい? めっちゃ興味ある!」

 テセロットが身を乗りだす。

「こら! でも興味ないって言ったら嘘だね」

「わたしも」

「ファイヤーバードに恋人がいるってのは有名な話。彼女のシークレットアシストがそうだってもっぱらの噂よね」


 ゴシップじみてはいるが、実績もあって大人気の司法巡察官ジャッジインスペクターの話となるとそれなりに噂になるもの。彼らのようにエンターテインメントに関わる者となればアンテナも張る。彼女をモチーフにしたドラマが制作されるほどならば。


「父さんについては話せないんだ。管理局籍しか持ってない特殊な立場だから」

 ジュネはポルネに謝る。

「いいのよ。さすがに司法巡察官の身内を詮索するのはアウトよね。それに謎なほうが都合がいいし」

「架空の話を膨らませれば飯の種になるからさ」

「もー、二人は不謹慎です!」

 注意するが誤魔化し笑いを返される。

「ちょっと心配なのは、君たちが普通は学校に通わなくてはいけない年齢だってこと」

「そっちね。あたしは義務課程はもう終わってる。経営の専科大学をリモートで履修中よ。ジュネも同じ。彼なんて中央公務官大学セントラルオフィサーズカレッジの生徒なんだから」

「うわ、スーパーエリートだった」

 リリエルは我が事のように自慢している。


 二人とも通信教育で履修するという、それほど珍しくもない手法を採っていた。義務教育のように社会生活も学ぶ課程とは違って通学を推奨されてはいない。


「学生なのはわかったけど、親元を離れて寂しくない? どうして戦闘艦に乗ってるの?」

 素朴な疑問である。

「お祖父様が、時代がこんなだから星間銀河圏を見てまわって勉強してこいって。手下は付けてやるからとか言って」

「手下……」

「そういう人」

 ヴィエンタが「総帥はそういう方ですから」と補足する。

「豪傑だったね。ほんとに映画の登場人物みたいな人」

「君が言う?」

「ははは、勝負したがるのは困らされちゃったけど」


 ジュネは剣王リューンという人物に会っているらしい。子供とはいえ、孫娘が早くから男を連れて戻れば思うところがあっても仕方ないかもしれない。


「ジュネも社会勉強?」

 そちらに振る。

「うん、ぼくの場合は自分からだけど」

「冒険心?」

「うーん、お邪魔みたいだからかな。子供がいると両親が仲良くする時間ができないよね」

 ませたことを言う。

「そんな気遣いするなんて大人」

「男の子だって褒めてほしかったな」

「ふふ、素敵だと思ってるわよ」


 少年が軽口を叩く。その表情の裏には深い思惑が隠れているような気がした。先ほど一瞬だけ触れた彼の内面は、ステヴィアには理解が及ばないほどの深みがあったように思う。


「で、リリエルのとこに間借りして星間銀河をあっちこっちしてるわけ?」

 ポルネはそれで話を締めようとしたのだろう。

「ううん、会ったのは半年前。それまでジュネは一人で動いてたみたいなのよ」

「あんたが? たった一人で?」

「まあね」


 できなくはないだろう。星間管理局籍を持つなら、その身分証パスは絶大な力を発揮する。加盟国ならば様々な便宜が図られるはず。


「でもね」

 ポルネも解っているだろうが疑問も残る。

「あんな物騒な代物アームドスキンを荷物として乗せてもらうのは、私人では大変じゃないの?」

「そうでもないのよ。『パルトリオン』。あれを正確にアームドスキンと呼んでいいのかあたしにもわかんない」

「え、大きいから?」

 24mほどの機体ではある。

「あのサイズに収まってる・・・・・のよ。だって、あの機体、単独で超光速航法フィールドドライブまで可能なんだもん」

「はあ!? そんな馬鹿な話はあるもんか!」


 超光速航法フィールドドライブ機構はかなり大型になる。最低でも80m級の船舶艦艇でないと搭載できない。


「見せてもらったけど、あの大型バックパックには生活スペースがあったの。あんまり搭載スペース無いけど、しばらく寝泊まりするくらいならできちゃうのよね」

 とんでもない話だった。

「普通じゃないわ」

「かなり複雑なギミックで構成された特殊機よ」

「そんなものが星間銀河に存在するの? それなら話題になるじゃない。元祖のゴート宙区で製造されたっていうなら頷けなくもないけど」

 ポルネはにわかに信じられない様子。

「訳あり。詳しくは話せないから追求しないで」

「秘密ばかりねぇ。星間管理局はゴート宙区と手を組んでなにかやらかそうとしてるんじゃないんでしょうね」

「訳ありって言ってるでしょ!」


 リリエルはポルネと言い合いを演じている。大女優らしく巧みな演技で少女をからかっていた。興奮させて情報を引き出すつもりだろうか。


「されよりさ」

 ジュネが喧嘩を止める。

「調べたいことあるんだけど」

「ん、なになに?」

「ステヴィアのアームドスキンの動作ログを拾ってくれない?」

 リリエルは少年が最優先である。

「うん、じゃあレイクロラナン経由でアクセスさせる」

「民間船のセキュリティでも、吹けば飛ぶような泡みたいに言わないでくれよ」

「言い得て妙よ」


 指示一つで実行されてしまう。大して時間を要さないうちに手元に届いた。


「ステヴィアがそうなんだったら、あの機体じゃ動いてないと思うんだよね」

 ジュネのσシグマ・ルーンから投影されたパネルでデータが流れているが、彼は直接読み取っているのだろう。

「ほら、実行キャンセルされてる命令信号がある。ちゃんと動いてない」

「赤いの全部そう? 七割方でしか実行されてないじゃない。ひどい有様」

「ピーク時での話だけど。それでも問題だ。命に関わる」

 少年は思案している。

「仕方ないわね! あたしの『ルルフィーグ』を貸してあげるわよ」

「エルが困っちゃうんじゃない?」

「『ルシエル』じゃないわ。練習機に使っていたやつ。予備機として乗せてあるからチェックして出すわ」


 本場で製造されたアームドスキンを借り受けられることになってしまう。少々戸惑うが押し切られてしまった。


「ちょっと待ってなさいよ」

 渡される流れ。

「ありがとう」

「助かるよ」

「ジュネのお陰なんだからね」

 少し嫉妬が入る少女を愉快に感じる。

「時間あるんだったら二人が出会った時の話。半年前? 聞いてもいい?」


 ステヴィアは興味をそそられた部分に話を持っていった。

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