ジャスティウイング(3)
ジュネは周囲に気を遣わせないためにしゃべっている人のほうに視線を向けるようにしていると言う。しかし、その不思議な色の瞳を持つ眼球は機能をしていないのだ。
(一概に不幸と呼ぶのは違う気がする)
当人が気にしているふうがない。ステヴィアの感じる光、『命の灯り』というのが見えるのも一因だろうか。
「そんな身体でよくアームドスキンなんか乗ってるわね」
ポルネがあけすけな質問をする。
「『パルトリオン』のセンサー情報が全部入ってくるから。むしろコクピットにいるときのほうが色んなものが見えてるんだ」
「そんなもんかい」
「憐れまれるほど苦労してないから。ありがとう」
「お嬢、来たみたいです」
ヴィエンタ・ゾイグと名乗った女性がリリエルに耳打ちしている。
「じゃあ、本格的な話にしない?」
「そうしよう。うちの大将に引き合わせるよ」
ルガリアスの船影が近づいてくる。
「すると、
「そうよ」
お金も関わる話になるので最初からハイダナ・グワーシーが対応に出てきた。大物プロデューサーでさえ活力の塊のようなリリエルに戸惑っている。
「大物だねぇ。このお爺さんの眼力にビビったりもしないなんて」
間繋ぎにポルネが茶々を入れる。
「何者か知らないけど、あたしのお祖父様に比べたらほんとに可愛いものよ」
「そんなのが身内にいるわけ?」
「
片眉を上げて心外そうに言う。
「いや、名前くらいは存じ上げてるぞい。ゴートではブラッドバウは一流中の一流メーカーでもあるし、創始者の剣王リューンの影響力は無視できんからの」
「知ってるならわかるでしょ?」
「リリエルちゃんは剣王の孫娘かいの。それならあれほどの戦闘艦を任されておっても変じゃないのう」
ハイダナが剣王という人物への理解と敬意を示すとリリエルは上機嫌になる。尊敬する人なのだろう。
「資金的には困ってないのよね? 正直、援軍は喉から手が出るほどなんだけど」
トップ女優は乗り気である。
「法外な報酬を請求されなんだら大丈夫じゃ」
「しみったれたこと言わないわよ。相場で結構」
「それならば問題ないんじゃが……」
プロデューサーの視線が少年に移る。
「この少年が噂の『ジャスティウイング』だというのは本当かいの?」
「ええ、ほんと」
「そっちがの」
ハイダナが言いよどむ。なにか事情があるようだ。
「持て囃されとるのも本当なんじゃ。正義の味方の振る舞いじゃからの」
説明をはじめる。
「じゃがの、正直言ってグレーゾーンじゃ。法的根拠のない所業だと問題視する声も無きにしもあらずでのう。儂らが市民の正しき解放運動を謳うのなら、助力を願うのは如何なもんじゃろうか」
「そんな理由? たしかにマズいかも」
「じゃろう、ポルネ? 聞き及んでおる。君があの生ける伝説、
ステヴィアは知らなかったが、そんな噂があるという。
「意図的に流してる噂なんだ。ぼくは確かに母さん、ファイヤーバードの薫陶を受けて色々やってる。関わる件は自己判断だけど」
「あのファイヤーバードの息子!? 肌の色とか左目とか受け継いでるといえばそうかも」
「母さんの最終判断で審決してもらってから執行してるよ。司法部の内部的には特殊アシストって立場にしてもらってる」
ステヴィアもさすがにファイヤーバードのことは知っている。星間銀河で一番有名な司法巡察官と呼んで差し支えないだろう。顔出ししているのも彼女のみ。
ジュネはとびきり特殊な事情の持ち主だった。堂々と武力行使しているのも、きちんとした裏付けあってのことらしい。
「様々な声があがっても、結局は立ち消えになるのはそんな理由じゃったんじゃの」
ハイダナも納得する。
「星間管理局司法部、それも
「ようやく理解したわけね」
「聞けばの、リリエルちゃん。それで儂らの活動が正当で、皇室の圧政が星間法に抵触すると判断されたと思ってええんかいの?」
捜査が入っているなら希望が持てる。運動も楽になると考えていい。
「残念だけど、内乱っていう星間管理局の判定は覆りそうにないよ」
ジュネは否定する。
「今回はぼくの個人的な問題。エイドラ皇室は手を出しちゃいけないものに手を出してるっぽい。そこをどうにかしないと駄目なんだ」
「明かしてはくれないの?」
「今のところ、どこまで侵食されてるか不明だから遠慮して。できるかぎり秘密裏に処理できるとありがたい類の問題だから」
ステヴィアのお願いは聞いてもらえない。
「普通ならおそらく『時代の子』である君だけでも解決できた問題。でも、
「曖昧なのね」
「ごめん。かなりデリケートな話なんだ」
申し訳なさそうにジュネは言う。それなのに微笑が消えないのは精神的な強さを感じさせた。
「じゃ、契約ってことでかまわない?」
「お願いしようかの」
ステヴィアの関われない話がはじまった。
◇ ◇ ◇
深夜から動いていたパイロット組は仮眠を取る。その間も追撃はなかった様子。コリント基地に与えたダメージは少なからず効果があったらしい。
「どのくらいなのか見ておこうね」
ジュネにそう言われ、ステヴィアはルガリアスの仮眠室から草原に出てきている。
「わかるの?」
「
「はい」
少年の側はリリエルとヴィエンタ、それにプライガー・ワントという男がついてきている。二人が少女の世話役なのだそうだ。
言われたとおりに手の平を合わせるとジュネの灯りを一際強く感じられる。その金色の輝きは逆に心地よさを覚えるようになる。
「強度はそれほどじゃないね。意識しないと遠くまでは見えないくらい。でも深度はかなりかな。感受性が高そう」
特殊な知覚に触れられている感じ。
「んん?」
「ぼくには深く潜らないようにね。溺れるよ」
「そうみたい。沈んでいっちゃうかと思った」
それはたしかに同じ能力者同士でしか理解できない感触だった。心地よさに身を任せようとしたら、そのまま吸い込まれそうになる。
「ステヴィアの能力は感情が見えやすいタイプ。飲まれやすいほうだから気をつけないといけない」
即座に判定された。
「そうなの?」
「相手の感情に引っ張られちゃうから、特に戦闘のときなんかは広く見ないほうがいい。巻き込まれて戻るのが大変になる」
「うん、気をつけるようにする」
なんとなく指先を触れたままにしているとリリエルに引き剥がされた。
「馴れ馴れしくしない。いくらジュネが優しいからって」
「お嬢、嫉妬はやめましょうや」
「ラーゴ、うるさい!」
(可愛いわね)
少女の感情はあけすけでわかりやすい。態度にもストレートに表れているので見る必要もないほど。
聞けば、ジュネが十一歳、リリエルが十二歳なのだそうだ。少女のほうはお姉さんぶりたい素振りを見せるも、どこかで少年に依存に近い信頼を抱いている様子。恋愛の手前、憧れが一番近い表現だろうか。
(このくらいの頃って、どうしても自分の感情を持て余してしまうものよね。ジュネのほうが極めて特殊なんだと思う)
応援したいと思うステヴィアは二人の関係を微笑ましく見つめた。
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