ジャスティウイング(2)

「……あんたがジャスティウイング?」

「そう呼ばれてる」

 驚きを隠せないままにポルネが問う。


 致し方ないだろう。その少年は誰が見ても十歳くらいにしか見えない。しかし、彼が歩いてきた先に大型アームドスキンが降着姿勢を取っているのも事実。


「たまげたわね、これは」

 目を丸くしたままで続けた。

「下手なドラマより衝撃的な展開」

「ほんとにあれに乗ってたの?」

「うん」


 ステヴィアが立ち上がるのに手を貸してくれる。その力が予想外に強かったのにも驚かされた。少年の身長は130cmほど。彼女より頭一つ分は小さいのに。


 まず目を引くのはその瞳。右目は紫、左目は緑。普通はそんなことにはならないはずである。

 少年らしいふっくらとした頬を持つ相貌は浅黒い肌をしている。そこに特殊な色の瞳を持つ大きな目と、筋の通った控えめな高さの鼻。微笑を浮かべた口元。


 髪は深い銀髪。前髪は右目にかかるくらいの長さで分けられている。梳いて軽くしてある横や後ろ髪は首までの長さで整えられていた。

 そこに前頭部までを覆う輪環状のσシグマ・ルーンを着けている。彼女の使う馬蹄状のものと違ってかなり精巧な作りをしているようだった。


 全体的に落ち着いた空気をまとっている。話している間も決して微笑を絶やさない。


(でも、なにか違和感)

 引っかかりを覚える。

(どこか……、そう。わたしを見ているのに、まるでその向こう側を見ているかのよう)

 不思議な感じがする。


「ジュネー!」

 少女が駆け寄ってくる。

「どうしたの? それ、ここの人よね?」

「うん、ちょっと気になったから話してる」

「ふーん」

 全身を舐めるように値踏みされた。

「彼女はぼくと同じだからね」

「んへっ!? じゃあ、新しき子ネオス?」

「そう」

 大仰に驚いているが、なにを言われているのか解らない。


 こちらの少女はわかりやすい。先ほどの朱色バーミリオンのアームドスキンに乗っているのだろう。パイロット用耐衝撃スーツ『フィットスキン』も見事なバーミリオンカラー。ただし、年の頃は少年と同じローティーン。


(子供ばかり。どういうことなの?)

 そう思ってると妙齢の女性もやってくる。


「どうかしました、お嬢?」

「うん、ジュネがこっちの女が自分と同じだって言うもんだから」

「うげ。『灯り見る人』です? 時代の子かも」

 ちんぷんかんぷんな会話がつづく。


 将来有望な実に可愛らしい少女だ。

 真っ先に目に飛び込んでくるのは見事なストロベリーブロンド。黄色みが強いのかほぼオレンジと言っていい色をしている。

 前髪は目にかかる程度だが、もみあげは肩に届くくらいまで。伸ばしている後ろ髪は高い位置でツーテールにしている。緩やかにかかったウェーブがボリュームを備えてよく似合っていた。


 肌は若干黄色味掛かった白色系。綺麗な卵型の頭が身体に比べて大きめなあたりは、まだ幼さを表している。

 秀でた額の下には勝ち気そうに吊り上がった眉。倣うようにパッチリとした目も吊り気味で、大きな薄茶色の瞳が輝いていた。

 整った鼻筋に桜色の唇も将来を嘱望したくなるほど絶妙な配置。血色の良い頬がさらに健康的な美を際立たせている。


(子役になれば人気出そう)

 ステヴィアも羨ましくなるほど。


 身体つきはまだ子供で、緩衝パットの下の胸は膨らみはじめた頃だろう。多少筋肉質なところも感じさせるが、その分しっかりと引き締まっていて大人の女性の片鱗を思わせる丸みが出始めていた。


「そうなると放っとかないほうがスムーズに事が運びそうね」

 勝手に納得している。

「ジュネ?」

「別な意味で放っとくと危険そうだし」

「そ。じゃあ、あなたたち。たぶん民主奪還同盟リキャップスとかいう組織なんでしょ?」

 解った上での介入だったか。

「あたしの名前はリリエル・バレル。民間軍事機構『血の誓いブラッドバウ』の一員よ。あたしたちを雇うつもりある?」

「え? え?」

「軍事会社みたいなもの? 戦力が欲しいのはやまやまだけど」

 ポルネが引き取ってくれる。


 検討から外された案である。ステヴィアでは口を挟めない話。


「下調べしてきてるんならわかってると思うけど、うちは皇室政府との紛争中。軍事会社じゃ一国と闘争するなんて無理じゃない?」

 子供の与太話で処理するつもりらしい。

「籍を置く国のほうに迷惑が、はっきり言うと圧力かかっちゃうわよ?」

「できるものならやってみるといいわ。ブラッドバウの千隻艦隊と戦争する気があるんならね」

「千隻!?」

「すごいんですか?」


 ポルネ曰く、一般的な国家だと戦闘艦二百隻を備えていれば国力があるほう。軍事国家で五百隻に届くかどうか。それ以上なら超大国と呼べるらしい。


「なんの冗談?」

 たしかにそう言いたくなる数字。

「コンパクトなほうじゃない? ゴート宙区の宇宙警察を自認してるんだから」

「ゴート! アームドスキンの出元? そんなとんでもないところ?」

「お解り?」

 少女は自慢げに口元を緩める。

「現実味のある話となるとあたしの一存じゃ決められないからルガリアスが戻るまで待ってくれない?」

「ええ、それくらいはね」

「衛星通信でポイント送ったとこだから」


 司令船であるルガリアスにはすでに作戦失敗が伝えられている。リキャップスが保有しているアームドスキンのうち市販機は姿を消しているし、フェニストラも何機かは失われている様子。基地攻略もできず完全に失敗である。


(わたしがもっとちゃんと戦えてれば。あの光を上手に使って)

 後悔を覚える。

(そういえば、さっきなにか言ってた。命の灯りとかなんとか)


「ね、君はあの光のこと、なにか知ってるの、ジャスティウイング?」

「ジュネ・クレギノーツ。ぼくの名前」

「あ、えーっと、ジュネ? ステヴィア・ルニールよ」

 あまりへりくだるのも変だと思ってそう呼んだ。

「ずいぶん偉そうじゃない」

「いいよ、エル。君が見えている命の灯りはぼくにも見えている。逆にいうと、ぼくにはそれしか見えてない」

「ん? ちょっと意味が……」

 わかりかねる内容。

「盲目なんだ。ぼくはこのσシグマ・ルーンが無いと日常生活もままならない」

「あ!」


 感じた違和感の原因が判明する。少年が彼女を見ていても、なにか違う気がした。それは彼の目の焦点が合っていなかったり、視線が微妙にズレていたからだ。


「そんなこと、あるの?」

「本当かい?」

 ポルネも驚いている。

「自家再生移植手術は受けられない? そんなにお金に困ってるようには見えないんだけど」

「見えないのは目が原因じゃないから」

「目じゃない?」


 視覚に限らず、身体の器官にハンデを背負って産まれる人は一定数存在する。その患者は、自身の細胞から多能性幹細胞を製造する。さらに分化させて必要な器官を培養生成し、自家移植手術を受けて健康体を手に入れていた。

 しかし、大掛かりなだけにそれなりの費用も必要となる。ハンデを抱えて生きる人は、社会制度が充実していない国で貧困層にある人。ところがジュネは特殊型σ・ルーンを装着している。その装具ギアは決して安価な代物ではない。


「わからない?」

 リリエルは面白くなさそうに言う。

「視覚っていうのは目だけで成立しているものじゃないでしょ。目からの信号を脳の視覚野が処理して初めて見える。ジュネはその視覚野のほうに障害を抱えてるの」

「じゃあ、一生?」

「そうだね。でも、ぼくにはこのσ・ルーンがある。カメラがいっぱい付いてて立体画像を作り出して直接脳に伝えてくれてるから見えてるんだ」


 自家再生手術は万能ではない。人体のすべてを司っている脳だけは交換が利かないのだ。脳の一部の機能を除き、再生手術は適用できない。


(そんな状態でアームドスキンみたいな機械に乗ってるの?)


 ステヴィアはジュネが特殊な事情を抱えているのではないかと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る