ジャスティウイング(1)

 突然舞い降りてきた大型アームドスキンは攻撃をはじめた皇国軍をものともせずゆっくりと降下している。敵が目を奪われているうちにステヴィアはポルテ機に抱きつき後方へと移動する。


「大丈夫ですか? 爆発するようなダメージは?」

「平気っぽいけど姿勢制御推進機パルスジェットくらいしか言うこと聞いてくれない。どうなってる?」


 背中のパルススラスターは片方が半ばから吹き飛び、もう片方は大穴が口を開けていた。もう使えそうな状態ではない。


「無理そうです。逃げますね」

「ごめん。ジャスティウイングが相手してくれてるから今のうちに離脱しよ」


 ステヴィアのフェニストラも致命的なダメージはないものの、擦過痕だらけで関節が融着しかけているところまである。思うようには動いてくれない。


「あのアームドスキンのこと、ご存知なんですか?」

 援軍だろうか。

「あんた、『ジャスティウイング』知らない?」

「知ってますけど、子供番組ですよね?」

「そっちじゃなくて、もう一つのほう」


 彼女が知っているのは主に男子児童向けの映像コンテンツ。

 普段は小さな航宙運送業を営む普通の男。しかしてその実態は、熱い正義の信念に基づき悪を懲らしめてまわる正義の味方という設定の実写ドラマ。

 主人公の愛機は翼を模した推進機スラスターを備えている。そこから付いたあだ名が正義ジャスティの翼ウイングで、本人もそう名乗りはじめた経緯がある。時代を先取りする形で、数年前から乗機がアストロウォーカーからアームドスキンに変わっている。


「もう一方?」

 ステヴィアの知らないスピンオフ作品でもあるのかと困惑する。

「世間を騒がせてる『現実版ジャスティウイング』のほうよ。表沙汰になってない悪行を暴いて懲らしめている謎のアームドスキン」

「そんなのがいるんですか?」

「いるね。しかも目の前に」

「あれが……」


 到底信じられない。パイロットになって実際に知ったアームドスキンは、個人で所有するには購入するにも維持するにもコストがかかりすぎる代物。ましてや管理に専門技能を持つ多くの人員と大量の機材を必要とする。

 ドラマのほうは児童向けコンテンツなのでそういう部分を完全にすっ飛ばして描かれているが、現実に維持するにはとんでもない資金が不可欠。理念や道楽でできることではない。


「あたしも実際に見るのは初めて。ドラマ性が高くて面白いからニュースを拾い観してた」

「そうなんですか」

「実在するとかほんとに愉快。しかも強い」


 激突したブレードが紫電を撒き散らしながら弧を描く。巻き取られたロルドモネーの刃は大きく逸れ、返す斬撃が首から脇腹へと抜けた。

 背後から奇襲を掛けた皇国軍機は裏拳の一撃で吹き飛ばされる。上空から狙っていたもう一機も肩の固定砲塔からのビームの直撃を受けて爆炎に変わった。


(すご……、って言うよりすさまじい? ドラマのジャスティウイングの活躍さながらって感じ。それにあの金色の光。まだ輝きを増しているし)

 意識を背けないと眩しくて見ていられないほど。


 ほぼ足を止めているジャスティウイングにビームの牽制を入れながら接近する隊長機格のロルドファーガ。リフレクタで防いでいる隙に接近して肩口への一閃。正義の味方を名乗る機体はかがんで躱す。


(それは駄目)


 ステヴィアの目にはパイロットの意識が腰へと飛ぶのが見えていた。予想どおり副腕が目にも留まらぬ速さで繰りだされてブレードを閃かせる。しかし、ジャスティウイングは見えていたかのように下からの斬撃で刎ねる。ひるがえった切っ先が本体を袈裟斬りにした。


(今のは?)

 反射神経でどうにかできるような攻撃ではなかった。


 つま先で大地を一蹴りしたジャスティウイングの大型アームドスキンは滑るように移動をはじめる。経路上の皇国軍機はことごとく大破か撃破の憂き目に遭っていた。


「蹴散らしなさい!」

 それだけでは終わらなかった。

「ラーゴは五機率いてジュネの討ち漏らしの始末。残りはヴィーの指示であたしに続きなさい」

「合点だ、お嬢」

「皆、聞こえたわね? 遅れたら承知しないから」


 朱色バーミリオンの閃光が突き刺さる。 ロルドモネーの一機を粉砕し人の形を取り戻したそれは無骨なフォルムをしていた。

 頭部は丸く、各部もより人型に近い印象。背中にはジャスティウイングと同じ一対の金色の翅と、肩から突きだす同様の機構。スラスター光を発さず、「フォーン」と空気を鳴らして加速した。


「ルシエル、我が身我が鎧となりなさい。突撃!」

「おー!」


 朱色の機体にピンクの同型機が随伴。青鈍色の同型機は編隊チームを率いて離れていった。戦場の空気が変わるのを身体で感じる。


(いったいなにが起きてるの?)

 もう訳がわからない。そのままでは殲滅されそうだったのが助かったのはたしかなようだ。


 朱色のアームドスキンは両手にブレードを構える。水平に跳ねるがごとく滑空すると待ち構える皇国軍機を裁断していく。一機がどうにか刃同士を噛ませて止める。腰から跳ねた副腕のブレードも根本から斬り飛ばされる。


「馬鹿なぁ!」

「このあたし相手にそんな小手先! 嘗めてんじゃない!」


 ヒップガードの固定武装がビームを吐いて爆散させる。リキャップスのメンバーが苦労していた攻撃をいとも簡単に打破していく。彼女が蹴散らせと言ったのは比喩でもなんでもないらしい。


「お嬢、東から三十機単位の部隊が接近中みたいよ」

「増えるの? お荷物もいるし一揉みしたら撤収するわ」

 早い決断。

「それでいいでしょ、ジュネ」

「うん、わかった」

「レイクロラナン、後退援護」


 次に降下してきたのは戦闘艦。全体を朱色バーミリオンカラーに彩られた派手な艦体が圧するように迫ってくると艦砲で基地の防御フィールドを叩きはじめる。


「数が多い。早めでお願いしやすぜ」

「そんなのは敵に訊きなさい、タッター」

「そりゃないでやんすよ、お嬢」

 オープン回線で交わされる会話は軽い。


 強敵の出現に右往左往している皇国軍は組織的な追撃はできそうにない。思うがままに撹乱した戦闘部隊は潮が引くように下がっていく。


「拾ってくから加速で舌を噛まないようにね?」

 飛来したジャスティウイングが彼女とポルネのフェニストラを掴む。

「えっ! わっ!」

「これは楽なんだか厳しいんだか」

「んー……」


 ものすごい加速が上から襲いかかってきてシートに押し付けられる。恥ずかしいと思いながらも喘ぎを漏らさずにいられない。


「世話をかけるね」

「いいよ」

 ポルネへの答えはソプラノの響きで男性なのか女性なのかも判然としない。


 数分ほど苦痛に耐えると徐々に減速して息継ぎが楽になってきた。ふわりと降ろされると思わず安堵のため息が出てしまう。


「ステヴィア、降りて」

 隣のフェニストラは降着姿勢でハッチを開けたところ。

「はい」

「途中おかしかったけど大丈夫なの?」

「わたし……」


 思い出す。たしかに記憶が曖昧なところがある。視界の混濁。光の乱舞。弾けて消える生命の証。それをしたのは……。


「う、うえぇ……」

 跪いてえづく。

「ステヴィア、あんた、自覚なかったのね」

「えぐっ、えおぉ」


(殺した。あんなにいっぱい。なにも感じず、申し訳ないって気持ちも抱かずに)

 食道を駆け上ってくるのは酸っぱい液体。

(必死だった? そんなの言い訳にならない。まるで衝動的に殺しまわっているだけのような。あんなの……)


「あんな戦い方をしては駄目だよ。能力ちからに飲まれてるだけなんだからそうなっちゃう」


(図星。後悔しかない)

 顔を上げる。

(え?)


 ステヴィアに向けて歩いてきているのは十歳くらいの少年だった。

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