リキャップス(5)

 待ち受けていたかのようにコリント基地から驚くほどの数のアームドスキンが飛び立つ。パイロット全員が絶句した。


「読まれてた!」

 悔しそうにポルネが言う。

「どうします?」

「もう退けない。背中を狙われるだけ。勝負!」

「行くっきゃねーのか!」

 テセロットも吠える。


 ステヴィアはロックオンの利かなくなった照星レティクルを基地にと向ける。ランチャーからのビームが吸い込まれていくが紫色の干渉波紋を描いて拡散した。しっかり防御フィールドも作動している。


(数えきれないくらいいる。こんな数に勝てるの?)

 じわりと不安が胸を侵食する。


「ロルドモネーが多いじゃない。こいつはヤバいから気をつけて」

 いち早く警告が発された。

「腰に副腕がある。どこで動くかわからないからね」

「不用意に近づけないか」

「機動性も市販機とは段違いだから銃撃戦で墜とせるとか思っちゃ駄目」


 消耗戦を示唆する。数が少ないほうがそんな選択をすれば勝負を投げたようなものだとポルネが言う。


「妙なギミックが付いてるだけで、スペック的には遜色ない。距離の取り方だけ注意すればいけるから」

「簡単な話じゃないけどさ」


 警察機とは全く異質な印象が拭えない。人の形をした兵器というよりは生物的ななにかに見えてしまう。

 推進機スラスターこそ現用機に多いパルスジェットタイプ。独自機だと言われれば素人の彼女には否定材料がないのに、なぜか取り繕った感を覚えていた。


(考えてもしょうがない。罠だからって逃げだせば囮になったルガリアスが犠牲になってしまう)

 今対峙している戦力が全部速度あしの遅い輸送船を襲いに行ってしまうだろう。


 リキャップスの仲間は一対一、もしくは対少数に持ち込むように立ちまわっている。本当ならステヴィアも倣えばいいのだろうが違うと思ってしまった。


(もっと深く)

 自分を活かすのなら敵中だと直感的に動く。


「出すぎよ、ステヴィア!」

「大丈夫です。皆さんは目の前の敵を」


 目立ちたかったのではない。他の皆と横並びだと光を使った敵味方の区別がつかないので狙撃しにくい。周囲をすべて敵にすれば近づいてくるのは攻撃対象にできる。


(集中。今度は全体的に感じるように)

 視界を広くとる感覚で。


 光の乱舞の中に自分を置く。あとは的当て。照星レティクルも見るや見ずで銃器型のビームランチャーを向ける。飛び先めがけてビームを発射。当たっているかどうかなど気にせず続ける。

 近く感じれば右手のブレードを振る。光を払う感じで斬線を刻んだ。感覚を拡散させるよう強く意識するあまりに曖昧な視界の中でフェニストラを舞わせた。


(できてる?)


 周囲でいくつかの爆炎が広がる。分断され崩れ落ちるロルドモネー。うち一機がワンテンポ遅れて光りに包まれつつある。リフレクタをかざして熱波を防いだ。


「あなた、天才?」

「そんなんじゃないですけど!」


 声の主のポルネはもちろん、仲間を助けたい。その一心だった。動くほどに光は失われていく。それが生けるものの証であるのを忘れるほど。


(集まってくる。どうして? 目立っているから?)


 強い敵意が集中してくる。視界が醜い色をぶちまけたかのように染まっていく。嫌悪感ばかりが先走って振り払おうとする。それがまたより醜い色を生みだしていった。


(気持ち悪い。これが人間の本性? 傷つけようとした相手が反撃してきたからって憎むの? そんな自分勝手なんてある?)


 心の奥底に埋めていた感情が噴出してきそうだ。悪意にさらされ身体がボロボロになっていた幼い頃。抵抗もままならなかったあの頃とは違う。今のステヴィアには戦う力があるのだ。


(打ち払え。やられてばかりでいるもんですか)


 赤黒い光がふらふらと揺れながら近づいてくる。下げていたブレードの切っ先を跳ねさせる。横へと流れようとするので軌道を変化させて薙ぎ払った。

 泥水のような色の光や青黒い光が飛び交う。それらが放つ光の舌が彼女を溶かそうと舐めてくる。紙一重で躱し、ビームで出元を焼いた。


(理不尽に負けてたら生きてなんかいられない。わたしは明るい場所へ行くの。きらびやかなステージの上へ)

 あやふやな視界の中でそれだけは明確に憶えている。

(あの人が望んでくれた夢の場所へ。あの人? 誰? わたしはどこに行こうとしているの?)


「ステヴィア、どうしたの! ちゃんと避けなさい! 聞こえてる!?」

 くぐもった誰かの声。

『装甲温度が限界値に近づいています。回避行動を優先してください』

「かいひ?」

「正気に戻って!」


(ポル……ネ……さん? わたし……?)


 にじんでいた視界が徐々に戻ってくる。ポルネの光が興奮の色をまとって接近してこようとしていた。それがフェニストラの形をとる。


「わたし、なにして……。ポルネさん、危ない!」


 三機のロルドモネーがまとわりついている。それなのに彼女は包囲の中のステヴィアを助けようと近づいてこようとしていた。


「目が覚めたのね」

「駄目! もう一度、さっきのを!」


(そうじゃないとポルネさんを助けられない)

 再現を祈る。


 しかし無情にも思いどおりに意識を広げられない。粘りつくような空気の中で必死にもがく。


(どうして思いどおりにならないの! 光が見えているのはわたしを助けてくれるためじゃなかったの!?)


 斬りかかってきたアームドスキンと競り合いになる。力任せに押しのけようとするが敵わない。腰の副腕が飛びだしてきて横腹を薙ごうとする。咄嗟に躱すがヒップガードが刎ね飛ばされた。


「どいて!」

「そんな状態で偉そうに!」


 コンソールパネルの機体モデルはアラームで真っ赤に染まっている。だからといってあきらめられない。


「まだー!」

「さっさと墜ちろ!」


 意識の流れのようなものが見える。それは光から伸びた棘。腰へと向かって伸びていた。


「それなら!」


 一瞬後には副腕が弾き出されてきた。ステヴィアはもうフェニストラを降下させつつかがませている。頭上をブレードが過ぎ去ってから思い切り伸び上がりながら副腕、肩と同時に切り裂いた。


「くおっ!」

「邪魔! やっと来たんだから!」


 再び視界が歪んでくる。希薄な色の世界に光が浮かび上がった。ポルネの光と他に三つ。惑わされることなく流れのままに一つを薙ぎ払う。

 もう一つはすぐ傍。引き剥がしてさらう。蹴り放してビームを叩き込んだ。パンと弾けた光が世界から消える。


(もう一つ)


「ペダルが利かないってどういうこと? もうパルススラスターがいかれてるっての?」

「え?」


 最後の光はポルネに意識を向けている。攻撃の意思がパッと閃いた。動かないフェニストラをビームで撃ち抜こうとしている。


(間に合わない!)


 ステヴィアはポルネ機を挟んで反対側。間に割り込むことさえできない位置。狙撃しようにもビームランチャーを向ける間に発射されてしまうだろう。


「こんなとこで!」

「だめー!」


 その瞬間、敵意の光が消し飛ばされた。上から降ってきたビームがロルドモネーのコクピットを正確に貫いている。少し遅れて爆散した。


(え……、なに……?)


 まばゆいばかりの金色の光が舞い降りてくる。直視できないほどに強い強い光。神々しささえ含んでいるように思う。


「あれは……。え、まさか?」


 ゆったりと降下してきているのはアームドスキンだった。かなり大型で特殊な形状をしている。

 カメラアイが地上を睥睨するように見る。そして、その背中には金色の光の翅が二対、そびえ立っていた。


「ジャスティウイング……」


 ポルネがつぶやく名前がステヴィアの意識を現実に引き戻した。

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