始まりは運命(1)

 民間軍事機構『血の誓いブラッドバウ』は元々ざっくばらんな風潮を持つ組織。そんな場所であれば、リリエル・バレルが注目を浴びることはあれど特別視されることはなかった。


 ただし、彼女自身が親分気質であり、人心を集めてしまう性質であったのは間違いようもない。どの年代の集団の中でもいつしか中心になってしまっていた。

 そうなれば次の世代の総帥にと嘱望する声も挙がる。そんな傾向を剣王リューン・バレルは嫌ったのかもしれない。孫娘を外に出す決断をしたのである。


「お前がそんなに勉強好きだとは知らなかったぜ」

 卒業を報告するリリエルを揶揄する。

「嫌い。知ってるでしょ、あたしが身体を動かすほうが好きなのは。嫌なことはさっさと終わらせる主義なの」

「そうかよ。まあ、なんにせよ自由を手に入れちまった。これから堪能する気満々なんじゃねえか?」

「もちろん」

 祖父はニヤニヤ笑いを消さない。

「そいつはこんな小っせえ機動要塞の中なんかで収まるようなもんか? だったらガッカリなんだがよ」

「そんなわけないじゃない。お祖父様ならあたしを作戦に使ってくれるって期待してる」

「悪くねえな」


 パイロットとしての実力も示してきた。戦気眼せんきがんも十分に活用している。すぐとはいかなくても近いうちには使ってくれるのではないかと思っていた。


「どうせならもっとでっかくいけよ、エル」

「どういうこと?」

 意味をつかみかねる。

「外を見てこい」

「そと!?」

「この椅子が欲しいか?」

 豪華な作りの総帥の椅子を示している。

「う……ん? そんなでもないんだけど、お祖父様が継いでほしいんなら期待に応えたいし、それもいいかな?」

「そんなら星間銀河を見て、でっかくなって戻ってきやがれ。誰も文句言わせねえくれえにな」

「新しい世界には興味あるわ」


 祖父リューンは四十九歳。このとき十一歳の彼女は孫でも下のほう。ただ、戦気眼せんきがんの強さだけは正当な後継者と謳われるだけの力を持っている。


「星間銀河に加盟して十七年。アームドスキンショックからまだ抜けだしてないんじゃない?」

「だから面白いんじゃねえか」


 ゼムナの遺志関連の騒動は星間銀河に拡大しつつある。その影響で新技術の開示も活発で革新も著しい。ゴート宙区ほどの下地がなければとても追いつけはしない。


「お祖父様の言うとおりかも」

 スリルがなければ面白くはない。

「だろ? タッターを付けてやる」

「え、タッター? いいの? 難しい作戦でも任せるくらいの有望株じゃないの?」

「なんでもできっからに決まってんだろ。天下のブラッドバウの名を星間銀河でも売ってこい」


 祖父の真意を理解した。リリエルにとっても、有望なタッターにとっても見識を広めるチャンスを与えるつもりなのだ。


「任されてあげる」

「おう」

 グリップダコのあるごつい拳に自分の華奢な拳を合わせる。

「『ルルフィーグ』みてえな玩具じゃ足んねえな。おい、エルシ、エル用に『ルシエル』を一機組んでやってくれるか?」

「わかったわ。調整用に準備しましょう。そのうち専用機も要るでしょうね。データ収集にちょうどいいわ」

「やった!」


『ルシエル』は彼女が生まれた記念に、次期量産機として開発されたアームドスキンに付けられた名前。それをメインに使えるのは感慨深くもある。

 それも、ゼムナの遺志『エルシ』が手ずから組みあげてくれるというのだ。仕上がりは保証されたと言っていい。


「エルシ、愛してる」

「知ってるわ、私も母親の一人のつもりだもの」

 他に見たことないほどの超絶美女に抱きついた。


 特別な身内である。エルシはリリエルが生まれたときから今の姿であり、年老いることはない。そして、きっと彼女が死ぬときまで変わらないままである。もしかしたら家族より近しいかもしれない。


「あの老いぼれが死んだらあたしが協定者になってあげる」

「あら」

「うるせえ! 勝手に殺すんじゃねえよ!」


 当時のリリエルは祖父が死ぬことなどないくらいに思っていた。誰も伝説の後継者を殺すことなど不可能。だからこそそんなジョークを口にしてしまう。


「ありがと」

「もう俺様の時代じゃねえ。安心して隠居させろ」


 リリエルが頬にキスすると、リューンは嬉しそうに言った。


   ◇      ◇      ◇


 準備は一ヶ月ほどで終了する。


 ルシエルは一週間で手元に届き、宇宙そとに出ては慣熟をくり返してものにした。ルルフィーグに比べると若干重いがそれだけに粘りのある良い機体である。


 両親に課せられた条件は大学進学。進路を決めて受験の手続きをちゃんとするところまで確認される。試験そのものは出発後の時期になるのでうるさくは言われないだろう。


「すごい! 見事なものね」

「派手でやしょう? 参っちまいやした」


 昔でいう戦闘空母、今では規格上戦闘艦と呼ばれている三十機搭載型母艦レイクロラナンは全体が朱色バーミリオンに塗色されている。それに腰が引けていた。

 装甲板排熱技術は遥か昔に確立されている。どんな色に塗られても排熱に困るようなことはないが、戦闘艦が目立つというのは違う意味がある。的にしたければしてみろという意思表示に近い。


「タッター、その言葉遣いをそろそろ改めない?」

 三下言葉が抜けない。

「こんな役をまわされなければあなた、百隻規模の艦隊だって任される立場なのよ」

「そう言われましても、ねえ?」

「お祖父様を崇拝してへりくだってるのは解る。でも、地位なりの言葉を身につけるのも社会の一員として常識じゃない?」

 苦笑いしている。

「お嬢みたいに生まれたときから星間公用語パブリックが普通の世代じゃないんでやんすよ。あっしはゴート語がこびりついてやしたから。難しい尊敬語を全部憶えるくらいならこっちのほうが楽なんでさあ」

「あたしにまでへりくだることないのに」

「これからはお嬢の副官でやんすから、これで正解でやんしょう?」


 タッター・ファニントンは四十三歳。リリエルの父親より歳上なのである。ブラッドバウの幹部に名を連ねるだけの地位にある分、血統には忠実でありたいと言われると反論しにくい。


(戦気眼の強さも後継者に相応しいとまで言われるとね)

 彼女を担ぎたいと考えている一派なのだ。

(そういうふうに思ってくれてるから、ちゃんと忠言もしてくれる。だからこその配置なんでしょうね。使ってみせろってこと。お祖父様の意地悪)


 乗員クルーの選抜はタッターに一任した。驚くほどの有望メンバーが引き抜かれて集まっているが、リューンが許可を出したというのは成長を願ってのことらしい。


「外堀埋められちゃってるのよねぇ」

 ため息混じりにこぼす。

「どうしたんでやんすか?」

「このまま流されてもいいのかなって。それがあたしの運命なら仕方ないんだけど」

「リリエル様は総帥閣下みたいに時代を背負ってないでやんす。そう重く考えないで楽しみやしょうや」


 二人のところへパイロットの男女が駆け寄ってくる。お守りのプライガー・ワント二十五歳とヴィエンタ・ゾイグ二十四歳である。


「出港、楽しみっすね、お嬢」

「ブラッドバウの名前を知らしめてやりましょう、お嬢」


 心強い仲間に囲まれ、リリエルは翌日の出港をわくわくしながら待った。


   ◇      ◇      ◇


 ゴート宙区を発って半年。ときにレイクロラナンを登録している民間軍事機構の名義で船団警護などもこなしたりした。


(人間の営みなんてそう代わり映えしないものなのかも)

 それが大事なのかもしれない。たまに出会う獣人種ゾアントピテクスくらいしか驚きはなかった。


 しかし、その出会いは惑星ウェンデレロで起こる。リリエルが大通りを一人で散策していると、ビルを見上げる同年代の子供に目を引かれる。


 振り返ったその少年は紫と緑の不思議な瞳の持ち主だった。

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