リキャップス(3)

 リフトトレーラーにフェニストラを寝かせて外に出ると空気を心地よく感じる。コクピット内のほうがよほど調整されているはず。閉塞感やプレッシャーの影響だろう。


「ステヴィア」

「ありがとうございます」

 アイオラが差しだしたタンブラーを受けとる。


 都市間道ハイウェイから外れて草原を走っているのも目に優しい。ロケ地として整備された景色だけに精神的に計算されているといえよう。


「あ、ポルネさん」

「跳ぶよ」


 横付けしたトレーラーから魅惑的な肢体の持ち主が舞う。フェニストラの頭の横で休憩していたステヴィアの横へと着地した。


「アイオラ、いい新人見つけてきたじゃない」

「でしょう? ちょっとびっくりさせられてます」

 タンブラーの吸口を咥えるだけで艶っぽさがある。


 ポルネ・ダシット。エイドラでもトップクラスの女優である。一緒に戦っていたのが彼女だと知って仰天したのは先ほどのこと。


「あの、リキャップス、長いんですか?」

「なんだ。あたしを慕って入ってくれたのかと思ってた」

 肩をすくめる。

「あ、ごめんなさい」

「嘘うそ。色々思うところはあるでしょ。同類みたいだし」

「ほんの卵ですけど」

 見抜かれていた。

「動かし方見てればわかる」

「ですよね」


 芝居の延長になって、動作の終わりで手足が伸びる。見た目の映え方を身体が憶えてしまっている。実戦リアルだとそうはならない。


「初期からよ。皇室の広告塔になるために女優やってんじゃないの」

 反骨心を垣間見せる。

「そんなん耐えられない」

「ポルネさんだったら他の惑星くにでも通用するんじゃないですか?」

「なんでだろね」

 思ったよりサバサバとした印象。

「結局エイドラが好きなんだと思う。みんながエンタメに真正直に生きてるここが」

「わかります。自分の可能性を感じさせてくれる空気が好きです」

「それだけに他のことがおざなりなのがマズかったみたいだけど」


 皆が政治に無関心すぎた。ポルネのような立場では発言力が大きすぎて二の足を踏むようなところもあっただろう。人気商売で変に偏ると敵を作ってしまう。


「反省して反動でこんなんなっちゃった」

 ファンを魅了する笑顔に彼女も魅せられる。

「一緒に取り戻してくれる、みんなのエイドラを」

「よろこんで」

「反省だけじゃ駄目だから成長もしないとね」


 彼らは民主奪還同盟リキャップスなのだ。民主政治を取り戻し自由を手にし、そして伴う責任にも真摯に向き合おうとしている。


「独裁政治っていう毒の入った注射器にキャップをするのがあたしたち」

「そういうこともあるって知りながら留めないといけないんですよね」


 今では故事となった注射器という例え。痛みを伴う行為だからこそしっくりくるのは否めない。


(あなたは毒なのでしょうか、キンゼイ様。わたしはあなたのキャップになりたい)

 思いを馳せる。


「おーい、美しい花が集まってなんの相談だい?」

 スピードを緩めたトレーラーが寄せてくる。

「女子トークに入ってくるんじゃないの」

「女子……?」

「ああん? なんか文句ある?」

 男の背筋が伸びる。

「すんませんでした!」

「テセロットさんですよね、あれ?」


 いとも簡単に運転台ドライブキャビンに飛び乗ってくるとスルスルと荷台カーゴスペースまで伝ってきた。そんな行動もどこか見慣れている。

 彼はテセロット・ナイアスティン。有名アクションスターだった男。もちろん刑事ものやミリタリーもので機動兵器を操るシーンも多く、自身でやっているのも有名な話。パイロットをしていても不自然さはない。


「ばーか。いくらあんたでも簡単には戻れないでしょ、セロ? 敵襲あったらどうすんのよ」

 ポルネが胸に指を突きつける。

「大丈夫だって。もうちょっとしたら合流点だ。警察も追ってこない」

「緊張感ないんだから」

「メリハリが大事だろ。僕の憩いを否定しないでくれ。えーっと、君は?」

「ステヴィア・ルニールです。よろしくお願いします」


 やり取りも自然である。二人の共演作も少なくはない。たしかポルネが二十八歳でテセロットが三十。年も近くて話しやすいのだろう。


「合流点?」

 ステヴィアは初めて聞く話。

「この先でリーダーの本隊と合流するのさ。ほんとはピヒモイをコリント基地攻略拠点にする気だったんだけど発覚しちゃったんじゃね」

「頭数が減ってる。どうも自分の命と引き換えに情報を売った奴がいるね」

「ジリ貧だったからさ」

 テセロットが苦笑いしている。

「厳しかったんですか?」

「皇室があの新型を出してからはどうもね。それとギュスター卿が前線にまで顔を見せるようになってから負け続きでさ」

「そうですか」


 新メンバーの補充は急務だったらしい。そこへ加わった彼女が歓迎されるのも理解できる。すぐにパイロットに採用されたのも。


「超有望な新人が入ったのよ。これから巻き返し」

 ポルネに腰を抱かれる。

「そんな」

「へえ、君が?」

「アイオラ、この娘の手柄は?」

 キャビンに訊いている。

「大破六、撃破一です」

「七機も? 見ない顔だけど」

「初陣でしたからね」

「はぁ? 初めて乗ってそれ?」


 普通ではないらしい。あの光に頼った部分も大きいので追求されると困るのだが。


「これはたしかに期待の星だな」

「せいぜい蹴落とされないようにね」

「この業界、転げ落ちるのは早いところがつらい」

 冗談まじりに言っている。

「あの、リーダーって?」

「もう見えてくる。紹介するから待ってて」

「大物だぜ。顔つなげとけば将来の役にも立つ」


 テセロットの親指が示す地平線に影。それは航宙船の形をしている。


「輸送船?」

 ずんぐりとしたフォルムからそう思う。

「そ、『ルガリアス』。あれを拠点を兼ねた整備施設にしてる」

「大きいですね」

「600m級だからね。艦艇までは手が出なかったけど、航宙船なら金でなんとかなるじゃない。おかげで狙われるからそれなりに戦力置いとかないといけないのが玉に瑕」


 戦闘艦艇と違ってまともな武装はされていない。防御フィールドのグレードの高いものを選んだらしいがそれまで。戦闘には投入できない代物だと説明された。


「やっぱり都市に潜伏するのって難しいですもんね。ちょっと調べたら、わたしみたいな素人の耳にも入ってきましたし」

 だから簡単に接触できた。

「これほどの情報社会だと、本人がそうと意識してなくとも諜報員スパイになっちゃうからさ」

「なんの気なしに発信してるし、それを分析する者まで揃ってる。データの収集能力と高度な解析システムがあれば手に取るようにわかるだろうね。実際に星間管理局はやってるみたい」

「大変ですね」

 まだ他人事のように感じてしまう。


 目の前にした巨大な輸送船は地面ギリギリに相対静止してスロープを降ろしている。トレーラーは次々とそこへ飲まれていった。


「リーダー!」

 髭の壮年が振り返る。

「ポルネか。ご苦労だった」

「ごめーん。弾きだされちゃったわ」

「やはりマークが厳しいか」


(うそ。こんなところで会えるとは思わなかった。別の機会に会いたかった)

 彼女も知っている人物。


「フェンダ・トラガン。ステヴィアももちろん知ってるでしょ?」

 業界近くにいて知らないわけもない。

「お会いできて光栄です、トラガン監督。ステヴィア・ルニールです」

「ほう? 新人かね」

「ピヒモイに拠点は作れなかったけど拾い物はしてきたわ」

 厚くてごつい手の持ち主は知らぬ者などいない大物監督。

「たしかに魅力的な女優に見えるが」

「それだけじゃないわよ? フェニストラをファンキーに踊らせてくれるから」

「ふむ、それはありがたい」


 値踏みするような視線に恥じ入る。突然に大物業界人ばかりに囲まれてどう振る舞えばいいかわからなくなる。


「コリント基地攻略拠点が作れなかったのは痛いな。仕切り直しか」

「はい、切り替える切り替える!」

 ポルネが手を叩いて促す。


 ステヴィアはまるで映画の撮影現場にいるかのように錯覚していた。

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