リキャップス(4)

 輸送船ルガリアス内部には二十六機のアームドスキン。うち二十機がフェニストラでそれ以外は市販機であった。

 合流したポルネたち二十と合わせると四十六機になる。ステヴィアから見ればすごい戦力に思えるが、どうにか軍事行動と呼べるに足る程度の数なのだそうだ。


「こうなるとルガリアスを囮にしてコリント基地に奇襲をかけるのは難しくなったな」

「でも真正面から攻め落とすのは難しくないっすか? 相手は軍です」

 トラガン監督の言にテセロットは難色を示す。


 場所は広く高い格納区画カーゴスペースの端。民間用輸送船舶に広い艦橋や会議室などという上等なものは無いから仕方ないのだという。


首都イドラスに行きたいんですよね? 避けたら駄目なんですか?」

 危ないなら迂回すればいいと思う。

「無視してイドラスを攻めたら背中から撃たれるんだよ」

「あ、そうですね。邪魔してすみません、ポルネさん」

「いいのよ。素人目線の疑問も参考になる場合があるから積極的に参加して」

 ほとんどのパイロットが集まっての作戦会議である。

「じゃあ、反対側にまわると?」

「南東にはジャンダ基地がある。どっちかを落とさないといけない」

「宙港も備えるジャンダよりコリントのほうが攻めやすいって話」


 両基地が首都防衛の要となっていて、ジャンダのほうに大規模軍用宙港があるのでコリントを攻める作戦。コリント基地により近い衛星都市ピヒモイから発進すれば奇襲にもなるはずだったのだ。


「わたしったら邪魔ばっかりですね」

 ため息が出る。

「いいって」

「そうそう、説明しながら頭の整理をつけてるからさ」

「うーん……」

 参加するならなんとか役に立ちたい。

「あ! 前に映画に出てきたプロの兵隊さんたち……、なんて名前だったっけ。戦力が足りないなら来てもらえれば」

「ああ、傭兵協会ソルジャーズユニオン? そういう手もあったね。資金的には問題ないだろう、リーダー?」

「そいつが無理なんだ」


 フェンダ・トラガンが首を振る。事前に検討されていたらしい。


「船舶警護や要人警護なら民間でも請けてくれる。ところが従軍となると、ほとんど国家や軍レベルでないと請けてくれない」

 依頼をしてみたという。

「なんだい、ケチだね」

「安定の問題だとさ。オプション料や違約金、なんだかんだと累積していくうちに民間は財政破綻して未払いになるケースが多いらしい。だから一貫して拒否される」

「命かけて未払いとかじゃ請け手もいなくなるわよね」


 正規の協会以外となるとゴロツキに毛の生えた程度の人間しか集まらないという。ましてや彼らのような集団だと性的トラブルが予想できてとても頼めない。


「民間の軍事会社じゃ一国の政府相手に仕事できるようなとこはないだろう」

 テセロットもプロの人員補充の当てを思いつけない。

「今の人員、今の機材でどうにかするしかないのよね」

「機材のほうは儂がどうにかするわい。頭数は頑張って揃えんしゃい」

「あら、聞かれちゃった」


 禿頭の人物がゆったりと歩いてきている。口調は年季を感じさせるが老人と言うほどの年齢ではなさそうだ。


「どなたです?」

 こっそりとテセロットに尋ねる。

「あまり顔出ししないから知らないか。あの方が例のハイダナ・グワーシーさ」

「え、プロデューサーの?」

「そう。超大物の登場だ」


 民主奪還同盟リキャップスを立ち上げた人物。多様なコネクションを用い、他国まで動かして資金と機材を出させたのが彼のはず。


「なんのための名声じゃい? 困ったときこそ人心を集められるのがスターの器量ってもんじゃ。お前らの本領を見せてみい」

 よく通る声が心までも打ってくるようだ。

「この嬢ちゃんみたいにの。戦っていれば目を引けるじゃろう。最後にものを言うのは求心力じゃ。皇族に逆手に取られてしまったがの」

「説得力ありすぎなの」

「なんじゃ? 儂に抱かれたくなったか?」

「身体は無理。でも命は預けてあげるから」


 ポルネがしなだれかかるとハイダナが冗談を言う。険しくなっていた空気が一気に和んだ。


「元どおり活躍したければ戦って勝ち取りんしゃい。まずは気概を見せねば話にならんからの」

 大女優のお尻を押しだす。

「このスケベ親父」

「言うとれ。嬢ちゃん、名前は?」

「ステヴィア・ルニールです」

 ちょっと引きながら答える。

「こいつが終わったら儂んとこにきんしゃい。売ってやる」

「生き残れるよう頑張ってみます。でも、自分の目標を優先させてください」

「それでかの、よい目をしちょるのは」


 温和な顔を見せてくる。淡く温かみのあるほのかに赤い光には邪念の類は感じられない。おちゃらけているのはポーズで、今の印象が本質なのだとわかる。


(こんなに大器を持つ人ばかりが集まってればなんでもできそうな気がする。そんなに甘くないのかな)


 今のステヴィアにはそんな想像しかできなかった。


   ◇      ◇      ◇


 夜陰に乗じてジリジリと接近する。当然無線封鎖が行われていた。互いの位置確認はレーザーリンクのみに頼っている。


「配置の確認、しっかりね」

 ポルネの指示に従い、低い姿勢でゆっくりと歩く。

「間違っても推進機スラスター噴かさない。光見られたら失敗だから」

「はい」

「夜明けまでに重力場レーダー圏外いっぱいまで詰めるわよ」


 未明という時間帯。そのまま夜襲でもいいような気がするが作戦は違う。早暁のなんとか視界が確保できる時間に仕掛けるらしい。いわゆる朝駆けである。


(わたしは見えるけど、他の人は見えないもんね)


 アームドスキンの夜間の計器戦闘は不可能なのだという。特に軍事基地や戦闘艦艇を相手にすれば、電波撹乱物質『ターナミスト』を放出されただけで目を潰される。そのあとは無様な同士討ちフレンドリファイアを演じるしかないそうだ。


「基地は西に残ったルガリアスを気にしてる」

 レーダーにはずっと映っている。

「イドラスを攻める動きに反応してアームドスキンを発進させたところで一気にいく。タイミング早かったら水の泡だから号令あるまで動かない。いいね?」

「おう!」

「ステヴィアはあたしについておいで」


 重力場レーダーの検知範囲は250km。そこから音速を遥かに超える速度で数分で詰める。完全に奇襲にはならないが動揺は誘えると説明された作戦。


(意表を突くには十分なのかな? 基地内にどれくらいのアームドスキンが配備されてるかわからないのは不安だけど)

 そういうものなのだとしか思わない。


 西の夜空が徐々に藍色に染まっていく。周囲に色が戻ってくると、暗視カメラに映っていた無機質な草木が命を取り戻したかのごとく見えはじめた。


「出ました、ポルネ」

 トレーラーのアイオラが偵察衛星からの電波を拾っている。

「コリント基地から西に発進する部隊。数は三十とちょっと」

「よし行くよ! こっちも発進!」

「急げ急げ。占拠すればイドラス攻めの拠点にもってこいだぞ」


 一斉に地を蹴ったアームドスキンが飛び立つ。加速するほどに視界が狭くなっていくように感じた。正面以外は色が流れて見える。球面モニターも平面でしか映像を映していないのでそうなる。


(あんまり見てると感覚が変になりそう。正面に集中すべき?)

 意識をそう持っていく。

(あ、意識するとこんなに見えちゃうんだ。あの光が集まっているところが基地? なんかおかしい)


「……!」

 息を呑む。

「動揺とか興奮とかそういうのが全然ない! ポルネさん、変です! 気をつけて!」

「どうして?」

「もうレーダーとかで見えてるはずなのに……」

 どう説明したものか困る。

『ターナミストを検出しました』

「電波のリンクが切れた。なんで?」

 すでに電波撹乱が行われている。


 ステヴィアたちのアームドスキンは戦闘態勢に入っている基地へと突っ込んでいった。

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