リキャップス(2)

 ステヴィアのフェニストラはピヒモイの倉庫街を走る。後続はヘーゲル社製Gリフターシリーズのリフトトレーラーなので、リニア車のように速度やルートを気にする必要はない。


「北に抜けて。そこで本隊が退路確保をしてるから」

 アイオラのインカムからσシグマ・ルーンにナビがくる。

「はい、急ぎます」

「最悪見捨てて上空に逃げて」

「そんなことしません!」


 彼らにしてみればパイロットやアームドスキンのほうが貴重なのだろうが、ステヴィアにそんな考えは持てない。仲間、ましてや身上を問わず快く受け入れてくれた人々を見捨てるなど論外。


(みんなが本気だから敵味方識別までできない)

 生体の光に感情による変化らしきものが乗るが、それは両者ともに同じこと。


 確認できるのは動きだけ。移動速度からアームドスキンが集まっている場所に当たりをつけて移動する。


「来たぁっ!」

 ドライブオペレーター席のコーディーも前方の警察機を発見。

「どけます!」

「こんな位置?」

「後ろも!」

 光の高さで気づいていた。

「迂回してた別働隊?」

「ヤバい! 捕まったぁ!?」

「そのまま」


 楕円形の光盾リフレクタを掲げてビームバルカンの干渉波紋で視界をいっぱいにしながら突進。リフレクタの力場同士をぶつけて揉みあう。隙間から銃口をねじ込んで短くトリガー。「パパパ」と鳴った銃口からの小口径ビームが警察機に穴を空ける。


「ごめんなさい!」

 どこに当てるかなんて選ぶ余裕はない。

「うわ、撃たれる!」

「足場にします!」

「ぬえぇ!」


 飛び離れた彼女はトレーラー荷台でステップ。バク宙をして後ろから迫っていた警察機の頭部を上から蹴り潰した。


「なんと!」

 コーディーが悲鳴あげ、リフトトレーラーは腹を擦りながらも進む。

「この高さなら」

「気をつけて。爆発させたら」

「いく!」


 右手の力場刃ブレードを振り向きざま横薙ぎにする。そこは光の位置からやや下の高さ。大爆発を引き起こしてしまう対消滅炉エンジンへの損害はないはずだった。


「どう?」

 上半分が滑り落ちるが、焼けた断面が小さく火花を散らすのみ。

「やれた。行きましょう」

「ステヴィア、あなた」

「話はあとで。ぐずぐずしてられません」


 それなりに動ける自身はあった。仕事を選ばず売れるためならなんでもできなくてはいけない。もちろんアクションシーンにも対応できるよう普段から練習はしていたのだ。


(ファンタジー用の剣捌きとかガンアクションなんかも)

 キンゼイに送る動画にバラエティを持たせるためにも、色んなアクションを訓練していたのである。


「この先。見えた」

 アイオラからも空中戦を演じている仲間の姿が確認できたようだ。

「誰かの言うこと聞いたほうがいいですか?」

「そんな状態じゃなさそう。見分けられる範囲で排除を」

「わかりました」


 倉庫街を抜けて下から攻撃しようとしているアームドスキンが見える。通路を縫って横合いから近づいた。


「ここ!」

「なにを!」


 鉢合わせのタイミングで機体をぶつける。倉庫にめり込んだ警察機のコクピットの下をブレードを突いてねじった。そこに弱点があると聞いている。


「動かなくなった」

「このやろう!」

 後続も路面を滑るように飛んでくる。

「当たってらんない」

「逃がすか」

「低く」


 フェニストラの足を路面で滑らせる。足を開きながら上半身を畳んでバルカンの斉射を躱す。前に流した足先でつまづかせ、つんのめった相手を右腕で跳ね上げた。向けただけのバルカンショットを何発か浴びせる。


「よくも」

「お互い様ですって」


 ステップを踏んでバルカンを避けながら間合いに入る。手首ごと斬り落とし、返す一撃で上体を斜めに裂いた。


(あとはいない。上は?)

 突破口を開こうとしているらしい。


 同じくバルカンを撒きながら僚機に横付けする。まだ皆を紹介してもらったわけではないので誰かわからない。


「援護します」

「あんた、よくやる。見てたよ」

「あ、はい」


 女性の声に戸惑う。どこかで聞いたような気がするが思い出している余裕はない。


「北に抜けたい。一緒に」

「トレーラーが」

「安全になったらついてくるよ」


(透き通るような青い光。なんだか真っ直ぐな感じがする)

 感じられる光の色だけは憶える。


 見える範囲でまだ三十機以上の警察機がいる。対するリキャップスのアームドスキンは二十ほどか。脱出するしかないらしい。


「押し返して大通りを確保。そこを通す」

 指さして教えられる。

「わかりました。どうしたら?」

「後衛に付けるのは惜しい。好きにやって」

「はい。お互いの位置を気にしとけばいいですね」


 援護といっても射撃に自信があるわけではないので助かる。これまでどおり動いていいのなら方法はあるとステヴィアは思った。


「ほら、いけ」

「はい!」


 大通りへとフェニストラを向ける。街区への被害を嫌ってか警察機は中途半端な高さを避けている様子。逆に低く飛べば撃たれにくいと思った。


「だいたい揃った。詰めるよ、セロ」

「了解だ。もうひと踏ん張り」


 独立回線の打ち合わせの声を背に大通りをまたぐ。ちょうどコーディーのリフトトレーラーも出てきたところ。


「ステヴィア?」

「はいです。そのまま全力で走り抜けてください。後ろは任せて」

「ごめん。よろしく」


 アイオラの声に安心して背向飛行をする。近づかせないようにビームバルカンを適当に撒きながら。


(えーっと。そうだ、ヒートゲージ)

 ばら撒くにも限界があるのだったと思い出す。

(まだ大丈夫。って出なくなっちゃった! なんで?)


 トリガーをカチカチと押しても反応がなくなる。青ざめた彼女は慌ててバルカンランチャーを振る。


「なんでよー!」

弾液リキッドパックの換装を行ってください』

「ああ、弾液リキッド弾液リキッド

「なに、アイオラさん? 弾液リキッド? これ?」


 割り当てられているセレクタースイッチを引くとフェニストラは自動で換装動作をしてくれる。ヒップガードから飛び出たカートリッジをランチャーの横にセットすると弾数ゲージがいっぱいになる。


「気をつけて。残しめで換装してもいいから」

「びっくりしました」


 生き返ったバルカンランチャーで突進してきた警察機を押し戻す。そうしているうちにだんだん激戦区画へと入ってきた。


(見るもの多すぎ)

 動かすのは感覚的にできるのに、戦闘に関わる部分は自身で確認しなければならない構造になっている。

(そういうもの? まあ、機械に人殺しさせるような仕組みにはなってないか)


 最終的には人の判断が噛むようだ。ある種のインターロックか。そうでなくては人が乗っている意味がないというのも頷ける。


「戦うと決めるなら戦うのも人ということ」

 覚悟を求められているような機械に思える。

「理由がなんであれ戦うって決めたなら真面目にやる」


 先頭集団はピヒモイを抜け出しつつある。切羽詰まった警察は接近戦を挑んできた。最後尾近い彼女のところに殺到してくる。


(二つ!)


 重なって見えるが接近してくるのは二機。一機目と切り結ぶ。その脇にバルカンを差し込んでトリガー。飛びだすタイミングを測っていた後ろの機体に穴をうがつ。

 脇を締められランチャーが抜けない。潔くあきらめて左手にもブレードを握らせて一閃。コクピット下で分断したところへ背後から攻撃される。


「これで墜ちろよ」

「いやよ」


 オーバーヘッドキックを見舞う。逸れた切っ先と交差して足が胸に衝撃。浮き上がったところを旋回しつつ斬り裂いた。


「あっ!」


 場所がちょっと低い。断面からプラズマが噴き出して爆炎へと変わっていく。


「ごめんなさい」

 彼女も必死なのだ。

「仕方ないって。もういいから来なさい」

「は、はい」


 ピヒモイを抜け出してトレーラー群の上空へ。追撃はなさそうだ。


「いいね、あんた」

「ええっ!」


 突き出されたシートに座り風に髪をなぶられる女性はステヴィアも知っている人だった。

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