皇国胎動(2)
キュクレイス・フェリオーラムは礼装軍服風の衣装のマントをむしり取って放り投げた。仰々しいのは好みではない。
「殿下、人の目のあるところではご自重を」
お付きとは別に控えていた男が諫言する。
「邪魔なだけ。こんな格好で戦えるか」
「そうおっしゃられては私の存在意味が問われましょう」
「誰にも言わせん。我が前に立ち、剣を取るのがそなたの意味」
その男、キンゼイ・ギュスターが薄く笑う。
彼も同じく礼装軍服だがぎこちなさは僅かなりともない。普段着のように自然に見えるし様になっている。まるで合わせてデザインされたかのように。
「信頼にお応えできますよう粉骨砕身お仕えする所存にございます」
「今さら。そなた抜きではなにも語れん」
綺麗な男だと思う。無骨な軍人肌とは一線を画す。
(最初こそその異質さが目を引いたが)
今ではかけがえのない腹心。
少し長くした黒髪は首元で切りそろえられ、一分の隙もなく整えられている。前髪が少々左目にかかっており、横顔からは表情を読み取りづらい面があった。
いささか細面で男らしさには乏しいかもしれない。幾分太めの眉が芯の強さを表している気がする。切れ長の瞳は冷たい印象を抱かせ、その奥の茶色い瞳には理知の輝きが宿っている。
常に微笑みを履いている口元から真意を読み取るのは難しい。敬意を欠かない言葉遣いも意思は感じさせてくれない。
ただし、口には出してくるので信じようと思っている。彼は真に憂国の徒なのだ。政治は腐敗の極みを目指し、市民は堕落を貪り止めようともしない。その現状を変えたいと言う。
曰く、エイドラ国民は主権を持つに値しない民族性を持っている。彼らは強い指導者を必要とし、それを望んでいると。
代表たる政治家は集権と蓄財と欲得のみに執心している。そこに正しき指導者像はなく、興味を持たれるはずもない。
ならば誰かが立たねばならないのだ、と。植民初期に強い指導力を示し、勲章的な意味合いで作られた皇族の血統。今こそ真価を発揮すべきと唱える。
国民の意を得た形で皇室を復権させ主権を献上させる。そのうえで真の支配者が誰なのかを知らしめればよいのだと語った。
今は計画の途上。順調に進めるギュスターは怜悧を絵に描いたような男だった。
「あれで良かったのか?」
「当面は」
後ろにつづく者たちに聞こえないよう声をひそめる。
「市民におもねるのは不快でありましょうが、まずは歓心を買うことをお心がけください。民心が殿下のものとなった暁には、あれらはただの人形に成り果てます。
「我慢せよというのだな」
「皇国を確固たるものになさりたければ」
つくづく怖ろしいと思う。興味本位で話しかけたときには欠片なりとも野心を感じさせなかった。眉目秀麗な容姿を用いて誰かに取り入り出世してきたのではないかとも。
しかし、実を知れば納得もする。統率力に優れ、冷静かつ明晰な判断を下す。常に視野が広く、まるで予言がごとく先を見通す。それでいてアームドスキンに乗せれば比類なき力を見せた。
(これほどの男がいればお飾りの象徴でこの生を終えなくてすむ)
キュクレイスは心のままに彼を欲した。
結果は実りつつある。皇国への転換は成り、人々は歓呼を持って迎えた。皇族の時代がやってきたのだ。
(キンゼイが望むならば、この身くらいは褒美にくれてやろう。その代わり頭脳は我がものに)
婚姻で彼を皇族入りさせてもいいと考えている。
(揺るぎない権力の座を与えればその理念も現実となる。高みから見据える王器を見せ、忠義を確実なものとせねば。それには皇族に伝わるあの力も一役買えるか)
彼女もなんの根拠もなく至高の座を追い求めているのではない。この惑星に眠っていた力が皇族のデータベースにのみ残されている。
始祖がなにを目して隠したかは解らない。しかし、思うのだ。国が衰退の道を転がり落ちようとしたとき、正しく用いるために与えられた神の意志であると。
キュクレイスは満足感に包まれながら男を従えて歩いた。
◇ ◇ ◇
(キンゼイ様を見つけた!)
ステヴィアの胸は歓喜に満たされている。
探し求めていた足長おじさんの所在が明らかになった。それも意外と近い。彼女の住む衛星都市ピヒモイから首都のイドラスまではハイトレインで二時間掛からない。
(そういうことだったのね)
軍人であれば個人情報の取扱は慎重になる。支援をするにも秘匿情報にしておくのは納得できた。
(それに……、すごく素敵な方だった)
思っていたよりずっと若い。公表はされていないが、多く見積もっても三十前後というところ。既婚者か否かもわからないが、もし独身ならチャンスもある。
「成人するのを待っていたよ。僕のところにおいで」
「喜んで」
そんな会話を妄想しながらハイトレインの座席で悶える。
今日のステヴィアは精一杯のオシャレをしている。エンターテインメントに携わるのを目標にしているので普段から映える外見を意識はしているが特別だ。
日焼けしないよう努力しているので白い肌は維持できている。ツヤツヤとした栗色の髪も良いコントラストとなっている。
苦労しつつも長い髪を保つ級友も多い中、彼女は肩口で切っている。その代わり襟足は遊ばせてボリュームを演出し健康的に。もみあげを左が長いアシンメトリにして巻いている。そこで他の人と差別化し印象付ける工夫をしていた。
目にかかるくらいの前髪から覗く眉を細く整え、目を大きく見せる努力も。曲線を描くまぶたの縁はまつ毛が彩る。そして自慢の深い青の瞳を際立たせていた。
頬のラインを美しく見せるためにマッサージも欠かさない。そのお陰で逆さにした玉子のような輪郭線を維持。高さに若干の不満のある鼻。他者の目を釘付けにできる瑞々しい唇を演出できるよう模索している。
幸い、目立ちすぎない程度に良いボディラインには満足していた。ひどい親だったが、それだけは感謝してもいいかもしれない。あとは太らないよう心掛けるだけで、親近感を得られる体型をキープできていた。
(あそこのはず)
携帯端末で調べておいた宮殿付属の近衛隊庁舎へ。肩から胸まで薄い素材で幾重にもドレーブを重ねた、膝丈の淡いレモンイエローのワンピースをひるがえして近づく。
「よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
門扉で訪問を報せると投影パネルに係官の顔。視線が走るとやや目尻が下がり、ステヴィアに興味を抱いたのは確認できる。
「キンゼイ・ギュスター様に面会をお願いできますか? ステヴィア・ルニールが来たとお伝えいただければわかると思います」
「待て。予定にないし顔認証に登録もないが?」
確認作業をしている。
「申し訳ございません。どういった手続きが必要かもわからず来てしまいました。でも、名前を聞けばお解りくださると思いますので」
「無理を言うな。閣下は皇族の覚えもめでたくお忙しい方だ。約束もなく会えるわけもない。あきらめろ」
「え、そんな。お取次ぎもお願いできないんでしょうか?」
しばらく押し問答もしたが面会は通らない。聞き出してみれば、キンゼイと会いたがる女性など日に何人も訪れるという。彼女もその一人だと思われたらしい。
(名前だけでも伝われば会っていただけるはずなのに)
そういう手管も多いと言われると二の句が継げない。
その日はあきらめて帰る。改めてコンタクトを取ろうとするが伝手もないでは手段がなかった。人気が高止まりしている現在の宮殿はかなり入出管理が厳格に行われているとわかった。
(こんなに難しいとは思わなかった)
ステヴィアは思いがけない事態に困惑していた。
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