皇室胎動(3)
「会いたいです。わたしから会いに行きます。どうか機会をください」
ステヴィアには唯一のコンタクト手段、独り芝居動画がある。それに評価をもらったりメッセージのやりとりがあるわけではない。なので、いつもどおりの演技を見せたあと付け添えるのが限界。
(どうかお返事をいただけますように)
願いながら送る。
送付先はわかっていてもメッセージラインを探す技術がない。そっち方面に明るい知人を頼ってもみたが、容易にたどれるものでもないそうだ。模索しているうちに三ヶ月が経過している。
「新しく公布された興行税およびコンテンツリリースに纏わる税は国内環境整備の原資とするものである。協力を頼む」
キュクレイスが宮殿広報サイトを通じて告げる。
彼女曰く、惑星エイドラ全体を一大テーマパークのようにする構想があるらしい。そのための施策だと説明した。
「区画整備、伝統ある街並の保存など、国民の協力なくして実現は困難。今後も多大な負担があるかもしれないが頼みたい。我らが夢の国家のために」
皇女は未来を示唆しつつも強い態度を崩さない。対して、興行などのコンテンツ産業に携わる人間というものは自由を愛する気風を持っている。縛りを設けられるのを嫌う傾向があった。
「エイドラ皇国の振興を願うのであれば再考をお願いしたい。重い税負担は価格を押し上げ、産業の萎縮を招く可能性があるものとお知り願いたい」
すぐに反論をあげたが、妨げたのはキンゼイだった。
「これは決定事項である。従え」
「そんな勝手な。なんの相談もなく」
「不要。要望など聞いていない。国家戦略にともなう告知に過ぎない」
にべもなく切って捨てる。
「我らのことですぞ?」
「勘違いをするな。すでに国民は主権を放棄している。逆らうというのなら法的な措置が行われるものと思え」
「あ……」
このときステヴィアをはじめとした一部の市民は理解した。とんでもない間違いを犯したことを。
時すでに遅し。立法、行政、司法の権限はすべて皇室が掌握している。挽回する術さえ失われていた。
(もう手遅れ。なにもかも献上してしまった。もしかしたら……)
それでも危機感を抱いたのは一部だけ。多数の市民は欲を掻いた事業者が無理な要求を通そうとしたからであると。皇女ならばエイドラを善く導いてくれるもの信じ、信奉し、歓呼の声をあげたのである。
そんな中、キクーナ通り事件が起こる。
キュクレイスを乗せた絢爛な皇族専用車が宮殿から視察への道を進む。周囲を近衛の軍用車が取り囲んで護衛しつつ。
そこへ一人の若者が駆け込んでいく。掲げ持つ携帯端末から投影される拡大パネルには『興行税を廃止せよ。皇室は産業を守れ』と書かれている。
「止まれ」
制止を受ける。
「殿下、これが市民の声です! お聞き届けを!」
「二度は言わん」
若者はまろび転げてうつ伏せに倒れると動かなくなった。その先には軍用車のドアから身を乗り出しているだけのキンゼイの姿。彼はハンドレーザーを静かに下ろした。
(ああ……)
ニュース映像を見たステヴィアは胸を痛める。
(やっぱり市民は生殺与奪の権利まで皇室に捧げてしまったんだわ)
誰もが現実を直視せざるを得なくなった。国民は恐怖する。自分たちはなにをしてしまったのかと。
当然、この事件は人権問題として星間管理局へも提起される。皇室に諮問は行われたものの、正当防衛も成立する状況での対応という意味も含み不問。国民の権利に関しては自身が選んだものであり、内政は管轄外であるとされる。
(星間管理局は過度の干渉はしない。だって正義の味方ではないもの)
それもエイドラ市民が誤解していた点だった。
伝統、文化等も尊重する。彼らは星間交渉の統制機構であり、エイドラの統治機構ではないのだ。無辜の市民の大量虐殺などが行われれば対処してくれるが、対象者に多少でも過失があるとなれば一方的な裁定はしない。
「怖い。私たちどうなるの? 不満を訴えただけで逮捕されて殺されちゃうの?」
友人は唇を震わせてる。
「そこまでしないと思うわ。ただ、ちょっとでもアクションを起こせば保証できないかも」
「そんな! こんなとこ怖くていられない。別の国に逃げないと」
「でも、あたしたちってなんの技術もないのよ。女優の卵なんてどこの国にもごまんといる。そこに飛び込んでどうやって生活するの? 選択肢なんて……」
別の友人はもっと現実的で、口にしたくない末路を匂わせる。
「わたしは離れない。キンゼイ様に会わないと」
「ええっ! だってあんな怖い人に?」
「考え直したら?」
(ほんとはあんな方ではないはずなの。一番苦しかったときに救ってくれたんだもの。なにか理由があるはず。お聞きしたい)
そして思い直してもらいたかった。
そのためには会わないといけない。しかし、道はどんどん閉ざされていくように感じている。皇室と国民の分断は深刻化の一途を辿っていた。
「普通じゃない方法でもかまわないから、なにか考えないと」
独りごちる。
国内情勢も大きく揺れ動くときが来ていた。真っ当な手段では皇室の独断を改められないと知った市民はデモ活動を始める。
しかし、皇室の一存で制圧された。抵抗し逮捕され、その後の行方がわからなくなる市民も増えていく。そうなれば、物申す側も武装の必要性が問われる。
並行して他国からの働きかけも活発化してくる。エイドラのコンテンツユーザーである貿易国も、相手が皇室となると交渉が難しくなった。
コストアップを理由に値上げが始まるが、民間へ投資などでは結果が伴わなくなっている。すべて皇室が決めてしまうからだ。
それでも質も高く人気のあるエイドラコンテンツは求められる。ならば働きかける相手を変える必要があった。皇室の方針を改める、あるいは皇室を倒す運動にと。
この場合の投資は金銭ではなくなる。もっと直截的なもの。武器の供与が最も効果を期待できるとされる。
(エイドラはどうなってしまうのかしら)
ステヴィアの目にも、ほぼ内乱状態であるとわかる。
多数の国の援助を受けて活動する民主奪還同盟『リキャップス』は、工学部門のメンバーの協力で独自開発アームドスキン『フェニストラ』を投入。武力抗争へと突入する。
対するエイドラ宮殿も輸入に頼っていた兵器を一変させ独自機を打ちだす。特異な構造を持つ隊長機格『ロルドファーガ』と一般機の『ロルドモネー』である。当初は善戦していたリキャップスも活動が難しくなったと伝えられていた。
「これ、使えるかも」
反皇室活動を裏で支援する情報組織の動画を見て気づく。
「キンゼイ様に近づける。話ができるなら」
「いい目をしているな」
「え、そうですか?」
追い込まれたリキャップスは来る者拒まずの姿勢。参入を求めたステヴィアも歓迎され、テストを受けさせてもらう。その結果が先の会話。
「アームドスキンに乗ってみるか。適性があればありがたいんだが」
「わ、わたしがあんな大きなものに?」
思いがけない事態が到来する。容姿を活かして目立つ場所で広報に携わっていれば機会があると思っていたのにそれどころではなくなった。あれよあれよという間に
(どうして? あ……)
そのとき身体を覆っていた膜が一枚、崩れるように脱げた感触があった。
(これって……。この機械はわたしをどこへ?)
ステヴィアは運命に巻き込まれた感覚を味わっていた。
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