エイドラ政変
皇国胎動(1)
「セクメタッド事件はなぜ起こった? それは地院議員の暴走である。しかるに監視すべき天院議員はなにをしていた? 隠蔽だ。自らの類似案件の発覚を怖れてのこと。この現実をなんとする。我が愛する民草は腐りきった民主政治を良しとするか?」
軍服をアレンジした衣装に身を包むのは、エイドラの象徴的存在であるフェリオーラム皇室の第一皇女キュクレイス。女性ながら精悍とも思える出で立ちは元から国民の人気は高かったが、特に今は輝いて見えるだろう。
「情けない限りである。皆の代表には強く自省を促したい。貴様らにエイドラの未来を託して良いのかという疑問とともに」
(皇女様は女優だわ)
ステヴィア・ルニールは心からそう思う。
彼女自身が女優の卵であるからこそその巧みさに感嘆する。豪奢な容姿と男装、エレガントな身振り手振りは人々の心に深く刻まれることだろう。
「素敵」
「ああ、皇女様に口説かれたい」
「わたし、すぐ落ちちゃう」
事実、ステヴィアの友人たちですら心酔している。多分に誇張した表現だと理解できても、そこに形作られる世界観に酔ってしまえるのだ。それが演技というものだと示している。
(皇女様の指摘は本当。でも、どうすればいいかは誰が知ってるのかしら?)
胸には一欠片の懸念。
セクメタッド事件とは、地院議員レスター・セクメタッドを巡る騒動。女性の職能が評価されるのは当然のこと、その美しさも芸術的才能として評価されるべきだと謳い注目されていた。
ところがそのセクメタッド議員が応援企業の女性に性的接待を強要し、あまつさえ訴え出ようとした幾人かが行方不明になっているという。その事実を暴露し、糾弾しているのがキュクレイス皇女なのだ。
(表面化したのはいいけれど、たぶん氷山の一角)
誰もがそう思っている。
(でも、今のエイドラ市民に改革する力なんてない)
惑星エイドラはエンターテインメントの国。各種コンテンツのパッケージデータが主な輸出物。さらに体感コンテンツとして多くの大型劇場が有る。
テーマパークも充実し、そこのロボットキャストも人気俳優の演技がインストールされていることで人気を博している。エイドラは観光立国で成功した。
しかし、悪影響も少なからず。市民は政治への感心を失って久しい。人々の興味はすべてと言っていいほどきらびやかな世界へと奪われている。
(わたしだってエイドラ市民の典型みたいなものだから)
大きな声で批判できない。
抑制する制度設計もされていた。投票率が一定以下だと選挙そのものが無効になる法制度もある。投票を促すために購買ポイント付与も法整備された。
すると投票権は通貨と同等になる。有権者は組織票に準ずるか白票を投じて自らの権利を資産化し、投票率だけが正常化する。政治家は形式上の信任を受けるだけで代重ねする結果を生んだ。
(エンタメ立国だけ成り立ってれば政治家批判なんて考えない)
生活は豊かなままなのだから。
(わたしだって、ただ明るいステージの上にだけ憧れを抱いてる。お金になるから投票をするけど信任の白票を投じるわ)
ステヴィアにとってお金は人一倍貴重なもの。不遇な身の上では潤沢な資産など望むべくもない。
「ねえ、ステヴィアの足長おじさんのことわかった?」
友人の一人に尋ねられる。
「ううん、まだ。今度の休みに調べに行く」
「どんな人かな? 美形だったりして」
「どうする? 将来を見越して投資してたって言われたら。会いに行ったら求婚されたり」
「ドラマよね。でも、ずっと支援してくれるほどの資産家とか裕福な老紳士とかだよね」
夢想に花が咲く。
彼女は児童養護施設出身だった。親権不適格者の家庭に育ったのである。幼い頃虐待を受け、保護された。とても大人を信じられる状態ではなかった。
(わたしの足長おじさんが現れるまで)
不遇な児童には支援制度がある。それは施設に対するものもあれば、人材確保を目して個人に対するものもあった。ステヴィアに適用されたのは後者。
そのお陰で望んだ教育を受けられ、豊かな生活を送ることができた。女優を志していた彼女に求められた条件は一人芝居の提供。3D動画データを毎週送りつづけている。
(すごく勉強になってるし、楽しいから負担にならないのに、それだけであんな額の支援をしてくださるなんてすごくいい人)
自分で台本を考え一人何役もの芝居をする。様々なシチュエーションを試み、老若男女かまわず演じるのは楽しかった。そこに多少のエッセンスも含ませている。男性だとしか教えられていない支援者に対する感謝と、名も顔も知らぬ彼への恋心。
(届いてるかな、私の想い。ようやくあなたに会いに行けます)
十八歳になって成人した彼女には情報の閲覧権が生じている。夢に見た足長おじさんに必ず面会を申し出ると決めていた。
古い寓話からなぞらえられた足長おじさん。支援者を示すそれはステヴィアの心の支えだ。そんな人の存在を知ったからこそ女優への夢を抱きつづけ、より多くの人に新たな夢を与えられるようになりたいと頑張ってきた。
(溢れんばかりの感謝と、そして良かったらこの想いを受け取ってほしい)
ところがそう上手くはいかなかった。情報閲覧権の上には個人情報保護権が座っていたのだ。本人が対象者への許可をしてない限りは閲覧は認められない。
担当者に連絡を取り、敵うかぎりの表現で絶望を伝える。同情を買い、どうにかぎりぎり引きだしたのは足長おじさんのファーストネームが『キンゼイ』という珍しい名前であることだけ。
(キンゼイ様、どうしてわたしを拒まれるのですか?)
探し求める想い人は霧の彼方。
方法を模索しているうちにも時は流れる。エイドラも激しい情勢の変化を迎えていた。それは一つの政府広報から。
「本決議は賛成多数により可決されました。エイドラ政府は皇室復権を認め、重要法案には皇族の承認が必要となります」
それはキュクレイスが打ちだした世直しの結果が生みだしたもの。セクメタッド事件をはじめ、多くの政治腐敗を暴露し改めさせてきた皇女の働きを市民が支持したためである。
今までにない世論の動向に政治家も譲歩を強いられた。批判されることが少なくなっていた彼らは打たれ弱くなっていたのである。流れに抗するだけの言論を放てなかった政治家は保身のために日和るしかない。
「本件の可決により、立法には皇室承認が不可欠となりました」
雪崩を打つがごとく皇室の権限が拡大されていく。そうなれば政治家は承認を受けられるような法案しか挙げられなくなっていった。それが勢いを助長するとわかっていながら。
「今日より我が国はエイドラ皇国と呼称を改めます。栄えある皇国市民はこの日を喜びとともに祝いましょう」
変革に費やした時間はわずか二年でしかない。女優としての研鑽と、キンゼイを探すのに夢中だったステヴィアにとって二年はあまりに長かったが、国政転換としては異常ともいえる短期間である。
それを可能にしたのはとんでもないキュクレイスの人気と、皇族陣営の巧みな誘導の結果。それに加えて各メディアが一斉に皇室支持へと流れた所為もある。エンターテインメント性の高いドラスティックな改革を彼らが面白おかしく報道することで加速した。
「皆の祝いの言葉を嬉しく思う。これからも期待に応え、国民を幸福に導くよう務めると誓おう」
3D映像のキュクレイスがにこやかに笑う。
「この機会に我が腹心を紹介しようか。助言者にして皇国近衛の長でもあるキンゼイ・ギュスター操機大隊長である。彼の言葉にも耳を傾けよ」
(キンゼイ様!)
ステヴィアの目に飛び込んできたのはまだ壮年と呼ぶには若い軍人の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます