ゼムナ戦記 惑乱の星

八波草三郎

プロローグ

ステヴィア激突

 彼女ステヴィア・ルニールから見えている魂の灯りは恋しい男性ひとのもの。そこに向けてアームドスキン『ルルフィーグ』のビームランチャーを向けて放つ。


「どうしてですか、キンゼイ様!」

 ただスピードを緩めるだけの牽制。

「ステヴィアか。こちらが聞きたいものだ。なぜ君がこんなところに出てくる? 私は忘恩の徒を養っていたとは思いたくないのだが」

「違います。あなたはこんなことをなさる方ではないはずです。思い直してください。それを言うためにわたしはやってきたんです」

「なにを知る? ただの戯れを誤解するのはどうしたものか。買いかぶりはやめたまえ」


 ステヴィアの狙撃は正確極まりないものなのに、キンゼイのアームドスキン『ロルドファーガ』はパルススラスターの連発音を奏でて容易に躱していく。まるで撃たせているかのように。


「戯れなどではないはず。だったらなぜわたしを選んだとおっしゃるのですか?」

 彼女のいた児童養護施設にはもっと不幸な生を、歯を食いしばって歩んでいるような子も少なからず存在した。

「どうせ金を使うのなら見目の良い相手をと考えるのは心理だろう? それがたまたま君だっただけ」

「嘘です。大人が信じられなくなって、人生を儚んでいたわたしを不憫に思ってくれたのでしょう?」

「自分が夢ばかり見ていてどうする。どちらかといえば誰かに夢を与える仕事に就きたかったのではないかね」

「あなたがそう思わせてくれたからなのに」


(一転して夢のような人生を手に入れられて、誰かにお裾分けしなくちゃって思えるようになったから)

 ステヴィアが女優を目指した動機の一つ。


 地を這うがごとく風を切って迫るロルドファーガ。左手で振りあげた力場刃ブレードが落ちてくる。ステヴィアも同じくブレードを閃かせて受けた。

 すると腰に巻き付いていた副腕が弾けるように飛びでる。先端に短めのブレードを発生させるとルルフィーグの胴を横薙ぎにしてきた。


「んくぅ!」

「躱すか」


 女性のフォルムを持つ機体の細腰が幸いしてぎりぎり避けた。ビームコートが白いガスとなって剣筋を追う。


(次は避けれない!)


 押し込んで寄せられる機体。逆側の副腕が死角から走り、ステヴィア機の右肩を薙ごうとする。

 しかし、下から跳ねあがってきた強力な斬撃が二機を分けた。噛み合う二本のブレードをこともなげに弾いて紫電を舞わせた影が真横にいる。


「ぬぅ」

「そこまでにしておきなよ。君たちは戦っちゃいけない」


 24mを超える大型といえるアームドスキン。『パルトリオン』と名付けられている専用機がその腕を振るうだけで彼女とキンゼイは分けられてしまった。


 機体そのものが大柄なのもそうだが、なにより不釣り合いに巨大なバックパックが目立つ。もしかしたらステヴィアのルルフィーグの二倍近い重量があるのではないかと思える。そんな重たいパルトリオンを操っているのが、まだ年端も行かない少年であるのを知っていても信じられなくなる。


「なぜ来た、『ジャスティウイング』」

 キンゼイがその少年の異名を呼ぶ。

「エイドラ皇国の在り方が正義に反するとでも言うか? これはただの内紛。星間管理局が干渉しないのが証左であろう」

「皇室政府の是非は問わないさ」

「ならば手出し無用」


 ロルドファーガの放つビームがジャスティウイングの機影を追う。しかし、巨体に似合わない機敏さで地を滑ると悠々と躱していく。

 それはバックパックから伸びる二対の虫の翅のような機構からくるのだろう。異名の元となっている重力波グラビティフィンと呼ばれる特殊な推進機がスムースかつ加速に優れた機動を可能としている。


「そうはいかない」

 少年は一歩も譲らない。

「目的や手段がどうでも、力の源を間違った。いただけない」

「勝手な理屈を。関係のないことだとわからんか?」

「あるんだ。だって、それはぼくの宿命だもの」


 パルトリオンのバックパックに搭載されている砲塔が回転して前方を指向する。肩上から放たれたビームをキンゼイは最小限の動きで躱し、力場盾リフレクタで防ぐ。

 接近したジャスティウイングの横薙ぎの一撃をロルドファーガは地を蹴って上に逃げる。前宙してパルトリオンの弱点だと思われる、巨大なバックパックが付いている背後を取ろうとした。しかし、機影を追って砲塔が旋回し、照準されては断念せざるを得ない。


(信じられない)

 普通なら少年にはできないはずなのだ。

(まるで見えてる・・・・みたいに)


 彼女が出会った正義の味方ジャスティウイングの正体はまだ十一歳の少年。名前をジュネ・クレギノーツという。本来ならアームドスキンに乗るどころか日常生活でさえ大変なハンデを背負っているのにまるで感じさせない。


「厄介だな。騒ぎたくもなる」

 彼女が探し求めていた男は揶揄する。

「望んでるんじゃないけどね」

「通じるものか」

「自分で名乗ったわけでもないんだから勘弁してよ」


 キンゼイの言うとおり少年は有名人。しかし、顔の売れたそれではない。ステヴィア自身、ジャスティウイングの正体が少年とは知らなかった。

 子供番組のヒーローなのだ、『ジャスティウイング』というのは。当然架空の存在。ただ、星間銀河圏のどこであろうが現れ、悪事を暴いては断罪していくその姿が子供たちのヒーローになぞらえられただけ。


(あの金翼が正義の象徴として印象深くもあるんだけど)


 彼女をはじめとした市民がイメージするのはとある官職、司法巡察官ジャッジインスペクター。管理局司法部に属する彼らは銀河を股にかけて捜査を行い、司法の下に即時審決していく。正義の味方を連想させるその官職のエンブレムが金色の翼だった。

 そして、金色の翅を持つ謎のアームドスキンが正義の味方を演じる。付いたあだ名が『ジャスティウイング』。子供番組の機体とは似ても似つかないが、自然とそう呼ばれるようになった。


正義の翼ジャスティウイングとはよく言ったもの。私を裁くか?」

コクピットそこから降りるんなら干渉しない」

「聞けん相談だな」


 ロルドファーガは小回りを活かしてパルトリオンへと斬り込んでいく。どうすればできる芸当なのかもわからない変幻自在な剣閃をジュネは容易に捌ききる。地表を滑るようにステップを刻む二機はさながらダンスを踊っているかのよう。


「ステヴィア、ぼーっとしない!」

 叱咤される。

「足止めてたら次の瞬間には死んでるわよ」

「ごめんなさい!」

「わかったら動く。皇国軍が押してきてる」


 皇国軍の量産機であるロルドモネーが左翼を迂回してきている。圧倒的な物量に対する彼女のリキャップスの部隊は応戦しつつ後退気味。慌てて牽制のビームを入れてバラけさせる。


「押し返しなさい、ラーゴ、ヴィー」

「合点承知でさぁ、お嬢」

「やってみせるんで先走らないでくださいね、お嬢」


 青鈍色とピンクの隊長機二機につづいて、陽の光を照り返す銀色のアームドスキンが数十機も横合いから飛びだしてくる。大柄の機体はパシュラン。鎧を連想させるフォルムが重力波グラビティフィンを閃かせて当たりにいくと、さすがの皇国軍も列を乱した。

 そこに朱色バーミリオンの輝きが突き刺さる。一撃で数機が吹き飛び、腰で両断された一機は直径100mにも及ぼうかという光球に変化してしまう。


「あちゃー!」

「やっちゃった」

「あたしのルシエルに敵うものなし!」


 さっきからステヴィアを叱っていたのがリリエル・バレルである。実は彼女もかなり年下の少女に過ぎない。十二歳だと聞いていた。オレンジの髪に勝ち気な瞳を持つ綺麗な少女だった。


「そんなとこで遊んでんじゃないわよ!」

「ですがね、お嬢……」

「黙れ! 『ブラッドバウ』の名に懸けて敗北なんて許されないんだから!」


 彼らの参入で戦場は完全に乱戦へと突入していく。恋しい人は遥か彼方。


(キンゼイ様……。どうしてこんな事になってしまったのかしら?)


 ステヴィアは運命の紡ぐ不条理に頭を悩ませた。

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