付き合いましょう 3話【中3 冬】

 いつでも終わらせられる遊びの関係ということもありイチゴは爆弾発言から翌日には檸檬の提案をそのまま受け入れてしまい。晴れて二人は交際歴ゼロを卒業しあい偽りの恋人同士となりました。しかしその関係性を利用して不健全な遊びで好奇心を満たそうとは二人も考えてはおらず。正直なところラブなんて感情もなければライクも親友止まりであり、イチゴとしたら少しだけ退屈な日常に刺激が欲しかっただけの遊び感覚でありました。これは檸檬も同じ気持ちであり、慕う先輩との残りわずかな中学生活をどう過ごしたものかと考えてゆく中で、先輩が高校進学をしてからの関係性に迷走する中であみ出した奇行であったといえる。つまり本音は恋愛ではなく先輩とこの先も仲睦まじく友達でいたいという一途な気持ちで、改まって幼馴染に本心のまま伝えるのは照れくさくて不器用な遠回りをしていたのでした。


 そうして二人が遊びのカップルになってからしばらくのこと。恋人らしいこともせずダイエット企画すらまだ計画中のまま。イチゴは恋人らしいような、しかし親友としても普通なことにもなる「後輩の帰宅準備」を部室にて待ち、二人一緒に帰ることにしました。二人は家も近所とあって仲良く帰宅をすることも多く、この日は月曜日ではないながらもイチゴが檸檬よりも早くに授業が終わりを迎えることが判明していたので、あらかじめ檸檬に部室にて待つ事を伝えて待っていたのでした。


(もうすぐ高校生か。高校生になったら、学生らしく熱中できるものが見つかるのかな。そもそも青春をするのがエラいのか? やるべきことをしている人生だって文句は言われない。それなら、周囲がワタシに期待していることってなんだろう・・・?)


三年生はすでに自主学習となる時期となり、次々と学生が進学を内定させていました。イチゴは推薦入学にて合格済みのために受験組を高みの見物をしながら、部活動も暇でできてしまう余裕組でありました。そんなわけで暇だと読み耽っていた詰将棋の本は三年間ですでに暗記されており、しかしその成果を披露する機会を作らないまま将棋部生活ももうじきピリオドを迎えようとしていました。そうした惰性で過ごしてきた三年間をイチゴは振り返りながら、檸檬のおかげで楽しく過ごせて親や教師から真面目にしろと言われない程度に努力はしてきた。しかしそれを青春と呼ぶにはおこがましく、だからといって自分が選んだ道を貶す意味はあるのだろうかとイチゴは思春期の悩みを抱えながら、高校生活でも「自分」が変わらなければ世界が狭いままで完結してしまうと多少は改善をすべきなのかと悩んでもいました。


(これまでは檸檬が居てくれるだけで充分だった。でも、大人になればそれは変わってしまうはず。それまでにワタシに必要なことってナニ? 足りないものはあるの?)


「せんぱ〜い、まってくださ〜い」


「いやいや、待っていたのはワタシだし。部室に来ての開口一番がそれかよ」


「将棋部らしいですよね。それに恋人ぽいですし。可愛い後輩を待つのは男性なら当たり前ですよ〜」


「男ぽいが女だよ!?」


静かだった部室は一人きりの「共に活動してくれる」部員の登場から騒がしくなってしまう。待ちわびた恋人の再会を演技でも演出してあげる暇もなく頭から檸檬は飛ばしてくれてイチゴを茶化しだしてくれた。これは二人の絆だからこそできる遊びにもなり、毒を吐き合うのも特別な友情を持つ相手にのみ行うスキンシップとなる。以前からしてきたことの延長戦でもあり、やはり別段恋人となってからでも二人の関係性は変わることはなく平常運転で楽しく過ごせていました。もしここに遊びでも好奇心が行きすぎてしまえば、途端に空気が澱んでしまい関係が崩壊してしまうやもしれない。そうならないためにも距離感は大事でもあり、そもそもそういうラブロマンスな気分にもなる相手ではないのがぽっちゃり同盟の二人の姿でもありました。


「先輩は絶対にタチですよね。そこは絶対に譲ってくれない気がします」


「たりめーよ! エロゲマスターのワタシがオンナにパンパンされてたまりますか。でも慣れた頃に健気に今日こそは私から愛してもいいですかと献身アピールをしてくれる美少女なら歓迎しています」


「先輩に押し潰されるカノジョさんが可哀想です」


「その時までには痩せるからね!?」


「痩せても同性と付き合うつもりなんですね。可哀想に・・・カノジョさんは画面からは出てきません。画面を体液で穢さないでくださいね。お掃除が大変になりますよ?」


「エロゲから抜け出せてないだと!?」


檸檬も容量を守りながら先輩を茶化すので本気でイチゴが怒ることはない。しかしやられっぱなしは癪なのでイチゴも反撃をすることもある。ただし基本的には1を10まで受けた後に12で返すのがイチゴの反撃手段でもあり、ときには9で寸止めされてしまいやられっぱなしで終わることもありました。それもこれも特別に自分を慕って側に居ようとする檸檬が、歳下の友人としてイチゴも可愛いがっているという信頼関係があるから。こうして常日頃、慕う友人の悪戯なども歳上として許容してあげる器の広さを見せてもいるのが退屈凌ぎになる。ただしそのイチゴの優しさを逆手にとって檸檬も遊んでいる口であり、まったくもって子供らしい小悪魔な性格だなとイチゴは手を焼くこともありました。


「エロゲの山を見たら誰だって先輩を恋人にするのを躊躇います。私は例外ですが」


「檸檬が以前まではピュアピュアな娘だったように、未来のパートナーにも隠しきれば・・・」


「隠せてないから私に見つかったんですよね? 処分しないと増える一方ですよ」


「やだやだ。パッケージが並んでいるのが快感なんだもん」


「だめだコイツ・・・完全に腐っているぜ」


「腐女子ではないけどな。頭は腐っているかもしれんが」


「自覚があるのならフレッシュになってください。おそらくまだギリギリ戻れ・・・ないですね」


「兄貴からも、お前はもうどうしようもないエロガキだと言われました。自覚はあります。でも、好きだから。やめられない!」


「耳が痛い。でも、私は先輩と違って体型だけを改善すれば・・・」


放課後の部室には二人の談笑する声だけではなく、もう一つ聞き慣れた音が響いていた。しかしそれは将棋の駒を指す音ではなく、檸檬の腹から聞こえてくる愉快な音でありました。ただ、それをイチゴは毎度指摘していては回数が多すぎていつしか流してくれるようにもなり、檸檬もまたイチゴに聞かせてばかりいたので恥ずかしい気持ちも薄れてゆき、あえて触れずに「下校を促すアラーム」のような役割を担っていました。


「その体型がワタシたちは悲惨で取り返さないといけないんだよなぁ・・・」


「お腹が減りました・・・」


「貴様は自覚が足りなさ過ぎる!? 危機感をやる気に変換しなさい!」


「中学生の放課後なんてお腹ぐぅぐぅが当たり前ですぅ〜」


「はいはい、さっさと帰りましょうね」


「ゴチです」


「真っ直ぐ帰るからね!?」


「むう・・・つまんなーい・・・」


「こんな意思の弱さで痩せられるのかしら・・・」


二人は学校でただ談笑しながら暇を潰して夕闇が迫るまで時間を過ごせる性格でもなく、胃袋も耐えきれずなのでそれぞれの理由から早々に話を切り上げて帰宅することにしました。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 仮初でも幼馴染から恋仲にクラスアップした二人。しかし現実は変わり映えしない光景が続いている。ただ一つ変わったことと言えばダイエットを決意したので放課後の買い食いだけは控えており、食生活が若干改善された檸檬はお通じの際の臭いが僅かに改善してくれたという、どうでもいいような情報をイチゴに伝えて「ぽっちゃりあるある」を二人はよく笑い話にして談笑してもいました。そうしてイチゴは、あと家までもう少しという時間になると初めてとなる恋人らしい提案をしてあげたのでした。


「久しぶりに手を繋いで帰ろうか」


「恋人らしさをアピールするとかゲームのし過ぎです。私は初めからフラグが立っているチョロインですが、尻軽にはなりませんよ? 18禁ルートは最難関を覚悟してください」


無垢な幼少時代ならば男女問わずに手をつなげて、小学生になり異性の違いを強く意識し始めると男同士はみっともないとめっきり減少して、女の子同士ならばイチゴや檸檬みたく仲良く手を繋いでいた親友もいたり。その頃から男女で触れ合うのに甘酸っぱい感情が芽生え出して、中学生になると女の子同士でもそれが減少して「異性愛に夢見る乙女」が増えれば、無邪気に手を繋ぎましょうとは言えなくなる青春が中学生から本格的に始まるのでした。そうした前提をもとに二人が距離を縮めるきっかけとして「手を繋ぎながらの下校時間」をするには充分な猶予期間はありました。しかしそんな清い交際手順を始めようとしたイチゴに檸檬は呆れてもしまう。


「最早ツッコまないゾ。手くらい繋いでもいいだろう。同性同士だから恥ずかしがらずにさ。うん、この感覚も懐かしい♪」


「あっ・・・もう、先輩は強引なんだから」


「覚えてる? 檸檬がクラスメイトに茶化されて泣いちゃってさ」


「あの時は引っ張ってでも先輩と一緒に居ていいのだと伝えてくれてありがとうございます。とても嬉しかったです。うぅ・・・いきなり恥ずかしい記憶を呼び覚ませないでください・・・」


檸檬も感謝を素直に伝えられない女の子ではなかった。理解がある幼馴染だからこそ省くことは増えていますが、繋がりを維持するために必要である気持ちの共有に関しては恥ずかしさを押し退けて二人は伝え合える関係でもあり。イチゴのふと記憶が蘇った発言にも檸檬はおふざけをやめて真面目に答えてくれたのが、二人がその繋がりを本当に大切にしてきた証でもありました。


「うん、あの時。檸檬が一緒に居たいだけなのに、それはダメなのかと泣きながらも強く手を握ってきてくれたのが鮮明に記憶に残っていてさ。その時に、ああ・・・この娘を守ってあげたいと強く思いました」


「・・・・・・私が提案する前から先輩は私を堕とそうとしていることに気がついていますか?」


「バレた?」


「ハァ・・・そういう先輩の冗談を交えた本音は返答に困ります」


「いやぁ、久しぶりに手を握ったら懐かしくていろいろ思い出しちゃうのよ♪」


「私も先輩にやり返したいのに黒歴史も共有してきたから諸刃の剣になってしまう・・・悔しい。先に私が提案をしていたら先輩を一方的に玩具にできたのに・・・」


「檸檬はブレないね。手を繋ぎ合うのが勝負事になるなんて知らなかったよ」


小学生時代には一時期手を繋いでいたこともありましたが、イチゴの中性的な顔立ちと檸檬の体型を茶化されたことをきっかけに檸檬が遠慮して距離をとるようになってしまったことから「友達同士の手繋ぎ帰宅」は卒業していました。しかしイチゴの方は茶化されても気にも留めておらず、むしろ檸檬に意地悪をした男児を撃退していた。その頃から檸檬にとったら、イチゴがまさに「王子様」のような存在で恋をするきっかけには充分でしたが、それ以上に大切な人を優しく温かく見守ってくれる心を敬愛する気持ちが芽生えて「イチゴちゃん」呼びから「先輩」呼びに変更するくらいに尊敬の眼差しも向けていました。


(私が先輩と呼べる間はこの関係がずっと続いてくれたらいいのに・・・それでも高校生になったら新しい出会いで疎遠になるのかな・・・こんな遊びな繋がりなんて、すぐに切ってしまえる・・・先輩は私と離れるのをすごく寂しがってくれないし・・・この友情すら片想いなのかなぁ・・・)


思えばその当時から檸檬はイチゴ一筋でありました。それはイチゴの見た目が大きく変わっても、エロゲの趣味が判明しても嫌う理由にはならずに慕い続けてきた。その先輩から恋人らしいことをしたいと提案されると、友達ではできていたはずの行為が今となっては照れくさくなり、さらに変に意識もしてしまって檸檬だけが心の中だけで格闘していたのでした。それを隠すように檸檬は口から意地悪な言葉を発してしまう。ただこれもイチゴは気にもとめずに、あろうことに許可が出る前に檸檬の手を握りしめくれた。つまりこれはイチゴが思う檸檬に「必要」な工程であったのでした。




「ところで、今のこの状況を側から見たら尊いと思えますか?」


「む!? たしかに・・・」


 美少女百合カップルであればイチゴは好物でもある。兄譲りな男性向けのゲームばかりしてきましたが、それこそ女性同士ならば感情移入がどちら側でもしやすい。しかし残念なことにイチゴでもぽっちゃりカップルで萌える嗜好は持ち合わせていなかった。つまり側から見たら「変わり者が慰め合うような」恥ずかしい関係であるのかと自分に問いかけてみると。イチゴは「最終的に自分たちがそれで幸せならそうすることを望むだけ」であると、過去の自分と同じ結論を導き出し檸檬の手をとったまま帰宅をしてしまったのでした。


(先輩の手が離れてゆかない。それどころか固く結ばれて逃げないようにしている。蒸れて嫌な感触がするのに、どうしても素直にされちゃう。先輩のこういう優しさが一番に惚れてしまった理由なんですよ?)


檸檬がどんなイチゴでも受け入れてしまったように、イチゴも行動でも気持ちを示してきてくれた。他者からどう思われようとも「キミが必要だ」そうしたストレートな要求がなによりも檸檬は嬉しくて今回も「その言葉や行動」を求めていたのでした。しかし年齢を重ねるごとに遠慮を覚えてしまったり、素直になれない気持ちが邪魔もしてくれる。それでもイチゴは長い付き合いの経験則から檸檬の寂しがり屋な性格を察してしまい、不器用ながら優しくしてくれたら檸檬も素直になれて握られた手をさらに自らも強く握り返してしまい。昔の素敵な記憶を思い出しながら身体がポカポカ暖かくなることでさらに増した熱が、悲しいかな二人分の手汗となってしまうのがぽっちゃりの定めでありました。そんな照れ臭いやりとりも汗で肌がかぶれてしまう前に手を離した所で檸檬の家に着いてしまいました。




(もう少しだけ手を繋ぎながらデートをしたかったなんて言ってあげないもん。檸檬ちゃんでも、そこまでのサービスはしてあげません♪)


 イチゴと檸檬の二人が一緒に帰宅するときは必ず遠回りになるとしてもイチゴが檸檬の家まで見送ってからイチゴが帰宅するのが通例でした。これは歳上としてイチゴが親から檸檬を託されたことからの習慣でもあり、今でもその名残が定着している。それでも何度かそれを檸檬が変更を口にしましたが、イチゴは冗談で「お前と少しでも長くいたかったのさ」と気取った捨て台詞を吐いてから去って行くというやり取りがありました。そんな素直になりきれず不器用で、姉御肌のカッコつけたがりなイチゴも檸檬は大好きで、遠慮なく甘えさせてもらい。今日もまたキザな先輩は檸檬を家に先に送り届けてくれたのでした。


「先輩とこうして歩いて帰るのもあと僅かですね・・・」


(せっかくいい雰囲気で帰れそうだったのに、私はダメだなぁ・・・先輩にばかり甘えちゃう。ナニを期待しているんだか・・・)


「気にせず卒業後にも遊びに来なさい。こんな回りくどいことをしなくとも、きっかけなんて必要ないよ。ワタシは檸檬が居てくれて、側で笑ってくれるだけで安心できる。だから檸檬に彼氏ができたら嫌だな〜 一人は寂しいな〜」


「先輩のそういうところはズルいです」


(先輩が男の子だったらよかったのにな・・・えっ・・・なんで私が先輩のことを?)


「惚れ直した?」


(真っ赤になって照れたということは、今回も正解の解答ができたということね。檸檬の攻略は楽しくて飽きないわ♪)


「っっっ・・・これ以上、どう惚れ直すと?」


恋愛ごっこをせずとも親友のままでこの先も一緒に居よう。イチゴはそれをずっと言いたかったようで、檸檬がそれを切り出したタイミングを見計らい低身長な檸檬の頭を撫でながら優しい先輩の笑顔を向けて後輩の不安を取り除いてあげました。こうした檸檬の不安をイチゴは何度か優しさで解決してきてくれました。だからこそ檸檬はイチゴを一番に友として慕っていましたが、そこに新たなる感情が芽生えるきっかけができてしまう。




 これはけして安易に優しさで靡いたわけではないと、檸檬はありえない妄想は払いのけてしまい、気恥ずかしくて顔が真っ赤に染まっていた。そうした照れ隠しをする後輩を可愛いとニヤケながら観察するイチゴに向けて檸檬はなんとか切り返して、そのまま別れの挨拶を切り出してから家に逃げるように入ってしまいました。そんなこんなで檸檬は親友としてこの先も慕うイチゴと一緒に居れる約束ができましたが、そのまま恋人関係は解消されることはなく継続されてしまい、それでもラブロマンスはないまま次なるダイエット計画のスタートを迎えることになるのでした。

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