第6話 施川ユウキ 銀河の死なない子供たちへ

 施川ユウキの漫画『銀河の死なない子供たちへ』上下巻を読んだ。


 野原で女の子が遊んでいる。

 元気にラップしたあと、女の子は棒で地面にπ(円周率)を延々と書く。

 女の子はボロボロの車の下で芽吹いた木の芽を愛で、大地に横たわる。

 夜空で星が渦を巻く。この絵がすばらしい。

 ふと女の子が頭上を見上げると、頭のすぐそばで大木がボロボロの車を持ち上げているのに気づく。女の子がボーッとしている間に、かつて愛でた木の芽が大木に成長したのだ。

 それから女の子はバッファローに踏まれたり、クジラに呑まれたりするが、死なない。

 ここでようやくタイトルが出て、人類と文明がすでに死滅していること、女の子が死なない存在であることがわかる。


 女の子の名前はπ(パイ)。

 女の子にはマッキという弟がいる。この子も死なない存在だ。マッキは本が好きな内省的な子で、πが帰ってきたときは手塚治虫の火の鳥未来編を読んでいる。

 πとマッキにはママがいる。やはり死なないママは美しく聡明で、しかしどこか不穏な雰囲気がある。ちょっとチェンソーマンのマキマに似ているのだ。ママは二人に

「はじめに言葉ありき

 宇宙が終わる最後の瞬間

 そこにあるのも言葉だけなの」

 と語る。πがラップが得意なのはママのこの哲学の影響を受けているのかもしれない。

 そしてある夜πとマッキは大地に落下する宇宙船を目撃する……


 童画のようにあどけない線で描かれた、見事なSFだった。

 永遠に死なない姉弟が、膨大な時の流れの中でさまざまな喜びや悲しみに出会い、死とはなにかを知る。

 これはメメント・モリ(死を思え)の物語だった。死によって生が輝く物語といってもいい。

「SFは絵だ」という有名な格言を実証する絵もふんだんにある。たとえば二人がこぐイカダの下に多くのビルが沈んでいる絵。文明の終わりと悠久の時間をたった一コマで描いていて、これには感動した。

 ユーモアと悲しみと詩情をたたえた作風は子どものころ読んだレイ・ブラッドベリを連想させる。自分は本を読んでもめったに泣かないが、この漫画は三回泣いた。若かったら号泣したと思う。

 ご一読をおすすめします。

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