豪炎寺凜々
豪炎寺
アタシの家族はごくごく普通の一般的な家庭だった。少し前まで。
パパが仕事をクビに成った。そして、私達の家族は崩壊し始めたのだ。
パパは廃人と成って部屋に引きこもり、何もしないでいた。
ご飯も最低限しか食べず、日に日に弱って行った。
ママは毎日の様に話しかけた。だけど、パパがそれに応える事は無かった。
自分は何も出来ない。恵まれた身体があっても、無力だ。
とても無力だ。
ここまで家族が疲弊して行く姿を見るのが辛いとは思わなかった。
何故、パパがクビに成ったのか、そんな疑問が頭から離れない。
アタシは頭が良くない。だから分からない。
だけど、パパは優しい人だ。それなのに、なんで、なんでだよ。
毎日の様に考えては最初の考えに戻る。
ループする思考。毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日!
気が狂いそうになる。
アタシは強い。そこら辺のヤンキーにはまず負けない。
ストレス発散がてらにとある店に迷惑を掛けていた底辺校の不良を絞めた帰りだった。
ファミレスの方に、パパが居たのだ。
涙を流して、頭を下げている。一人の高校生に。
「⋯⋯ッ!」
その時、アタシは全てを察した。
パパは何もしてない。あの男が何かして、パパを陥れたのだと。
そして、アタシの家庭を崩壊させた。
「許さない」
誰かは分からない。だけど、アタシは多くの人に感謝された反面、その三倍近い人に憎まれている。
どうせその一人だろう。
しかし、その男はアタシと同じ高校だった。
パパがあんなに苦しそうだったのに、ソイツは平然と学校に登校している。
ムカつく。今この場で殺したいと言う衝動にかられる。
だけど、必死に抑える。そんなのは余計に家庭を崩壊させる。
今日の帰り。
普通に帰ろうとしていた。
少しでも、パパの痛みを味合わせる為に、屋上から野球ボールを放った。
下手をしたら病院行きだろうが、証拠は残らん。
だが、運が悪い事に、靴紐が解けていたようで躱された。
「変な偶然だな」
アタシは屋上から離れた。
パパは何時もと同じように部屋から出て来なかった。
今日はどうやってパパの代わりに復讐するか考えた。
⋯⋯だから気づかなかった。外からパパが帰っている事に。
アタシには友と呼べる者は居ない。
アタシは自分と並んで戦える奴しか信用しない。あとは、そうだな。
アタシの顔が怖くて大抵の奴は近寄って来ない。
アタシの眼光を前にして立てる奴が居るのなら、まぁ知り合い程度には考えて良いと思っている。
アタシには唯一、認めている男が居る。
現在行方は不明だが、中学卒業後、ホテルの清掃業をやっているとか、ホテルのスタッフをしているとか、変な噂が流れている。
どれも信じてない。
奴は強かった。このアタシよりも。
そして正義に熱かった。アタシの話を聞いたら協力してくれるだろう。奴は賢かったしな。
きっと今は自分の武道を極めているのだろう。
それ以外に考えられない。奴の強さはそれだけのモノを秘めている。
全国大会に行ったら、会えるかもしれんな。
アタシはスポーツ推薦だ。部活に顔は出さん。つまらんからな。
もしも話せる相手が居るのなら、適当な噂を流せるのに、それが出来ない。
奴の事を自分ナリに調べた。天音と言うらしい。
義妹が居る様だが、どうでも良いだろう。
移動教室の時にすれ違うタイミングが存在した。
足を引っ掛けて転ばせる事にした。
だが、奴は偶然にも、ひらりとそれを避けて来た。
狙った訳では無いだろう。アタシはそんな素振りも瞬間まで見せなかった。
義妹と思われる女が奴に抱きつこうとして、それを避けたのだ。
その女の目は、鷹の様に鋭かった。
熊と戦った時のゾクゾク感を感じた。だけど、今はそれ所では無い。
奴にパパと、アタシ達と同じくらいの苦しみを味合わせないといけないのだ。
奴は知らないのだ。家族が誰かの手に寄って不幸に堕ちると言う苦しみを。
父が疲弊して何もしなくなり、日に日に弱って行く恐怖を。必死に支えて鬱病寸前までに成りかけた母への悲しみを。
それを少しでも味合わせる。それが、アタシの復讐だ。
次に行ったのは俗に言う『ラブレター詐欺』である。
適当に書いた手紙を奴の下駄箱に入れ、適当な場所に誘い込む。
後は誰も来ないその場所で永劫とも呼べる時を待たせる。
相手はどんな感情を出すんだろうな。無き相手に向けるのは期待か?
それが無に成って行く光景が今から楽しみだ。
相手は部活。余裕があった。
「ヒヒ」
さぁ、少しは悲しんでくれよ。
「天音君の下駄箱に用ですか?」
誰もが部活か帰宅した中、こんなところに人は居ない。
その気配も無かった。だと言うのに、奴は既にアタシの背後に立っていた。
遠くに飛び退く。
冷や汗が止まらない。このアタシが?
目の前の、奴の義妹に対して、認めたあの男と同じ気配を感じているのか?
ありえない。ありえて良い筈がない。
素人に恐怖を感じるなど、あっては成らないのだ!
「あ、あぁ。これを入れようとね」
「手紙ですか? それ、私が渡しますよ。同じ家に住んでますので。貸してください」
「い、いや。自分で渡してこそ、その効果を発揮するから、他者からの回しは良くないと思う」
「ではなんで下駄箱に? もしかして、対面だと緊張するから下駄箱に? そんな少女漫画のテンプレみたいな展開、では無いですよね?」
「ッ!」
なんだコイツの目は! なんだこの女の目は!
全てを見透かしたかのような虚無の目。深く深く深い海の様な瞳は!
このアタシがどれだけの恐怖を感じているんだ!
手が震えて止まらない。足が震える。
「そんなに震えて大丈夫ですか? 保健室、行きますか?」
「いや、問題ない。体調が優れない訳では無いからな。今日は帰る事にするよ」
「あの、一つ良いですか?」
「なんだ?」
「昨日から私を付けて家を把握しましたよね? 部活帰りを狙って。なんでですか? 朝から私達の後ろを追い掛けて来ましたが⋯⋯それって、ストーカーじゃないですか? 犯罪ですよ」
「⋯⋯」
あの時感じた感覚はこの女か。
そう、この女の言っている事は間違ってない。
弱みを握る為に、アタシは奴の家を把握した。
何故この女を追い掛けたか、奴は女を侍らせていたので、そのまま家に帰るか怪しかったからだ。
しかし、それは失敗だったようだ。
朝から確かに追い掛けた。どの様なルーティーンなのか調べる為に。
その時、誰かに見られている感覚がしたのだ。
気配は消していたし、視線を分からない様にしていた。
だと言うのに、コイツは気づいていたのか?
「なんの事か分からないね。アタシの家は君達の家と真逆だ」
「なんで真逆だって思うんですか?」
「それは、駅で見かけたから、そう思ったんだ」
「貴女の様に目立つ髪色を私は忘れませんよ? 貴女は電車を利用してますか? 定期も見えないようですか?」
「鞄の中にあるんだ」
「そうですね。変な事を聞いてすみません。あ、天音君への手紙は良いんですか?」
「あぁ。名前を聞いて、アタシの勘違いだと分かったからね」
そう言って、アタシは踵を返した。
天音、アタシは奴を許さない。絶対に、許さない。
だが、この女は危険だ。気をつけるとしよう。
この女も、どうせ家族が苦しむ姿を知らない奴だ。
アタシの感じた苦しみは、アタシにしか分からない。
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