失うモノの有無
「これなら、死なねぇぞ」
腹を二人にぐさりと刺された。
「いやあああああああああああ!」
泣き叫び、地面に腰を落とした美咲。
目の前で起きている非現実的な光景に目を背けたくなる。
そんな中、玲は必死に耐える。
中年男性二人はオドオドしながらゆっくりとナイフから手を離し、一歩、また一歩と後ろに下がる。
「玲! 証拠は撮った! 絶対に逃がすな!」
「ぬおおおおおおお!」
地面に二人を押し倒し、関節技を決めて動きを封じる。
服を赤く染めている玲は冷や汗を流しながらも、かなりの力を有していた。
「お二人さん。コレを使ったら、貴方達の人生は確実に終わります」
「な、何が言いたい」
「そ、そうだ」
「分かってますよね? 確かに、今回の件にはあの人も悪いかもしれない。だけど、犯行を起こした貴方達は裁かれる。⋯⋯だけど、僕達はコレを提出しない」
「「ッ!」」
「分かるか? 貴方達はまだやり直せる。この事を忘れ、踏み外しそうな道を戻り、正しき道を再び歩けるんだ。その事をよーく考えて、今後の生活を改めるんだな」
そう天音は言った。
二人は開放され、ヨロヨロと歩いて行く。
頭が追い付いた美咲が天音達に向かって走って来る。
「なんで警察に突き出さないの! れ、玲くんが刺されたんだよ!」
「終わらせる為だ。アイツらにはまだ、失うモノがある。その為に脳内がセーブする。逆に、失うモノが無い場合、人は最強になる」
「は?」
「失うモノがないから、何をするか分からない。本当に学校にまで来て、美咲さんを刺すかもしれない。完全の狂気に染まらない為に、敢えて証拠だけは握っている」
「明日、病院行くわ」
「そうしろ。それじゃ、これで良いかな美咲さん?」
「納得は出来ないけど、ありがとう。感謝する」
そうして、三人はそれぞれの役目を終えてから帰宅した。
◆
家に帰ると、リビングに白奈さんが居た。
「何処に行っていたかは聞かない。だけど、大丈夫だった?」
「あぁ」
ただ、今度玲に何か礼をしないといけない。
相手は恩返しと言っているが、刺されたのに何も無しってのは、流石に良くない。
今後、あの二人が美咲さんに手を出す可能性は低いだろう。
もしも手を出すと言うのなら、一度豚箱にぶち込み、対処する。
流石に疲れた。ずっとストーカーのストーカーをしていたので、風呂に入ったらすぐに寝る事にしよう。
白奈さんがまだ何か言いたそうにしていたが、僕の様子を見て何も言わなかった。
翌日、体が少しだるいが、学校へと向かう。
「天音君」
「何?」
「今度の土曜日さ、一緒に遊びに行かない?」
「断る」
「えー。良いじゃ⋯⋯」
「ん?」
急に黙り込み背後を見る。
鷹の様に鋭い視線で眺めている。その目は普段見せない目である。
なんと言うか、それが彼女の本性に感じる。
「どうした?」
「いえ。昨日と同じ様なので、気にする事ないかと」
「はい?」
それからいつもと同じ日々を過ごす。少し違うとしたら、白奈さんがいつも以上に絡んで来る事だろうか。
授業と授業の間の放課にも近くに来るのだ。
美咲さんは、玲の事を良く聞いて来る。
趣味とか好きな食べ物とか。
「美咲さん。玲の事が好きに成りました?」
「そなんじゃない!」
脛を蹴られて、めっちゃ痛かった。
その光景を眺めている白奈さんの顔は真剣だった。
なんだろうか。真剣に僕の痛がる姿を見ているのだろうか? そう考えると腹立つ。
移動教室で目立つ紅髪の女の子とすれ違う。
「天音君!」
白奈さんが抱き着いて来そうだったので、くるりと回って避ける。
「あ、ちょ」
避けたら豪炎寺さんとぶつかると思い、手を伸ばしたが、その心配は要らなかった。
豪炎寺は白奈さんとぶつかる軌道から外れ、白奈さんも白奈さんで普通に停止して立っている。
「⋯⋯」
白奈さんと豪炎寺さんの目が合った気がした。
きっと気の所為だろう。
今日は部活である為に、弓道場へと向かう。
結局、落ち着けるのは部活だけであると再確認される。
悲しい事だ。
「あ」
「あ」
杉浦先輩とばったり鉢合わせる。彼女は視線を合わせようとせず、あちこちに動かす。
そして、何を思い出したのか、顔を赤らめる。
「こ、こんにちは」
「今更そんな畏まらなくても⋯⋯行きましょう」
「う、うん」
今日、杉浦先輩は一度も矢を外さなかった。
流石と言うべき集中力を発揮しているのだが、的の端っこばかりに当たっている事から、やはり頭の隅では昨日の事があるようだ。
限界まで二人でしてから、片付けを初める。
「あの、昨日の事、あまり気にしなくても大丈夫ですよ?」
「し、しかしだな。何も知らずにあんな風に⋯⋯流石に辛いんだよ」
「確かに、考えるな、そう思えば思う程に思い出してしまうでしょうね」
「分かってるなら言わないでくれよ」
そんな会話をして、帰る事となる。
六時だと言うのに、少しだけまだ明るい。
これが季節故の事だろう。
「そう言えば、大会って何時ですか?」
「えっと、七月の下旬辺り。大体夏休み入ってすぐだね。今回はメインで参加するから、頑張らなくちゃ」
「そうですか。頑張ってください。応援してます」
「うん。応援してて。絶対に勝つよ」
「弓道はチーム戦、一人で頑張っても限界はありますよ」
「その時は個人で頑張るさ」
「そうですか。まぁ、どんな結果に成ろうとも、僕は隣で見てますよ」
そう言って駅まで行くと、そこには白奈さんの姿がある。
いつもなら家に居る筈なのに、何故居るのか。
そんな疑問の余地すら与えないのか、白奈さんが近寄って来る。
「待ってたよ」
「なんで居るんだよ」
「少し気になってね。待ってました。さ、帰ろ」
「⋯⋯少し変だぞ」
振り返る白奈さん。その顔は、なんと言うか、凛々しかった。
いつもとは真逆の表情。
本当に僕の知っている白奈さんなのか疑いたくなる程の佇まい。
「大丈夫。君は私が守るから」
「何を言ってるんだよ。僕は、君に守れる様な男じゃないぞ」
「天音君には分からないよ。愛の力ってのがね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます