騙すのが悪いのか、堕ちたのが悪いのか
玲と美咲さんと道路で会話をする。
「基本的に夜に追い掛けられるんだよね?」
「うん。正確には、家の前にずっと居るって感じ。用事があって夜外を歩くと付いて来る。夜って言うよりも夕方かな? 安くなる時間帯で行ってるからさ」
「で、俺が隣りを歩いて牽制、か」
「あぁ。それに玲なら多少の荒事も避け切れるだろ。前とは違う。相手は確実に道具を使って来る。だから、反撃しろよ?」
「おう」
拳と拳をぶつけて約束をつける。
それから細かい会話をしていると、僕の前に光り輝く金髪がスラリと入って来た。
手を横に伸ばして守る体勢へと入る。
「私の後輩に何か用か?」
そう言って、玲達と僕の間に杉浦先輩は颯爽と入って来た。
当然、呆然とする僕達。
少し考える。
根は良い人でも見た目はギャルの美咲さん。バカ真面目でエリートの頑張り屋だが、見た目は完全に関わってはダメ系な高校生。
対して僕は暗めのボッチ。
場所的に、美咲さんと玲が僕を囲む形に成っている。
そこから導き出せる答えは⋯⋯杉浦先輩の名誉の為、黙っているとしよう。
さて、杉浦先輩が恥を感じない様にこの場を収める方法を模索しよう。
玲はなんとなく状況を察しているようだが、美咲さんは分かってない。
ボロを出さないうちに終わらせるのが良い。
大丈夫だ。こう言う場面は玲と居たら嫌と言う程経験した。その全てが成功しなかった覚えがあるのだが。
今回こそ。
玲に目で合図をすると、玲が頷く。
「おい、女。俺はソイツに用があんだ。すっこんでろ」
鋭い目を向ける玲。うん。めっちゃ怖い。
しかし、こうやって弱い者を助けようとする人は引かない。
「ほう。一体なんの用かな? 他校の生徒に見えるが」
「残念だったな。俺は高校生じゃね」
玲は中学卒業後、働きながら修行している。
玲の事を知らない人は進学出来なかったと思っているらしいが。
「悪いが、後輩が怖い目にあっているのに、見過ごせる程、私は腐ってない」
冷や汗を流している杉浦先輩。かっこいい。
かっこいいからこそ、真実が判明した時、どれだけの感情を出すのか。
興味はあるが、僕もそこまで腐った覚えは無い。
食い下がらないと判断した玲は定型文を口から出す。
「チィ。面倒だな。今回は見逃してやる。二度と俺の前に出るなよ? おら、行くぞ」
美咲さんの腕を引こうとするが⋯⋯彼女はこの状況を理解していなかった。
最悪と言って良い程に理解していなかった。
「え、なんで? 天くんもなにか言ったら?」
静まり返る空間。杉浦先輩は美咲さんとは違い、察しが良いようだ。
悲しい事だね。 普段なら、良いと思う才能も、こう言う小さな所では要らないと思う。
徐々に思考が追い付き、自分のやってしまった行いを認識し、錆びた機械のようにゆっくりと首を動かして僕を見て来る。
その目には涙が小さく溜まっている。
体が赤く成って行き、頭から湯気が出て来る。
体が暑くなると頭がオーバーヒートし、何も考えられなくなってしまう。
「あ、え」
考えられなくなると、口が上手く動かせず、言葉を出せない。
ただ、その思いは伝わっている。
「実は、そう言う事です。大丈夫です。僕達は見ません」
適当な道を手で示す。
「⋯⋯うぅ!」
杉浦先輩は声に成らない声を発しながら道を走って行く。
自分がやってしまった現実から目を背け、逃げる様に、彼女は前を向いて走った。
それがきっと、新たな成長を与えるだろう。
彼女に敬礼しておこう。
「何してんの、二人共?」
「「勇者に敬礼を」」
◆
夜、美咲は買い物に出掛ける。マンションの入口に立っていた玲と合流する。
「行こっか」
「う、うっす」
制服ではなく私服に替えた美咲に顔を紅くする玲。
玲は女と言う生き物に耐性が無かった。
胸元が開いて谷間の見える服装は、免疫の無い、或いは無関心の人では無い限り、気になると言うモノ。
玲は集中しないといけないと分かっていても、可愛いと言われる程の美女が隣に居ると、嫌でも集中出来ない。
(考えろ。考えるんだ。そう、俺は騎士。俺は姫を護る騎士だ。騎士と言う身分で姫にその様な邪な考えは良くない。目覚めろ、俺の騎士道精神!)
壁に頭を擦り付ける玲。
「どうしたの?」
「自分の馬鹿な思いと決別を」
「はい?」
近くのスーパーへと歩いていると、玲がすぐ様反応する。
まだ美咲は気づいていないが、玲は気づいていた。
「二人か。少し急ぎましょう」
仕事モードへと入った玲は先程までの玲とは別人だった。
彼はホテルのスタッフ、客に如何なる感情も湧かないし出さない。
あるのは喜ばせると言う思いと、仕事を全うすると言う義務感。
「まずは振り切る事を考えましょう」
「う、うん」
女性をリードするヤンキー。その姿から美咲は目を離せなかった。
スーパーでの買い物を終えて帰る。
帰り道、美咲達の前に二人の中年男性が現れる。
片方は前に天音達と会った男性であった。
「美沙ちゃん。なんだい、その男は」
「そうだよ。美沙ちゃんは、お、俺達、の、のの、モノだろ?」
美咲が玲の背中に隠れ、玲は護る。
「邪魔すんなよ! なんだよてめぇはよ! ガキは引っ込んでろ!」
「この子と歳は変わらない。そんなガキに手を出して良いと思っているのか?」
「良いんよ。美沙ちゃんは、俺達とそう言う契約をしているんだから。契約してないお前が口を出しちゃダメなんだよ」
「そ、そう、そうだぞ!」
「わ、私はもう! 私はもう、辞めたの。だから、もう来ないでよ!」
そう叫んだ。一人では言えない事を、玲と言う心強い盾があるから、ようやく言えた事。
しかし、男性二人に対しては、それは良く無かった。
「ふ、ふざけんなあ! お前にどれだけの金を使ったと思ってんだ! 少しはその精算をするべきじゃないのか!」
「そ、そうだ! そ、それに、お、お、俺の事を、をを、愛しているんだろ!」
「そんな訳ないじゃない! 私はお金を貰って、貴方達が喜ぶ事を言う。貴方達の言う契約があるのなら、そう言う契約じゃない」
(言ってる事はどっちもどっちだが。天音の話では反省してんだよな? ま、俺はこの子を護るのが役目だからな。その他は二の次だ)
「⋯⋯は? はあああああ? ふざけんじゃねぇよ! アバズレ! 少し可愛いからって調子に乗んな! お前の学校も全部全部特定してんだからな! お前の人生滅茶苦茶にしてやる!」
「そ、そうだ」
「おい待て。それは脅迫じゃないのか?」
「部外者は黙ってろ!」
「悪いが、今は部外者じゃないんだ。⋯⋯すみません(ボソッ)」
小さな声で謝る玲。玲は太い腕を美咲の肩に回す。
「へ?」
「『美沙』を狙う奴はこの俺が許さねぇからな!」
「「⋯⋯」」
黙り込む男性。
二人はゆっくりカバンからナイフを取り出す。
(まじで出して気やがった。⋯⋯こいつら、本気で今日決行する予定だったのか? 或いは俺と言う存在に焦った、か。常備しているなら、元々『そう言う予定』だったんだよな?)
「お前、うざいな」
「美沙ちゃん、待っててね、す、すぐに、そのバカを排除するから」
後ろに逃がす玲。
「少し下がってろ」
男性二人は走る。その目は既に狂気に染まっている。
一人の女に入れ込み、人生を狂わせた男達は、堕ちるところまで堕ちた。
⋯⋯しかし、美咲だけだったら、人生が壊れる程の金は使わない。
当時の美咲にも罪悪感はあった。故に、成る可く少ない料金で楽しませる様に努力していた。
それ故に起きた結果とも言える。
何よりも悪かったのは、複数人居る相手の中で一番先に切ったのが美咲だった事だ。
それにより、ヘイトが美咲に集中した。
狂気に染まった目を見た玲は覚悟を決めた。
(俺からは手を出さない。晒は巻いている。なら、後は信じるだけ)
目を閉じ、強く開く。覚悟を決めた目。その顔は、まさに戦士そのモノ。
筋肉を固め、来るであろう激痛を想像しながら、それを考えない為にも、叫ぶ。
「お前らが堕ちたのは自分の責任だ。しっかりとした判断と考えが出来なかった己の失敗だ。それを棚に上げて、一人に押し付けての憂さ晴らし。それはいけねぇよなぁ! しかし! 少しは受け止めてやる!」
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