デートと言う複雑な概念

「天音君!」


 ドアを開ける白奈。しかし、そこには天音の姿は無かった。


「⋯⋯へ?」


 スマホを確認し、GPSがこの部屋にある事を確認した。

 しかし、天音の姿は無い。


「ま、まさか。まさか! 私服で出掛けたのなかああああああ!」


 四つん這いになり絶望する白奈。瞳が激しく運動して、止まらない。それだけ動揺していた。

 天音が私服で出掛ける事は基本的に無く、GPSは私服には着けていなかった。


「学校の鞄と普段使いの鞄は別だったか。盲点だった。クソう」


 涙を流しながらベットにゴロンする白奈。そのまま本棚からラノベを取り出し、読む事にした。

 当然、天音の部屋で。


 ◆


 待ち合わせ場所には既に杉浦先輩が立っていた。

 部活中は金髪を一纏めにしているのだが、日常では結ばないらしい。

 白と青のワンピースを着ており、静かに遠くを眺めていた。

 周囲の目がチラチラと杉浦先輩の方に向けられる。


「まだ五分前なんだけど⋯⋯」


 その事に僕は驚きながら、なにか後ろめたい気持ちに成りながらも杉浦先輩の元に近寄った。

 周囲の目が少し気になるが、無視が一番だろう。


「杉浦先輩早いですね」


「こーら。プライベートだよ? 先輩はナシだぞ天音少年」


「なんですかそれ」


「私も今来たところだし、問題ないよ。ささ、行こ。ここは先輩の私がサポートしますぞ」


「プライベートでは先輩はナシなのでは?」


「先輩呼びがダメなだけです」


「なんですか、それ」


 そのまま目的地に向かって歩いている。

 隣を歩いている杉浦先輩はチラチラと僕の方を見て来る。

 少し気になったので、杉浦先輩の方を向いて疑問をぶつける。


「なんですか、先程から見て来ますが」


「あーいや。天音君は人の見た目を褒める事は無いんだねと思ってね」


「はい?」


 よく分からない事を言う。

 そんな僕の反応に目を点にする杉浦先輩。一泊おいてから、笑い出す。


「うんうん。君らしいよ」


 肩をポンポンと叩いて来る。一体なんだろうか。


 そして、僕達は目的地に到着した。中には少しばかりだが人が居た。

 大体は大人だが、中には親子で来ている人も居た。


「お父さんお父さん! これ良くない!」


「あと一年な」


「あー、早く弓道やりたいなぁ」


 小学低学年の男の子と父親の会話。それを僕は眺めていた。


「どうしたの?」


 そんな僕を覗き込んで来る。

 その顔を見る事をせずに、僕は「なんでもないです」と言った。

 杉浦先輩は店主へと話しかける。


「おじさん。矢をください。長さいつも通りで」


「相変わらず酷使してんのかね。⋯⋯て、天音じゃねぇか」


「あれ、金井さんじゃないですか」


「え! え? し、知り合い? お二人、お知り合い?」


 あたふたする杉浦先輩。


「うちの娘と良くして貰ってな。最近来てないけど、どうしたんだ? 七海が寂しがってるぞ」


「少し忙しくて。来週の日曜日行っても良いですか?」


「おう! 何時でも来てくれや」


 金井七海、彼女が僕と中学の頃良く一緒に弓道をしていた。

 部活だけの関係であるが為に連絡先は知らない。

 別に知っても意味が無いからね。

 それにしても、先輩の言う店が金井さんの店だとは知らなかった。


「あ、そうだ。僕は替弦が欲しくて来ました」


「身長伸びたか?」


「嫌味ですか? 見ての通りです」


「そうか。ま、弦の長さには関係ないがな。ガハハ」


 それからせっせこと準備をしてくれた。矢はそこそこの値段がする。


「にしても、天音。まさかデートしているとは、⋯⋯ちょっと泣くぜ」


「なんでですか? デートじゃないですよ。買いたい物が同じ弓道品だったから、先輩に良い場所として紹介されたんです」


「そうですよ、おじさん。ただの買い物ですよ」


 僕と杉浦先輩は同じ意見である。実際間違ってない。

 そんな僕達を金井さんは呆けた表情で見て来る。


「おめぇさんら、それを世の中デートって言うんじゃないか?」


「言わないと思いますよ?」


 僕は真剣に考えてからそう言った。

 おじさんのスキンヘッドがライトを反射させている。そこには杉浦先輩も映っていた。

 反論が無い事に違和感を覚え、杉浦先輩の方を見る。

 俯いて、少し顔を赤らめていた。


「大丈夫ですか? 熱ですか?」


「⋯⋯え、あ、いや。そんなんじゃ、ないよ?」


「そうですか?」


 ニヤニヤ顔の金井さん。


「お前も隅におけないなぁ。泣くぜ?」


「だから何故? 何を言ってるのか分からないんですが。それでは、僕はここで」


「あ、私も。ありがとうございます」


「おう、まいど」


 そろそろ自分の弓でも持とうかな。


 それから解散する流れだと思ったら、杉浦先輩が時間だし昼食を食べようと言ってくれた。

 別に帰れば自分で作るのだが、折角ので外で食べる事にする。

 今帰ると嫌な光景を見そうに思えたからだ。背筋がゾワっとした。


「顔青いけど、大丈夫?」


「大丈夫です」


 昨日の事を思い出す。


『嫌だよ、お父さん。止めてよ! ねぇ! なんで居なくなるの? どうして、どうして! 約束したのに!』


 暗い顔をしていたのか、杉浦先輩が心配そうな顔をしている。

 心配させないように、笑って「大丈夫」と言った。


「顔引き攣ってるよ? 本当に大丈夫?」


 もう、偽の笑顔は作らないと心に誓った。


「杉浦さんのお父さんはどんな人ですか?」


「いきなりだね。ん〜良いお父さんだよ。私って兄が居るんだけど、同じくらい愛情をくれたんだ。ウチってお母さんが私の物心が付く前に亡くなっちゃったんだよね。だけど、お父さんは一人で、二人も育ててくれた。とっても良い、お父さんだよ」


「そうなんですね。ごめんなさい、変な事を聞いて」


「ううん大丈夫。聞いたからには、君のお父さんの話も聞かせて欲しいな」


「僕の父は⋯⋯杉浦さんの父親を目指している様な、愚かな父ですよ」


「父親に向かってそんな言い方は良くないぞ〜」


 僕の発言に明るく返してくれる杉浦先輩。きっと、僕の事を思って言っているのだろう。

 その厚意に甘え、この話を終わらせる事にする。

 なんでこんな事を聞いたんだろうか。


 親とはなんだろうか。段々と分からなく成って来る。

 僕にとっての親は二種類居る。母親と父親。全てが反対の二人。


「ふぅ」


「ね、本当に大丈夫?」


「はい。何食べますか?」


「任せて。おすすめのラーメン屋があるから」


「ラーメン、好きなんですね。意外です」


「そう? 毎週食べるよ」


「大丈夫ですか? 健康面で」


「問題なしだよ。超元気だから。ま、殆ど自分で作るけどね。そのくらい好きって事」


「そうですか」


「なにかアレルギーある? それとも肉が食べれないとか」


「そう言うのは無いですよ」


「そう? じゃ、行こうか。ここから後20分歩くよ」


「バス、乗りません?」


「バスは甘えだよ」


「そうですか」


 明日は月曜日。帰ったらしっかり休もう。

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