部活の風景
パンと言う音が鳴り響けば、次には『よし』と言う掛け声が響き渡る空間。
土曜日の部活と言うのは一番気が休まる時間である。
顧問の先生はとてもやり気が無いのか、ずっと小説を読んでいる。
しかし、先生を一言で表せば『天才』だろう。
先生は音だけで悪い所や良い所を指摘するのだ。
しかし、時々それは無い時がある。
それはどんな時か、当然言わなくても良い時もあるが、もう一つ存在する。
それは、小説の方が終盤辺りの時だ。
一番良い所を真剣に読む先生は、小説に全集中して周囲の音を聞いて無いのだ。
部員は一年以外は全員袴を着ていた。弓道経験者は一年でも袴を着ている。例えば、僕の様に。
僕が弓道をやり始めたきっかけなんてのを思い出しながら、的に向かって弓を引く。
静かに呼吸して、集中力を高める。
体の重心、体勢、弓の引き方、全てを無意識──感覚的──に行い、自分の意識を的だけに集める。
狙いを定めて、ここだ。そう思った時には既にゆがけから離れた弦が矢を射出する。
大体一秒くらい、第三者から見たら速いが、撃った本人が見ると、その軌道がしっかりと見える。
そこで、どこに当たるのか大凡の検討は付く。
パン、と当たる。『よし』と言う掛け声と共に拍手が弓道場を埋め尽くす。
四本中四本命中、皆中である。
弓を下ろしながらどこが良かったのか、悪かったのかを反省しながら、手順にそって座敷へと戻る。
「ふぅ」
「お前、まじで凄いな。入ってから一度も外して無いやん!」
そう声を掛けて来たのは同じ中学からの経験者で、同級生の男だった。
ちなみに中学は違うので、当然彼の事を知らない。
「中学の時からやってるからね」
「それだったら俺もだよ!」
「春休みとかにも弓は引いてるよ?」
「それは⋯⋯してない」
そんな会話をしていると、休憩の時間と成った。
弁当を取り出して適当な場所に座って広げる。
先程話し掛けて来た男は自分達の友達と食べに行く。
誘われたが、僕は断った。
「君はいつも一人だよね?」
「一人が好きなんです」
誰にも裏切られない、誰にも軽蔑されない、誰も居なくならない。
だから僕は一人が好きだ。
「一人で居るのが好きなのと孤独は違うと思うぞ?」
「そう言う杉浦先輩は何用でしょうか?」
「一人ぼっちの可哀想な後輩の穴を埋めに来たんだよ」
「と、言いながらも自分も一人だから来たんですね」
「あはは。そうとも言う」
杉浦先輩は人気である。だが、女子からはあまり人気では無い。
良くある事だと勝手に思い、深くは追求してない。
「ね、本当にその弁当自分で作ってるの?」
「ええ。最近は義妹と一緒ですがね」
本当は一人でやりたい。自分がキッチンに立たない日は無い。それと同じ様に白奈さんも立っている。
白奈さん一人でやらせたら、何を入れられるか分からないからだ。
弁当のクオリティは高いと思う。SNSでもそこそこイイネとか貰えるし。
ま、僕がやっている訳じゃないけど。自分が作った物なので気になるモノは気になる。
それから午後の部が始まり、午後三時と成って解散と成った。
長い時間を集中するのは辛い。時々の休憩を入れたり、雑談の時間を設けたりしている。
案外楽しい部活だ。ガチガチの強豪校では無い故だろう。
それを推奨しているのが顧問だ。時々おやつなんかも持ってくる。
それが割と合っているのか、皆のモチベは下がる事は無く、大会では上位に入れなくても、低い訳では無い。
強豪校以外が相手なら、割と勝っている感じの学校だ。
強豪校相手でも、選手などに寄っては勝ち上がる時もあるらしい。
皆が解散した後、午後五時までなら弓道場は使っていい。
その後は小、中学生の人達が習い事としてこの場を使う。
そんな事で、僕と杉浦先輩はその後も弓道を続ける。
杉浦先輩は上手く成りたいから、僕は帰りたくない理由があるから。
パンパンと途切れる事の無い的に命中する音。
互いに集中力は衰えておらず、四本打ち終わってから会話が始まる。
「君は私に上手いと言ったよね?」
「ええ。とてもお上手です」
「ありがとう。だけど、どうしても皮肉に聞こえるのは気のせいかな?」
「気のせいだと思いますよ? 僕は本心から言ってますから」
事実である。
「いや、だけどね。的のど真ん中四本当てるのと、的に四本当てるのだとかなり技量の違いを感じるんだけど」
「そうですか? 大して変わらないと思いますけどね」
「変わる変わる超変わる」
そんな会話をしながら、矢を取り、再び再開する。
杉浦先輩が先に放ち、矢は少し進んで落ちた。不発である。
原因は簡単、弦が切れたのだ。
「まじかぁ」
僕が放つ。大体同じ位置くらいで落ちる。
僕も弦が切れた。
「唐突に切れたな。きちんと管理していたつもりだったけど⋯⋯どこかで注意ミスがあったのか?」
「二人同時に切れるってなんか不吉でね。天音くんは
「僕は無いですね」
「そっか。明日一緒に買いに行く? 丁度私も矢を新調しようと思ってね。大分羽の方がボロボロだからさ」
「一緒に行く必要ありますか?」
「一人で行くよりも楽しいよ?」
「そうですかね」
「そう言うモンだよ。知らないけどね。で、どうする?」
「そうですね。お付き合いしますよ。自分も弦を買いますんで」
「おっけー、じゃ、今日はこの辺で終わろっか」
「はい」
広い弓道場を二人で片付けるのはかなり大変だが、それも部活のうち。
最後に座礼して、終わる。
帰りは途中まで一緒である。
「いつもはどこの店使ってるの?」
「いえ、中学の時は部活の知り合いの所で揃えていたので、店は分かんないです」
「えーまじ? 凄いね。私が使っている場所は元プロが経営する店だよ〜入ったら驚くだろうね」
「あの、僕そこまで弓道に興味がある訳ではありませんよ? だから、プロとか言われても誰も選手浮かんで来ないですし」
「マジかっ! それであれって、⋯⋯その才能を私にくれよ。なぁ? くれよ」
「杉浦先輩もあると思いますが⋯⋯才能なんて言葉は努力したくない人の言い訳ですよ」
「お、言うね〜。大勢の人を敵にしたな」
それから明日の予定が決まり、僕は家に帰った。
家ではリビングで白奈さんがくつろいでいた。
だらしのない格好だ。熟睡しているらしい。
弁当などの片付けをしても起きる気配は無く、スピーっと寝息を立てている。
「嫌だよ、お父さん。止めてよ! ねぇ! なんで居なくなるの? どうして、どうして! 約束したのに!」
そう叫び、起き上がる。目を擦りながら、僕の方を見詰めて来る。
「おかえりなさい、天音君」
欠伸をしながらそう言い、晩御飯の準備を始めようとする。
「あぁ、ただいま。寝起きで大丈夫か?」
「問題無しっ! 天音君の隣に居れば私の元気パラメーターはマイナスからでも限界突破して測定不可能に成るよ」
「低過ぎて?」
「真逆ぅ!」
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