過去に縋るは愚か者

 一泊する予定らしいので、晩御飯の準備を義母が始める。

 それを父親が手伝う。その光景を無表情に眺める。


「こらこら、表情が硬いぞ〜」


 ほっぺを抓られ、伸ばされる。その後、顔をモミモミされそうに成ったので、払い除ける。


 僕はテントに戻り、自分のカバンからラノベを取り⋯⋯なかった。


「車の中か? いや、それはありえない」


 僕がここに来る前にきちんとカバンの中身を確認した。

 その時には確実にあったので、無い訳が無い。

 思い違いした訳でもない。テントを立てる前にもう一度確認したからだ。

 だから、おかしい。唐突に無くなる可能性は一つしかない、誰かが盗んだ。

 まぁ、大体の予想はつく。


「仕方ない、スマホで⋯⋯無い!」


 ポッケを探しても無く、川の方で落としたかと考える。

 確かに、あの時は頭に血が上っていた。これは可能性がある。

 晩御飯までの時間はある。川まで探しに行く事にする。


 立ち上がりながらテントの入口を見ると、そこにニヤニヤとした顔を浮かべる白奈さんが居た。

 その手にはラノベ、そしてスマホを持っていた。


「求めているのはこれかい、お兄さん」


「おま、ラノベはともかく、スマホなんていつの間に⋯⋯はっ!」


 僕は思い出す。

 先程、頬を抓られて無理矢理笑顔を作らされたあの時を。

 その時、白奈さんは僕の背後に居た。

 そして、彼女の隠された様々な技能があれば、ポッケから速やかにスマホを盗む事は可能だろう。


「な、何が望みだ」


「そりゃあ天音君だよ。⋯⋯少し、良いかな? 場所を変えたいの」


「⋯⋯」


 睨むと、悲しげな顔をする。しかし、その手はヒラヒラと動いている。

 スマホとラノベを脅しの材料として見せびらかして来る。

 こいつ、僕の弱点を正確に見抜いてやがる。


 晩御飯が出来るまで、両親を置いて暗い川まで来た。

 既に月が登り、星々が輝いている。


「いやー綺麗だねー」


「心にも思ってない事言わなくても良いよ」


「そりゃあどうも。星に興味が無い物で」


「理科の内容は覚えてるでしょ」


「まぁね」


 そして、人気のない上流まで移動したところで、平たい石に腰を下ろした。

 僕も石に腰を下ろす。


「つっ」


 暗い中きちんと石の形が見えておらず、少し凸のある所に座ったらしい。

 尻が痛いので立つ事にする。


「ふふ」


「笑うなら帰るぞ、ラノベとスマホは返せ」


「それより、お話しよ。その為に連れて来たから、ね」


「お断りだ。もう、君と話す事は無い」


「⋯⋯それは、私がお義父さんの味方だから?」


 僕は何も反応を示さない。示す必要が無いと感じたからだ。

 無駄な動きはしたくない。


「それは勘違いだよ」


「勘違い? 僕をここに連れて来る為に色々してたよね。僕は純粋に君が行きたいと思ってた。でもさ、違ったんだな。釣りに行かせたのも、全部、父親と話させる為に仕組んだんだろ? それで味方が勘違い、だ? そんなのどうやって信じたら良いんだよ」


「⋯⋯確かに、私は天音君とお義父さんが仲良くしてくれたら嬉しいと思っている」


 どんな詭弁を並べるか期待しないで待っておく。

 暗いせいか、月がこの場を照らしているが、とても暗い。

 きっとこの暗さは僕の気持ちの問題だろう。いや、前髪が長いせいか。


「天音君は、お義父さんの事が嫌い?」


「言う必要があるのか?」


「あはは。だね。⋯⋯確かに、私は天音君とお義父さんが仲良く成れる様に手伝って欲しいって言われた。そして、私はそれに賛成した」


「⋯⋯」


「私はあくまで、仲良くする為のきっかけを作るつもりだった。味方に成ったつもりは無い」


「どこにそんな証拠があるの?」


 白奈さんは立ち上がり、僕の前まで来た。前髪のせいで、上手く表情が見えない。

 少し前髪を切ろうか? それとも本当は見えているのに、白奈さんの前髪で見えないのか。

 だけど、白奈さんが今、どんな顔をしていようが僕には関係ないだろう。


「証拠? そんなの簡単に示せるよ」


「⋯⋯ッ!」


 抱き着いて来た。その衝撃に尻もちを着いた。

 場所が場所なだけにとても痛い。ヒリヒリと痛みを感じる。

 だけど、声を出せなかった。

 僕よりも早く白奈さんが言葉を漏らし、喋る機会を失った。


「私が天音君を好きだからだよ。告白したあの時から、いや、それよりも前から、この気持ちは変わらないよ。何があっても、それは変わらない。⋯⋯きっと、貴方が全てを憎しみ、全てを嫌いに成っても、私は貴方の隣りに居る。貴方が何を成そうとも、私は貴方を愛している。それが証拠」


 抱き締め方が寄り一層強くなる。

 痛みは自然と感じないが、他にも何も感じない。

 白奈さんの温もりも、体の感触も、感情も、何も感じない。

 言葉で『愛している』と言われても、僕の心は動かない。


「きっと、私が何を言っても貴方の心は動かないでしょう。私はまだ、信頼も信用もされてない。だけどね、私はいつか、心から信頼も信用もして貰える人に成るよ。貴方が心から信頼しているのは母親でしょ? そんな存在に⋯⋯私は成れないか」


 少し湧いた怒りが収まった。


「ね、聞こえる? 私の心臓の音が。速いでしょ? ドクドクって、きっと知らないイケメン男に抱かれても、こんなに心臓は動かない。天音君だから、私はこんなに緊張しているんだよ」


「⋯⋯」


「今までの行動を考えると不思議かな? 私はね、昔のお義父さんを知らない。でも、今のお義父さんなら知ってる。きっと、君の言うお義父さんとはもう、違うよ」


「人は簡単には変わらない」


「そうだね。でもさ」


 少し離れ、顔と顔が見える様にする。

 とても近く、言葉を放つ程に息が顔に掛かる。


「簡単って言葉じゃ収まらない、事が起こったら、変わるんじゃないかな?」


 愛する人の死⋯⋯それが父親を変えたと言うのか?

 バカバカしい。


「過去に縋るは愚か者」


「⋯⋯ッ!」


「君が私に言ってくれた言葉だよ。貴方はお母さんに縋り過ぎている。記憶の母親と言う絶対的な味方に依存している。そのせいで、貴方は昔の父親しか見ていない。見れていない。もっと、今の父親を見てあげて、今の父親を真正面から見てあげて」


 僕は何も答えない。

 答えるのが面倒だ。


「私の言葉は貴方の心を動かせない。とっても悲しい。でもさ、私は絶対に諦め無い!」


 川の方に向かって歩いて行き、振り返る。

 月が、靡いた髪諸共照らし、顔を見えるようにした。

 どこか儚げな笑顔を作っていた。


「私は貴方を愛している! だから、私は貴方の味方、何があろうとも、それは変わらないし変えられない。だから、いずれ貴方に愛して貰えるように、貴方に信頼して貰えるように、貴方に信用して貰えるように、頑張る! だからさ、少しは私の言葉を、その身に刻んで欲しい!」


「⋯⋯断る」


「うん。ありがと。やっぱり、天音君はそっちの方が良い。無駄に憂鬱な雰囲気なんて出さなくて良いんだよ」


「なんだよ、それ」


「今は分からなくても、いずれ分かるよ。さ、もう出来てるだろうし、戻ろっか」


「そうだな。戻るか」

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