優希君と杉浦先輩

 約束通り優希君と一緒にカフェテリアに来ている。

 顔くらいの大きさがあるパフェを注文する男の子を見ながら自分はコーヒーを頼む。


「何も食べなくて良いの?」


「見ているだけで腹いっぱい」


 事実である。

 生クリームがタップリに盛り付けられ、フルーツの数々、見ているだけで胃もたれしそうだ。

 コレを平然と平らげる女子に僕は拍手を送ろう。なので目の前の男の子にも送ろう。

 ぱちぱち。はいおしまい。


「なんで拍手?」


「気にするな」


 パクパクと止まらないスプーンの動き。それどころか「美味しい美味しい」と加速している。

 もうすぐゴールデンウィークな訳だが、その後に待ち受けるのは当然テスト。

 なのでテストの話でもしようかと考える。だが、今は休日、学校の話をしたくないかもしれない。

 難しい瀬戸際である。


「そう言えばもうすぐゴールデンウィークだね。天音君は何か予定ある?」


「今のところは無い」


「そうなの? 家はね、毎年海外に旅行に行くんだ! 天音君の家は家族旅行とかしないの?」


「しないな。考えるだけでも嫌気が刺す」


「え〜凄い反抗期だね」


「反抗じゃない事実だ」


 あの父親と旅行だと? 考えるだけでも吐き気がする。

 母さんや空達ならともかく、あの父親とだけは嫌だ。何があっても。

 だからと言って、今の家族で家族旅行に行こうと言われたら断れるか分からない。

 でも、父親と行きたくないのは確かだし、今年からは危険人物も居るので、余計に行きたくない。


「本当に嫌そうな顔するね」


「想像を絶する気持ち悪さを感じたよ」


 そんな他愛のない会話していると、遠くから声が掛る。


「経験者君じゃないか」


「天音です。杉浦先輩はどうしてここに?」


「勿論、そちらのお嬢さんが食べている物を食べにね」


「お嬢さん⋯⋯」


「天音君よ、君も隅に置けないね。こんな可愛い彼女さんが居るって」


「彼女⋯⋯」


 僕には見える。

 超高速で減っていく緑色のHPバーが。既に黄色のラインを突破して赤である。

 あと一手でゼロになり瀕死に成りそうだ。


「いえ、彼は男の子です。東條優希君です」


「⋯⋯へ? 男の子?」


 杉浦先輩がそろーり、と優希君の方を見る。

 顔などは丸々女の子、少し涙目で俯いて顔が暗い。

 服装はどっちかと言うと分かりずらい服装であり、一目だけでは女の子って思うのが自然だ。

 ま、それを自然に思わせるだけの才能が優希君にはあるのだろう。本人は望んでないだろうけど。


「す、すまない! 失礼な事を言ってしまった! えと、悪気があった訳じゃなく、ただ君があまりにも可愛くて⋯⋯あぁ、別に女の子って意味じゃあああ!」


 会話が進む度に優希君の表情が無に成って行く。

 先程までパクパクと高速でデカ盛りのパフェを食べていた男の子には見えない。

 さっきの笑顔は何処へやら、たったの二言くらいで意気消沈。

 さて、この空気をどうするか。周りの目も段々と集めているし。


「えっと、えっと」


「優希君、隣に杉浦先輩を座らせても大丈夫?」


 こくりと頷く。既に返事する体力すら残っていないようだ。

 これは元気の欠片ではなく、元気の塊が必要かもしれない。そんな物無いので代用策を模索する。


「取り敢えず、目立ちますので、お座りください」


「あ、うん。お邪魔するよ」


「杉浦先輩は部活はどうしたんですか?」


「顧問が色々と整理が必要らしくてね、今日は休みだ」


「そうですか⋯⋯優希君、それ食べないなら僕が食べるよ?」


「それはダメ!」


 少し元気になり、パフェをもりもりと食べる。この光景を見て女の子と言える人は居るだろうか?

 僕には分かる。通行人百人に聞いて、百人中百人が女の子と答えるだろう。

 まず、男だと見せるつもりないよね、この人。


「お邪魔してすまないな」


「席が空いてませんし、他人と相席するなら知り合いが良いですよ。優希君とは初対面だと思いますが」


「東條君、ほんとに無神経な事を言った。すまない」


「大丈夫です。あんまり気にしてません。タイプ一致の四倍弱点攻撃を受けた程度のダメージしかありません」


「ついでに急所だな。良く耐えたな。君は頑丈の特性持ちだよ」


「え、何その会話。全然分からないんだけど」


 それから優希君が食べ終わったので、杉浦先輩とは別れてゲーセンに行く事にした。

 僕はゲームにいちいち百円使うと言うシステムが嫌いなので、一度も来た事が無かった。

 あちこちからサウンドが流れ、耳を突き抜ける。

 簡潔にまとめるなら、超うるさい。

 よくここで平然とゲームが出来るな、そう思うくらいにはうるさい。


 子供達が無邪気に某人気格闘漫画のゲームに並んでいる。他にも並んでいる。

 家族でクレーンゲームで遊んでいる人も入れば、恋人同士で太鼓を叩く人も居る。メダルゲームに居座る大人、さらには千円ガチャに挑む挑戦者も居た。


 そんな中、優希君が向かったのはクレーンゲーム。

 そこには可愛らしいクマさん人形が置かれていた。

 かなりの大きさである。


「今日入荷だったんだよねぇ。見てて、僕の腕前を!」


「お、自信満々だな」


 これは一発で凄技を披露してくれるのだろう。

 配信サイトで載っている様なテクニックを見せてくれる事を期待して見ていると、普通に掴みに行った。

 確かに、綺麗に収まってはいる。いるのだが⋯⋯当然最初の方のクレーンなんて、アームの力が弱いから掴んでも上に少し上げるだけで終わる。


「もう一回!」


 チャリンと百円を無謀にも投下して、同じ様に掴みに行く。

 場所は完璧なのだが、馬鹿正直過ぎる。


「ちょっと貸してみ」


 僕が代わり、百円を入れる。

 そのままクマの横辺りで止める。

 アームを広げ下がる。


「天音君は分かってないな〜こんな真横にしたら取れないよ?」


「⋯⋯」


 僕は思う。多分、彼もゲーセンは初めてなのだろうと。


 ちなみにゲームの方では、クマに付いているネームプレートの輪っかに入り、絡めて取る事に成功した。


「なんでぇ!」


「クレーンゲームって、馬鹿正直に捕まえても取れる事の方が稀なんだよ。第一、こう言う一つしか置いてない系は馬鹿正直に取れない」


「だからって一回で? もしかして経験者?」


「昔にホテルにあったクレーンゲームで母から教わった。『百円あれば金は稼げる』って」


「転売ヤー! 良くないでしょ」


「安心してくれ。純粋に売るだけだ」


「えー」


 今考えたら、母さんは色々と出来る気がする。

 ま、あんな父親を養って、僕まできちんと育ててくれた母親だ。

 色々出来ても不思議では無い。

 今、母さんが生きていたら、僕はどうな風に成長していただろうか。

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