空と白奈

「おはようお兄ちゃん」


「ん? おはよう空」


 起きてそうそうに空が挨拶して来たので、頭を撫でる。

 撫でると子猫のように嬉しそうに微笑む。


「そう言えば、どうしてこっちに来たんだ?」


「今日土曜日だから、遊びたくて。予定、大丈夫だった?」


「うん。まだ部活も正式に始まった訳じゃないし、問題無いよ」


「ほんと! やったあ!」


 無邪気に笑う空を見ると、年相応である。

 朝食はいつもの様に僕と白奈さんで作る。


「むー」


「ふふん」


 ムスッとしている空に比べ、白奈さんはドヤ顔である。


「お兄ちゃんどこ行く?」


「そうだなぁ。行きたい所が無いなら、普通に本屋で良いか?」


「うん!」


「待って、二人でどっかに行くの!」


「え、そうだけど」


「なっ!」


「ふふん」


 表情が逆転した。


 両親も降りて来て、朝食が始まる。

 お義母さんが空をチラチラ見て来る。


「⋯⋯そ、空」


「あんたに名前を呼ばれたくない」


「そう、だよな」


 それからも無言の時間が続き、僕と空は本屋に向かって歩みを進める。


「何故お前が居る」


「別に〜私も出かける予定があって、たまたま天音君達と同じ道なだけ」


「⋯⋯お兄ちゃん反対の本屋行こ」


「そうだな」


「あ、目的地が変わった〜」


 結局、三人で電車に乗って本屋が近くにある駅で降り、本屋に入る。

 特に欲しい本は無いので、ブラブラ色々と見て、最近入荷した本を見る。


「空、欲しいモンあったらなんでも言ってね」


「うん。実は欲しい漫画の新刊が今日なんだよね」


「私は⋯⋯」


「白奈さんは自分で買ってね」


「え! なんでなんで! そこは彼氏が払う場面じゃない?」


「彼氏じゃないし」


「良いじゃないの〜」


「引っ付くな!」


 白奈さんを押し退けていると、空が反対の腕に抱き着いて来る。

 その手には漫画が握られており、上目遣いで僕を見て来る。


「お兄ちゃんと白奈さん仲が良い」


「そんな事ないよ」


 頭をポンポンと撫で、レジに向かう。


「なんで否定したの!」


 その後は適当な店でのんびりしながら過ごす。

 僕と白奈さんは家から持って来たラノベを開き、空は漫画を開く。表紙でどんな漫画か判断する。

 念の為スマホで隠れて調べると、ドロドロとした兄妹ラブコメだった。

 飲み物を飲みながら読んでいると、仲のいい家族と思われたり、若い夫婦だと思われたり──その度に白奈さんは顔を緩めたり──した。

 だが、それにしては年齢が若いと言う事で訳ありとなり、どんどん話はおかしな方向に進んだ。


「私達夫婦だって。やっぱり他から見たら仲が良いんだよ!」


「喜ぶな近づくな」


「お兄ちゃんは私のお兄ちゃん。白奈さんのようなモブは要らない」


「モブは言い過ぎじゃない? もしもラノベなら私って普通にヒロイン枠だよ」


「負けヒロイン」


「いやいや。もしもこれが物語なら空ちゃんが一番、負けヒロインだよ」


 睨み合い、火花を散らす。


「あんたらは落ち着いて本も読めんのか」


 空を家まで送る。既に外は夕方、夕日が周囲を紅く照らす。

 そんな中をトコトコ歩く。

 真ん中に僕が居り、右に空、左に白奈さんである。

 二人とも腕に抱き着いて来て、とても歩き難い。


「白奈さん離れてくれませんか?」


「なんで私だけ!」


 空を送り、家に帰る。


「じゃあねお兄ちゃん!」


「ああ。またな」


「またね空ちゃん」


「⋯⋯」


「無視!」


 寝る時間帯になり、僕は電気を消してベットに横になる。

 意識が落ちて行くのを感じながら、ドアの音に目を覚ます。


「あれ? 起こしちゃった?」


「なんで入って来る!」


「そんなの決まってる⋯⋯じゃん!」


 飛び付いて来て、ベットに押し倒される。

 パジャマ姿の白奈さんがカーテンの隙間から覗く月明かりに照らされる。

 顔は艶めかしく笑っており、服が下がって谷間が見える。


「もう、なかなか意識してくれないから⋯⋯この手しか無いよね。天音君が悪いんだよ〜私が二回も告白したのに、他の女と寝るから」


 僕の服の中に手を入れて、そのまま上げて来る。


「なんで私じゃダメなのよ。周りに女の子が居るから? 天音君の前から全員消せば私だけを見てくれる? 私だけが居れば天音君は幸せに成れるのに⋯⋯空とか言う変な女さえ⋯⋯えへへ、天音君の筋に⋯⋯」


 そのままばたりと倒れる。

 全身に乗られてとても重い。胸の感触とかの感想がラノベとかでは出そうだが、正直重くてそれどころでは無い。

 手も冷たくて目が覚めたし。


「スヤー」


「寝ぼけてやる行動とはとても思えんな」


 横に動かして寝かせる。

 僕の力では寝ている人を起こさずに運ぶ事は不可能なので、そのままベットに寝かせる事にする。

 パジャマが崩れていたので、しっかりと着させる。


「良く寝てるな」


 机のライトを使ってラノベを読む。

 目が覚めてから少しの間寝られないからだ。

 一時間ほど読んでいると、白奈さんが寝返る。


「あま──君、きょ⋯⋯本、お揃い、だね」


「どんな夢を見てんだよ」


 カーテンを開けて星を見る。


「床で寝るか」


「嫌だ。行かないで。お父さん」


「⋯⋯」


 そう言えば、僕は白奈さんの父親の事を知らないな。

 どんな人なんだろう。


「行かないでお父さん。ずっと一緒に居てよ! 嫌だよ! おいてかないで!」


「大丈夫か!」


 発狂し、手を伸ばして涙を流す白奈さん。

 誰が見ても尋常ではないその光景に僕は何も出来ず、ただ抱き締めて落ち着かせる事しか出来なかった。


「すぴー」


「全く人騒がせな」


 床で寝ようとしたら、手が捕まえられていた。

 離そうとしても、しっかり握られて離してはくれなさそうだ。


「あまきゅん」


「おまっ」


 そのまま引き寄せられ、抱き枕にされる。

 胸を体に押し付けられる。


「全く」


 僕は目を瞑り、久しぶりの人の暖かさを感じて闇に落ちる。


 ここは何処だろうか。

 とても暗く、とても静かだ。

 寂しいと思うよりも、虚しいと思えるこの空間。


『天音君』『あーまね!』『天音〜』


「え」


 声を掛けられ、振り向くと沢山の白奈さんが居た。

 それら全員が追いかけて来る。


「い、嫌ああああ! 来るなぁああああ!」


 そして、光が刺して来る。


「だはあ!」


 目を見開き、激しく呼吸をする。

 とてもおぞましい夢を見ていた気がする。


「天音君。寝込みを襲うくらないら、声を掛けてくれたら良いのに。私は拒んだりしないよ?」


 顔を赤らめ、柔らかい笑みを浮かべる白奈さん。

 どうしてだろうか。何時もなら少しイライラするのだが、今はとても怖い。

 心臓がバクバクとする。緊張よりも恐怖。


「周りを見ろ」


「え? ⋯⋯ここ、私の部屋じゃない! あ、天音君。わざわざ自分の部屋に⋯⋯」


「君を運べる程僕は力が無い」


「それは私が重いと?」


「それはもうとっても」


「酷い!」

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