平常運転

「本当に、君はなんで僕の部屋に居るのかなぁ」


「私の匂いをベットに染み込ませようかと思いまして〜良い匂いでしょ? 風呂上がりの匂いだぞ〜⋯⋯だから消臭剤プッシュしないで!」


「あー臭い臭い」


「酷いっ!」


 椅子に座って漫画を読む。新刊の漫画で今日届いた。

 僕は本屋で買う時もあるが、ネットで買う時もある。

 そんな漫画を後ろから覗き見して来る白奈さん。


「内容分かるのか?」


「ここにある本は大抵読んでますから。知ってるでょ? そもそも読む速さは私の方が上なんです。天音君の読むラノベなんて本気出せば30分あれば読み終わりますよ」


「僕はじっくり読むタイプだから」


「私もそうですー本気出せばって言いましたー」


「ムキになるな」


 そして夜十時に成ったので、寝る事にした。


「おいで、私の胸の中に!」


「出てけ!」


「ブー」


 翌朝、朝食と弁当を作り、食べる。

 そのまま両親が会社に行くのを音で確認しながら、数分後には僕達も出る。


「せめて時間がズラせれば良いのに」


 僕が出て行くのに合わせて来るから無理なんだよなぁ。

 共に歩いて、同じ電車に乗る。

 電車に揺られながら学校へと向かって行く学生は僕達だけでは無い。


「美咲さんとは合わせなくて良いのか?」


「良いの。帰りは一緒なので」


「友達付き合いは良いんだな」


「あの人はなんか、落ち着くんですよね〜。今日は珍しく長々話してくれますね! 嬉しい」


「そうかい」


 ちなみに周りの目が結構こちらに向いている。

 さっきの「嬉しい」の言葉と共に向けた笑顔が色んな人達の心を撃ち抜いていた。矢ではない、銃弾だ。

 ま、僕には何一つ通らないが。


「ん?」


 電車の中で、人の隙間を縫って見えた人物に僕は声を上げる。

 それに気づいた白奈さんが、名前は見た目から想像も出来ない真っ黒な瞳を向けて来る。


「どうしました?」


「何でもない。だからその顔は二度と止めてくれ。まじで」


 一瞬びびったなんて、何たる汚点。母さんには見せれない姿だな。

 いや。何時もは凛としてたり、そこそこほのぼのとした雰囲気を纏っている人が、その真逆のオーラを放ったら、誰でもビビるだろ。


 学校に向かう途中で優希君と合流する。


「天音君おはよう」


「おはよう」


「相変わらず仲が良いね。ちょっと向けられる目が怖いけど」


「気にするな」


「そうだ。天音君は何部に入るか決めた?」


「ああ。そっちは?」


「僕はね〜空道部!」


「マイナーだな。将来警察にでも成りたいの?」


「違うよ。僕は強く成りたいの。だから、空いている曜日には他の部活で体と技術を鍛えるつもりだよ。僕ってさ、この見た目だから、中学から舐められる⋯⋯ってよりも、街中で一人で居るとナンパされるレベルなんだよね。なかなか信じて貰えないし」


「大変だな。良い奴紹介しようか?」


「ほんと! だから、身を守る術や、僕は男だぞ!って見せてやりたくて」


「そっか、頑張れ」


 僕は優希君の肩に手を置いて、そう言った。


「天音君は?」


「僕は⋯⋯」


「あの、私を空気扱いしてません?」


 真ん中にズンっと顔を出して入って来る白奈さんに驚く優希君。

 飛び退いた優希君の姿はなかなかに滑稽である。


「ちょ、笑わないでよ!」


「すまんすまん」


「未だに笑ってるよ⋯⋯全然反省する気ないじゃん」


「だから私を空気にしないでよ!」


「⋯⋯」


「私が悪い雰囲気」


「当たり前だろ」


 昼食の時に僕は約束の場所に向かう。

 流石に白奈さんは付いて来なかった。ただ、悔しそうな目で見てきたが。凄く見てきたが。

 電車で見せたあの目に成りそうなくらいに見てきたが、無視した。

 本来、僕はボッチだが、誘いはあまり断らないタイプだ。

 とある男のセリフを思い出す『自称ボッチ志願者』と。


「おまたせ」


「席空いてるよ。座って座って」


 ベンチに座っている優希君の隣に座り、弁当を広げる。


「凄い色鮮やか。誰が作ってるの? お母さん? それとも、えと、あの人?」


「僕が作ってるよ」


 ま、最近では白奈さんと一緒に作ってるが、言わんでも良いだろ。

 元々は僕一人で作ってたし、変わらん変わらん。

 と、言っても父親の分だけだが。時々自分のもあるけど。


「凄ーい。今度僕にも教えてよ!」


「⋯⋯」


「え、何その複雑な目は」


「いや。君は男子力を磨きたいのか女子力を磨きたいのか分からなくてね」


「料理を女子力と言うなら、天音君も相当の女子力だって分かってる?」


 それから喋りながら食べる。

 僕はボッチ⋯⋯なのだろうか?

 ま、そんな疑問はどうでも良いか。


「もう入部届け書いたんだっけ?」


「まぁね」


「結局聞けなかったけど、天音君って何部なの?」


「弓道場」


「え、意外! 体験って続けるの?」


「ああ。ある日は行こうかなって」


「そっか〜誰か気になる子でも出来た?」


「ん〜そんなとこ?」


「え」


 ◆


「ッ!」


「ちょ、白ちゃんどうしたの?」


「いえ。少し変なモノを感じたような。いや、気の所為ですかね。あの、美咲」


「ん?」


「完全犯罪にはやっぱりアスファルト工場の方が良いと思いますか?」


「何を言ってるの!」


 本気で心配した美咲は机を叩いて立ち上がった。

 周囲を見て、目立っている事に気づいた。

 顔を赤面させて、椅子に座り直し、机に向かって引く。


「で、なんで急にそんな事言うのよ」


「いえ、ちょっと気になっただけです」


「普通そんな事、考えないと思うよ?」


 何考えてんのこの人? そんな顔で凝視する美咲。


「ま、流石に大丈夫でしょうか」


「本当にどうしたの? 熱ある?」


「平熱ですし、平常運転です」


「サイコパス!」


 そして白奈が家に帰ると、天音は家に帰っていなかった。

 スマホを開いてGPSを確認する。


「学校。そう言えば天音君は弓道部に入るだろうし⋯⋯曜日的には今日もやってる。体験かな? 今日は天音君が晩御飯担当だし、待つしかない⋯⋯訳無いよねっ!」


 天音の部屋に向かって入る。

 ベットにダイブして匂いを付ける及び嗅いで行く。


「クンカクンカ」


 抑えていた自分を解き放てる瞬間を最高の幸福として感じている白奈。

 そのまま部屋の散策は⋯⋯しない。

 そこまでの権利は無いからだ。その証明として、棚の所に家族写真が飾ってある。

 天音と母親の家族写真。


「部屋綺麗だなぁ。本の為にも毎日掃除しているからなぁ。眠く成って来そう。⋯⋯いやもう寝ますか」


 スマホで音楽を流し、天音の枕で天音のベットで眠る。


「天音君が私を抱き締めている⋯⋯むにゃむにゃ」


 今日も今日とて白奈は平常運転だ。

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