杉浦先輩
部活の体験会的なモノには白奈さんは付いて来なかった。
自分もやりたい部活があるのだろう。中学の時は同じ部活じゃ無かったし。
弓道部の場所に行くと、既に数人集まっており、弓を引いて居る人が六人居る。
二射場あるらしい。
弦を弾く音を響かせ、時にはパンっと的を射る音を響かせる。
それと同時に弓道場には「よし!」と言う掛け声が場を埋め尽くす。
誰かが当たったら「よし」と言う制度があるようだ。
一年生が集まった事を確認した部員が指示を出す。部長かもしれん。
「杉浦、お前一年に部活紹介しろ」
「はい。分かりました」
正座していた一人の生徒が立ち上がり、こちらに寄って来る。
授業後の部活なので、袴は着ていなかった。
「ここでは狭いので、外に移動しましょう。初めての人も居ると思うので、まずは基本の話をしてから、こちらで今やっている事を紹介します」
案内され、外に出る。
「まずは自己紹介から。私は
金髪を長くし、一本に纏めている。ポニーテールだ。
杉浦先輩が持っているのは弓と矢である。
「弓道経験者は居るかな?」
僕は手を挙げ、周りを見渡す。
僕以外に手を挙げる人が居らず、僕はすぐに手を下げる。
「なんで下げるの! 君面白いね」
くすくす笑いながら僕を見て来る。
「中学の時からやってるのかな?」
「まぁ、はい」
「じゃあちょっと来て」
断りたいが、渋々向かう。
隣に立つと、ゆがけが入った箱を渡して来る。
「サイズが合う物を着けてくれ」
「はい」
下がけを嵌め、ゆがけを嵌める。
「じゃ、素引きしてみてくれ。忘れたならやらなくても良いが」
「大丈夫です」
僕は弓を受け取り、素引きをして行く。
射型を意識して覚えている限り完璧にやる。
僕が動いている時に、数秒止まる場所でその場の説明をしている。
「お、結構綺麗じゃん。うん。左の隙間も空いてるし、奥に押せてるね。引いた時にクルンって回るのを意識する感じだね。右手も肩が真っ直ぐになる様に引けている」
箇所を指刺しながら説明する。
僕は思う。分かっている人には分かると思うが、分からない人にはとことん分からない。
どうしてその方が良いのとか、説明しないのだろうか。
「ありがとうね」
僕は弓を戻す。
素引きなので、弾いたりはしない。
「じゃあ、今度は物の説明をするね」
そして説明が終わると、再び弓道場に戻り、何をやっているかを説明する。
「矢は四本が基本だね。矢を置く位置や番えるやり方等、一つ一つの動作に気を配るんだよ。それが大会の基準だったりする。弓道は確かに的に当てる事が重要だ。だけど、それ以上に重要なのが射型だ。どれだけ綺麗にスマートにやれるかが、とても重要。少しでも興味を持ったら見学を続行してくれ。そして、入部したいと思ってくれると嬉しい。経験者でもそうでない方も大歓迎だ。強豪校じゃないし、楽しくやって行こう」
最後に笑顔を見せる杉浦先輩。
それに殆どの人が目を奪われていた。
僕はそのまま見学を続行する。
一人一人の射型を見ていると、それぞれ違いが分かる。
当然だけどね。
上手い人も居ればそうでない人も居る。
そして、杉浦先輩の番に成った。
「⋯⋯」
僕はここで初めて杉浦先輩の事を綺麗だと思った。
弓の引き方等、その動作が洗礼されていた。
語彙力を失う程には綺麗だと思った。
『よし!』
杉浦先輩が矢を放ち、的を射る。
次の瞬間には掛け声が上がる。
その後も一本、また一本と四本全ての矢を命中させる。
「皆中だ」
僕が呆然と呟く。
四本の矢を全て当てる事を『皆中』と呼ぶ。
次の瞬間には「よし!」と共に拍手が送られる。
僕も合わせて拍手を送る。
まさか皆中をこの体験で見られるとは思っていなかった。
狙って出来るのは最早プロの領域だしね。
だが、僕は勘違いをしていた。それはとても大きな勘違い。
偶然、今日は皆中を見れた⋯⋯訳では無かった。
杉浦先輩はその後も皆中を続けて出していた。
「すげぇ」
誰が零した言葉か、分からないが確かに凄い事だ。
その後、僕はもう決めていたので、入部届けを書いて、時間となったので帰る事にした。
帰り道は白奈さんに付きまとわれる事は無い。
色々と噛み合わないから仕方ないけどね。嬉しい限りだ。
自由って素晴らしい。
「あ、忘れ物した」
忘れ物に気づき、僕は弓道場に戻る。
家に帰ってから気づいたので、学校は既に遅い部活も終わる頃だ。
弓道部の終わりは17時だが、遅い部活は18時だ。
開いているか不安である。
「あれ? 天音君どこか行くの?」
「忘れ物を取りに」
「付いて行く!」
「来んで良い。晩御飯の準備を頼む」
「⋯⋯頼まれた!」
キッチンへと戻る白奈さんを見送り、僕は早足で駅へと向かった。
既に部活の片付けを始めている運動場を見ながら、弓道場へと向かった。
三階なので、階段登るのが辛い。
明かりが見えたので、ありがたい。
「え?」
パン、的を射る音が聞こえる。
僕は早く階段を登り、その光景を見る。
ただ一人で真剣に的を見て弓を引く杉浦先輩の姿を。
他に誰も居ない。ただ一人で弓を引いているのだ。
しかも、皆中である。
「おめでとうございます」
「え! あ、君は経験者君か。どうしたんだ?」
「忘れ物を取りに。杉浦先輩はこの後も続けるんですか?」
「いや。居残りは六時までだって言われてるからね。もう終わりだよ」
「じゃあ、僕が矢を取りに行くんで、片付けしてください」
「そうか? それは助かる」
杉浦先輩は弓道着を着ていた。
矢を取りに行き、土を拭いてから渡す。
「皆が居なくなった後に着替えたんですか?」
「上から着ただけだよ。この方が気が引き締まるからね」
「何時も一人で?」
「ああ。一年の頃、三年が居なくなって、人数の少ないうちの部は一年からも数人大会に出れたんだ。その時、私も選手だった。で、初戦敗退。悔しくてね。その頃から少しでも多く練習しているんだ」
「そうなんですね。凄いと思います」
「ははは。ありがと。あ、鍵返してくるね」
「あ、はい。さようなら」
「さようなら。部活始まったらよろしくね」
「こちらこそ」
僕は家に帰ると、既に晩御飯の準備が出来ていた。
帰りが遅いので、既に父親も義母も揃っていた。
「天音君、食べよ」
「ああ」
だが、僕達の食卓では、基本的に僕は喋らない。
父の前で会話するのが、難しいのだ。
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