ターボババア、かく語れり

どくどく

ターボババア、かく語れり

 椅子に座った老婆が、古臭いキセルをふかしている。真正面の人間に話しかけられたかのように目を開き、キセルを逆向けて灰を箱におとした。


「記録開始してる? もう話していいのかい? 便利なもんだね、最近のモンは。時代の流れってやつを感じるよ。アタシが若いころには……なんだい? アタシにだって若いころはあったんだよ? 信じてくれないってのは悲しいねぇ。


 そりゃアタシは生まれた時からババアさ。そう言う妖怪だからね。ターボババア。ターボばあちゃん、ジェットババア、100キロばあちゃん。いろんな呼ばれ方をされたけど、これでも妖怪としては若い方なんだよ。


 おおっと、自己紹介をしないといけないんだっけか? アタシの名前はターボババア。先に言っちまったけどいろんな読み方があるね。乗り物に乗ったり何か投げつけたりするとかいろいろあるけど。まあそう言う妖怪さ。


 アタシの噂はいろいろあるけど、有り体に言えば車で走ってる後ろからババアが走って追いかけてくる、って類さ。高速道路で走るミラーに写るババア。それがサイドミラーに写り、そして追い抜いていく。そう言う都市伝説さ。


 似たようなヤツには首なしライダーがいるね。首のないバイクライダーが同じように追い抜いていくってヤツさ。あいつは乗り物使ってるからライバルっていうよりは同業者かね? ま、アタシはシマがかぶらなきゃいいさ。


 目立つようになったのは高速道路ができてからだけど、アタシみたいに『後ろから迫って追い抜く』系列の妖怪は昔からいたのさ。元祖は夜道を歩いていると後ろから迫るべとべとさんかね? コイツも地方それぞれ、形や噂が変わっているね。


 ところが人間もたいしたもんで、馬に乗ったり自動車を発明したり。こうなると歩くだけじゃ追いつけないから、アタシらも走ることになったんだ。言っても自動車ができ初めのころは楽だったさね。難しくなったのは高速道路ができてからだ。


 自動車が走るためだけに作られた道。時速100キロ近くで走る車を追い抜ける妖怪はまずいない。しかも脅かさないといけないんだから、そこでニヤリと笑ったりしないといけないのさ。大抵の妖怪はそこでリタイアだ。


 まあそれでも苦労の甲斐はあった。面白いように驚いてくれるからね。まさかこの速度で走る車に追いつくなんてありえない。この時代に妖怪なんているはずがない。そんな常識をぶち壊した瞬間の顔と言ったら最高だったよ。


 まあでも、人間は恐ろしいね。そんな妖怪さえも解明しようとするんだから。ドラレコ? 車自体に撮影装置を乗せて、しかも妖怪をデジタル画像で捕えるなんてさ。どういう理屈なんだか。


 知ってるかい? 昔の写真には幽霊が写るけど、デジタルには写らない。昔のカメラは魂を捕らえるけど、デジタルにはそれがないのさ。だから妖怪は写らないはずなんだけどねぇ。でもその常識もぶち壊してくれた。たいしたもんだよ。


 動画配信者にアタシの走りを写されたりもしたねぇ。著作権とかどうなってんのさ、あれ? アタシの許可なんか絶対取ってないだろうに。今思えばひどいもんだよ。まあ、アタシも好き勝手やったからお互い様なんだけどね。


 まあそんなこんなでアタシも有名人。怖れられないと妖怪の意味なんてないのに、アタシの走りを見たり撮ったりするために車をチューンする輩も出てきたのさ。○○峠レースとか、酷道XX線生存競争とか。アタシが言うのもなんだけど、人間は怖れ知らずだね。


 結局それで根負けして、アタシは妖怪として人を脅かすのを辞めたのさ。アタシに勝った人間が勝利の条件でそういう約束しろって言って来たのさ。退魔師に封印されるよりはマシだっておもって条件に乗ったけど、まあそっからがまたひどい話さ。


 アタシに脅かすのを辞めろって言ったくせに、レースは続けたいっているんだ。アタシと走るのは愉しいとか、そう言う勝負が大好きな輩だったのだ。アタシは呆れながらも付き合ってやったよ。人間脅かすのやめて、暇だったこともあったしね。


 アタシが人を襲わないっていうのが広まったのか、いろんな人間がアタシに話しかけてくるようになったね。鬱陶しいったらありゃしない。スピード勝負以外にも興味津々で話しかけてくる子供が鬱陶しかったね。気が付くと道路に飛び出してるから、急いで首根っこつかんで説教さ。


 貴重な血液を運んでくれとか、山でケガをしたヤツを麓に運んでくれとか、アタシは救急車じゃないんだからね。血液ぐらい大量に用意しときな。山でケガするんじゃないよ、まったく。


 そうそう、スーパーカーとの勝負とかもさせられたね。時速500キロとか言うバケモンさ。知ってるかい? 新幹線でも300キロなんだよ。その倍近くとか何考えてるんだか。人間の技術力ってのは空恐ろしいもんだね。


 ま、当然アタシが勝ったけどね。


 インタビューってのはこれでいいのかい? しか語ってないんだけどね。今回の勝負の事は、言わなくていいのかい?


 ああ。さてはアンタ、アタシが負けると思ってるだろ? 妖怪如きに負けるはずがないって高をくくってるね? 足で走るしかないババアの足に自慢の機体が抜かれるはずがないって。


 責めちゃいないよ。むしろ嬉しいのさ。さっきも言ったけど、そう言う自信満々の顔を追い抜く瞬間が楽しいのさ。妖怪冥利に尽きるっていうのかね。せいぜい勝利の妄想に浸ってな。


 忘れてるようならもう一度名乗っとくよ。アタシの名前はターボババア。車を追い抜く妖怪ババア。車が発明されてからの間、それをずっと追い抜かしてきたのさ。


 光速の70%で宇宙を進む高速艇だろうが、負けるつもりは毛頭ないね。レーダーの精度を上げて、アタシの走りをご照覧あれってな。クカカカカカカ!」


 ――RECORD LOG

 U.H宇宙暦398/2/7 タクラガルコロニーより


 このインタビューの後、当時宙域最高速を誇っていた高速艇アルスランサーは自ら最速の称号を撤回したという。


 人が速度を求める限り、それを追い抜かす妖怪もまた存在するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ターボババア、かく語れり どくどく @dokudoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ