第294話
意表を突かれたせいか逃げることも出来ないまま、裕之はあっさりと拘束されて屋敷から連れ出された。
一人、最初に裕之に罪状を申し伝えた刑事が残って、松岡と握手した。
「遅いですよ。間に合わないかと思った」
「申し訳ない。警察は事務処理が煩雑でね」
「ど、どういうこと……?」
伊織が松岡に食いつく。その頭をぐりぐり撫でてから、皆に改めて座るよう言ってから、口を開いた。
「文哉氏に頼まれて各務、川又裕之の身辺を調べていたんですがね、どう考えてもこんなお屋敷を購入できるほどの財産があるように見えない。会社経営しているのは事実ですが、あのお兄さんの入院費など、出費が多い。じゃあどうやって金を工面するんだろう、と思ったら、何のことはない、犯罪に手を染めていたんです」
「それは……この屋敷を手に入れて、私たちに報復するため、でしょうか」
「さあ、本当の動機までは、本人に聞かないと分かりません。ただ、裏の世界もバカじゃない。各務にだけ旨い汁を吸わせるはずがない。遠からず始末されてしまっていた可能性もある。それなら、警察に捕まったほうがずっと安全でしょう」
じゃ、これで、と言って帰っていく刑事を見送ると、一同はやっと息をつくことが出来た。
「なんか、疲れた……」
「伊織、頑張ったな」
よしよし、と広瀬に頭を撫でられ、伊織ははにかむ。そして一花を見たが、彼女だけはまだスッキリしない表情をしていた。
「あの……私、まだ知りたいことがあるんだけど……」
驚く伊織や剣たちとは裏腹に、桐子が同意する。
「分かってるわ。一花ちゃんの……本当のお父さん、でしょう?」
一花は言い当てられて、目を潤ませながら頷く。
「やっぱり、誰だか分からないのかな……」
桐子は松岡へ向き直った。
「森川愛子さん。……覚えていますよね?」
皆が一斉に松岡へ視線を集める。しかし当の松岡は、自分が問いかけられる理由が分からず戸惑う。そして質問にだけ答えた。
「……誰だ?」
さすがの桐子も呆れて返事が出来なかった。だが、何かを言い返す前に、一花が松岡の背中を蹴っ飛ばした。
「痛って……おいこら!」
「こらじゃない! 覚えてないって何それ?! 最低!」
「はあ? 最低って……」
広瀬も助け船のつもりで口を挟む。
「今の話の流れで分かるでしょう。愛子さん、っていうのは、亡くなったお義兄さんの奥さんの名前です。で、桐子があなたに名前を聞いた。ということは……?」
そこまで言われて、やっと松岡の思考が収束した。そして腰が抜けそうなほど驚いた。
「まさか、え? お前が? え?」
「え? じゃなーい! もうありえなすぎ! やだ、こんなパパ!」
そして一花は桐子の元へ飛んで行く。
「まじで松岡のおじさんが私のお父さんなの? ママの勘違いじゃなくて?」
一花の動揺は皆に伝わっているものの、普段の尊大さを微塵も感じさせず目を白黒させている松岡と、その彼を罵倒し続ける一花のやり取りが、疲れ切った場の空気を和ませた。
桐子は一花の頭をそっと撫でながら頷く。
「本当よ。二人は短い間だったけど、恋人同士だったの。まあ、あの感じだと……怪しいけど」
「ちょ、ちょっと待て、え? 本当なのか? 証拠は」
「……松岡さん、往生際悪すぎ」
呆れた伊織の茶々にも松岡は本気で慌てる。
「いや違う、逃げようとかそういうんじゃない。俺は……子供がいたことなんて、なかったから……」
「今までの奥様やお相手とは、ってことでしょ。でも愛子義姉さんは違ったのよ。証拠なら慧然寺のご住職に聞けばお話してくださるわ。最後に……愛子義姉さんの話を聞いた方だから」
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