第221話

「話が違う! 政継さんとはそんな取り決めはしていない!」

「ずっと私たちのものだったでしょう?! そんな勝手が許されると思うの?」

「こっちにも半分、いやそれ以上の権利があって当然だろう!」


 正式に当主の座に就いた文哉は、以前から計画してた通りに邪魔な親族を切り捨て始めた。

 それは、桐子の事件があったときに桐子を嘲った者たち、志津子の尻馬にのって祖母や桐子を卑下し続けた者たちだった。

 だが当人たちは、なぜ文哉からそんな仕打ちを受けるのか全く理解できていなかった。まさに寝耳に水の状態で、裸一貫で路上に放り出されるような事態に、狼狽え、我を失い、文哉を罵倒しつかみかかる者もあれば、這いつくばって許しを請う者もいた。

 しかし文哉は眉一つ動かさず、その全てを退けた。


 一つ一つ処理を手伝いながら、水島は時折苦言を呈することもあった。


「千堂家は代々当主専制が習わしだけど、いくら何でも文哉くんのやり様は……」

「何か問題が? 明日にでも飢え死にするようなやり方はしていません。ただ今までのような横暴や我儘が出来なくなるだけです。むしろこれであの人たちもやっと地に足をつけて生きることが出来るのでは」


 水島は小さく息を吐いて頷く。老婆心で口を出したが、しかし文哉の言い分も尤もで、水島も常々千堂家の縁者たちの浪費癖と傍若無人な振舞いには眉をひそめていた。先代当主夫妻はそれを諫めるどころか率先し加担しているような面もあった。千年続いた名家もここで終わるのか、と悲しい思いで見ていたが、文哉の代になって千堂家の時代外れな狂瀾は終幕を迎えそうだった。


「君には君の考えがあるんだろう。いや、私は反対はしないよ。すべては君のものだからね」

「ありがとうございます。祖父の残してくれた財産で、一番ありがたいのは水島さんですね」


 先ほどの無表情は一変して、優し気に笑う様は子供の頃と少しも変わらない。水島は自分の孫を見ているように、感謝を込めて頷き返した。


 水島には、この後しばらくして自分がやろうとしていることの全てを打ち明けた。

 千堂家の財産の全てを不用な一族から取り戻し、歯向かえば社会的な制裁を加える。もちろん法的手段に訴えるような余裕も残さないように。

 そして千堂が自分と桐子の二人だけになったとき、桐子の生涯が何不自由なく終えられる準備を整えたら、それ以外の無駄な遺産を全て処分し、千堂家を自分の代で終わらせる。


 それが、文哉が唯一守りたい存在桐子のために自分が出来る唯一の役割だと思っていた。


 すべてを終える前に、水島は亡くなった。最後に文哉に、


『後悔しない道を』


 それだけ言い遺した。


◇◆◇


「それで、今回は三鷹のお屋敷を?」

「そうですね。水島は祖父の代に一番尽くしてくれた弁護士だったので、彼がいる間は手放すことに反対されました。彼なりに思い入れがあったようで……。亡くなって十年経ちます。そろそろ許してくれるのでは、と思ってね」

「でもそれなら、売却するなり自治体へ寄付するという方法でもよかったのでは。まあこれは、前回も質問しましたが」

「そうでしたね。うん、どうしてもあの屋敷が不快なんですよ。馬鹿な母親のせいで祖母が命を落としたことが、私も妹もどうしても忘れられない」


 そこまで言うと、文哉はノンアルコールのワインを一口含む。この後もまだ仕事だ。酔うわけにはいかない。しかし水や茶ではどうにも場が持たなかった。


「千堂家の全保有資産は、どれくらいあるんですか?」

「私も時価で正しく把握しているわけではありませんが……。五千億くらいでしょうか」


 松岡は唖然とする。それをたった二人で保有し、更には処分も考えている、という文哉が、まるでブラックホールのように見えた。

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