第197話

「で……、どこまで食い込めた?」


 各務は、パソコンを操作しながら妹の友梨に電話を掛けていた。手はテレビのリモコンを操作している。録画しておいた『記憶の軛』の制作発表記者会見だ。


『思ってたよりガード固いかな。未だにさん付けだし、お酒は一切飲まないし』

「まあ、そうだろうな」


 各務は電話口で苦笑いする。友梨が今まで相手にしてきた男とは種類もレベルも段違いだろう。桐子を妻にするような男だ。見た目が優しげでも、中身までその通りとは限らない。


『でも何度か二人で食事に行ってるの』

「だったら何かきっかけはあるだろう」

『どうかなぁ。毎回バカみたいに律義に奥さんに連絡入れるし、一度揺さぶってみたけど次の日からは元通りだし』

「揺さぶり、って、何したんだ?」


 友梨は最初に広瀬と食事をした時の話をした。


『笑いとばされるかと思ったけど、ちょっとショック受けてたみたい』

「興味が無い、とは、お前も面白い言い方するな」


 各務は一人、愉快げに笑い声を立てる。


「あの女は、基本的に他人に関心が無い。かといって自分自身を大事にするわけでもない。さすがに息子は違うかもしれないがな」

『じゃあ……、息子に近づくのは?』

「それは……」


 友梨の思い付きに、各務は狼狽える。

 今までも考えなかったわけではない。しかし自分達の復讐に未成年を標的にするのはさすがに躊躇われた。


「卑怯だろ、それは。子どもには責任はないんだから」

『責任はないけど、関係はあるでしょ』


 友梨は間髪入れず反論してくる。


『私たちの計画が上手くいけば、あの一家は崩壊するのよ。関係あることに変わりはないじゃない。だいたい、私達だって……』


 言いかけて、友梨は声を詰まらせた。当時を思い出したのだろう。

 責任を取った両親が姿を消したこと、兄が逮捕されたが、その背景は公にすることを許されず、自分達家族は離散した。各務―裕之は執念で千堂の末端に連なる各務家にたどり着いて手練手管を尽くして養子として入り込んだが、その間も『川又』の姓を名乗り続けた友梨はどれだけの辛酸をなめたことだろう。


 会見が終了した画面ではタレントが奇声まがいの笑い声を立てていた。不快だったので無造作にテレビのスイッチを切る。


「分かった、もういい。そうだな、関係はあるな」

『お兄ちゃん優しすぎ。子どもって言っても高校生なのよ。もし今親がいなくなったって生きていけるわ』


 実際、自分達はそうだったのだ、と、友梨が口にしなかった言葉を各務は反芻する。

 しばらくお互い沈黙が続いた。気まずさを振り払うように各務は話題を変える。


「そう言えばテレビ見たぞ。お前も端っこに映ってたが、大丈夫なのか?」

『何が?』

「今の会社だよ。女優やってるなんて言ってないんだろ? 誰かが見てたらどうするんだ?」

『あのねお兄ちゃん、私の仕事バカにしてる?』

「は?」

『ちゃんと演じ分けてるわ。見た目もね。演技してる私と事務員やってる私を同一人物だと分かるのは、きっとお兄ちゃんだけよ』


 なぜか嬉しそうに話す友梨に各務は半信半疑になりながら、そこは妹に任せることにした。


「ならこれ以上心配しないさ。じゃ、そっちは頼んだぞ」

『うん。お兄ちゃんも、無理しないでね』

「お前もな」


 各務は電話を切り、静まり返った自室の中で目を閉じる。

 頭の中では、長い期間かけて調べつくした千堂兄妹についての情報がグルグル渦巻いていた。

 手の平でチェスの駒を転がすように、どれをどのタイミングでどこに配置しようか、それによって局面がどう動くのか、が自分にかかっている、というのはいつも鏡に生きている実感を沸き立てる。逆に言えばこの時だけが、各務に自分の生きる目的を感じさせる。


(全てが終わった時、自分はどうなるんだろうか)


 考えるまでもないことを、ぬるくなったビールで押し流した。

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