第152話
それから三人で、桐子の出産予定日を確認しつつ、広瀬の両親への挨拶の日取りや、式をどうするか、などを話し合った。
式場は、披露宴は、新婚旅行は……、など、結婚情報誌に掲載されていたチェックリストに沿って話を進めていると、ふと広瀬は、桐子の反応が薄くなっていることに気づいた。
「桐子? どうした、疲れちゃった?」
「え? あ、ううん、大丈夫……。ねえ、広瀬くんのご両親は、やっぱり結婚式したほうがいいって考えてるかな」
広瀬は驚く。自分の両親が、というよりも、女性なら自分の結婚式にはあれこれやりたいことがあるものだと思っていた。しかし今の桐子の口ぶりでは、式自体に消極的なように思われたのだった。
「もしかして……したくない?」
「桐子、お前、子どもも出来たんだし、今更……」
「え? ち、違う違う、結婚はしたいの。でも……式は、もしどうしてもって言う人がいないなら、しなくてもいいかな、って……」
広瀬と文哉は顔を見合わせる。そして先に動いたのは文哉だった。
「分かった。俺達も先走り過ぎたな。まずは広瀬くんのご両親へのご挨拶だ。結婚式とか披露宴なんかは、その後で広瀬くんと相談すればいい」
「ごめんね」
「俺はどうでもいいだろう。広瀬くんとちゃんと相談しろよ」
桐子は兄に促されたように、広瀬を見る。桐子が謝罪の言葉を口にする前に、慌てて首を振った。
「うちの親のことなんていいんだよ。まずはそうだね、顔合わせの日程だけ決めよう」
桐子は頷き、気分を変えたいのか、飲み物のお替りを持ってくる、と言ってその場から離れた。
広瀬はその背を見送りながら、文哉に問う。
「あの……いいんでしょうか、もし挙式なし、なんてことになったら……」
「それは君たちが決めることだろう?」
「いや、そうじゃなくて……。こんなお家で、ご親戚とか……」
広瀬の心配げな顔に、文哉は、ああ、と軽く受け流した。
「いいんだよ、うちは」
「いい、って……」
あっさりと頷く文哉に広瀬が呆気に取られていると、文哉が続けた。
「俺達の家族は、二人だけだから」
◇◆◇
桐子はまだ安定期には入っていないものの、他の人に多い体調不良はほとんどなかったこともあって、二週間後に両家顔合わせを行った。
場所は文哉が提供した。有名なホテルなどではなかったため、広瀬一家へは送迎の車を差し向けた。
広瀬の結婚相手が千堂家の一人娘と知って腰を抜かした両親だったが、それ故に文哉の気遣いを不審に思うことはなかった。
胴長の車が到着したのは、趣深い和風建築だった。まるで寺院の山門のような玄関を、家令のような中年男性が静かに開け、そのまま一家を中へ案内してくれた。
長い回廊からは四季折々の草木が植えられ、どれも趣味良く整えられている。広瀬の母は思わずうっとりとした嘆声をあげた。
「さすがねぇ……。広瀬、あんた、桐子ちゃん大事にしなさいよ」
「母さん、ここ見てから言うなって。大事にするよ、もちろん」
「綺麗な子だとは思ったけど、お姫様だったんだなぁ」
「父さんまでやめてって」
両親の正直すぎる感想に困りながらも、しかし文哉達なら笑って受入れてくれるだろう、ということは、広瀬は信頼していた。
男性が静かに開けた襖の奥に、スーツを着た文哉と、晴れ着姿の桐子が待っていた。
「遠いところをありがとうございます。兄の千堂文哉と申します」
言ってゆっくり礼をする姿に、広瀬たち家族は、見惚れるのを通り越して圧倒されていた。
広瀬が率先して挨拶をすると、そこで両親はやっと名乗ることが出来たのであった。
「本日は、お招きいただきありがとうございます。広瀬の父と母です」
「おば様、おじ様、いらっしゃいませ」
緊張しすぎて声が裏返りそうになっている父に微笑んで声をかける桐子は、季節外れの満開の桜のように見えた。
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