第145話
伊織の部屋から自分に用意してもらった部屋に駆け戻った一花は、扉をしっかり閉めると、そのまま布団にダイブして頭からもぐりこんだ。
(やばーーーーーい! 言っちゃった言っちゃった言っちゃった! 言うつもりなかったのにー!)
自分達父娘のせいで伊織たち一家に多大な迷惑をかけてしまったような気がして、それを謝りたかった。それだけなのに、勢いなのか場の雰囲気なのか、気がつけば叩きつけるように告白してしまっていた。
(だってだってだって、伊織くんがー!)
慧然寺の帰り道でも似たようなことはあった。しかしあの時は、住職から教えられた事実にショックを受けている自分を慰めてくれているだけだと、暴走しそうになる自分を必死に抑えた。
しかし、今日もまた。
(伊織くんの部屋で、伊織くんのベッドに座って、私パジャマだったし……。きゃああ! 無理無理無理!)
細いのに自分よりずっと強い力で引き寄せられて、耳元で慰めの言葉を囁かれて、あの状況で我慢なんて出来なかった。しかしそれはその瞬間の一花の状態であって、時間が経つごとに自分の暴挙を抹消したくなった。
とはいえ、口から出た言葉は取り消せない。
部屋の電気を消し、もう一度頭まで布団をかぶった中でスマホを操作する。
(とりあえず……明日加奈に全部聞いてもらおう)
『告っちゃった』
それだけを加奈へ送信して、一花は無理矢理目を瞑った。
◇◆◇
夕方、看護師に頼んで車いすに乗せてもらい、携帯電話の使用可能エリアまで連れて行ってもらった文哉は、暫し迷って最初に松岡に電話をかけた。
『はい、松岡です』
「千堂です。申し訳ありません、お忙しい時間に」
『電話でのご連絡とは、珍しいですね。緊急のご用件でも?』
「いえ、実は……」
片手だけというのは存外不自由なものだと実感しながら、文哉は今日の事故のこと、暫くは入院することになった事情を伝えた。
案の定、松岡は電話の向こうで絶句しているようだった。
『それは……、大変でしたね。いや、今も大変なのか。電話していて大丈夫なんですか? お加減は?』
「骨折と捻挫、あとは打撲くらいなので、幸い利き腕は使えてます。医師からも、骨がくっつくまでは大人しくしていろと言われただけです」
『そうですか。……いや、でも急なことですね。事故なんて急なもんなんでしょうが』
「すみません。そういうわけなので、暫くは連絡が不便になると思いますが」
『こちらは構いません。そうですか……、近いうちに途中経過のご報告に伺おうと思っていたのですが、それも延期したほうがいいでしょうか』
「出来ればお聞きしたいですが、病院まで来ていただくのも……」
『私は構いませんよ。そちらの病院はアクセスがいいですからね』
「助かります」
そして数日後に来訪の約束をし、電話を切った。
その後、何件かへ電話連絡を済ませ、再び病室へ戻ろうとした時、廊下の反対側から男が数人、文哉に向かって頭をさげた。文哉は相手が誰だか分からないまま、お辞儀を返す。
そのうちの一人が、文哉の車いすを押していた看護師にそれを替わる旨を伝えてから、自己紹介をした。
「ご挨拶が遅れました。私、当病院の事務局長をしております、若林と申します」
けがをしている文哉を気遣ってか、名刺を差し出し、そのまま渡さずに車いすの取っ手を掴み、病室まで戻る。
部屋に入ると、入り口を閉めてから改めて頭を下げた。
「千堂家ご当主が搬送されたと聞き、ご挨拶に伺いました。交通事故だそうで。容疑者は現在警察で取り調べを受けているようですから、今しばらくお待ちください」
文哉は若林の意図が分かり、声を出さずに頷いた。
それは、了承だけでなく、またか、という諦めも含めた、ため息のような返事だった。
「上の階の特別個室が空室です。よろしければそちらをご利用なさいますか?」
若林は時代劇の大店の番頭のような笑みを浮かべながら伺いを立ててくる。断ったところで食い下がられるのは目に見えていた。
文哉は先ほどと同じような返事をし、あとはされるままに部屋を移動した。
(部屋が変わったこと、一花と桐子に連絡しなきゃな……)
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