第133話
翌週、桐子と剣は再びTBM本社を訪れていた。
ドラマのメインのキャストが決まり、記者発表前に顔合わせをすることになったため、坂井から呼ばれたのだった。
一番大きいのだろうか、四、五十人は入りそうな会議室に通される。脚本担当の桐子と主演の剣は、隣同士の席に案内された。
椅子に腰かけ、坂井が離れたタイミングで剣が囁いた。
「良かった、先生の隣で……」
「もしかして緊張してるの?」
「してるよ……、一人だったら逃げ帰ってたかも」
冗談だろう、と思って剣の顔を覗き込むと若干青ざめている。どうやら本音らしいと分かり、反射で吹き出してしまった。
「笑うの? ……ひでー」
「ごめん。でも、今日で慣れてね。私来週いないし」
「は? もしかしてもう行っちゃうの?」
「違うわよ、あのね……」
「では皆さま、お待たせいたしました」
現地の下見に行くことを説明しようとしたタイミングで、マイクを通して坂井の声が大きく響いた。桐子は話を中断し、会場を見渡した。
剣は気になりながらも、渋々桐子に倣った。
「皆さまお忙しいところお集まりいただいてありがとうございます。それではこれより、『記憶の軛』第一回目のミーティングを始めたいと思います。ではまず、編成局長の大谷からご挨拶させていただきます」
坂井が進行役になり、関係者の名を順に呼びながら挨拶が回っていく。何人目かで桐子が呼ばれ、頷いて起立した。
「脚本を担当させていただきます、香坂桐子です。普段は小劇場向けの舞台脚本を手掛けているため、テレビドラマの勝手が分からずご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
頭を下げ、四方からの拍手に再度お辞儀をして腰を下ろす。改めて見回すとテレビや雑誌などの大手メディアでよく見る顔ぶれがぞろりと並んでいる。畑違いの桐子と剣を招聘した上で脇を有名どころで固めているあたり、坂井たちの本気度が伝わってくるようだった。
「……では、出演者のご紹介にうつります。最初に今回主演を務めて頂く、田咲剣さんです」
当然といえば当然ながら、トップバッターで呼ばれ、剣は驚きと緊張で数ミリ椅子から飛び上がる。しかし先ほどの桐子の挨拶を思い出して、静かに立ち上がった。
「田咲です。先ほどの香坂先生同様、普段は小劇場に出演しています。皆様とご一緒出来て光栄です。足を引っ張らないよう頑張りますので、よろしくお願いします」
最後は照れ隠しもあるのだろうが、勢いよく頭を下げた。風圧で桐子の前に置かれた資料のページが捲れたほどで、周囲からは拍手と一緒に好意的な笑いが漏れた。
「田咲くん、また一緒だな。よろしくな」
「あっ! はい、よろしくお願いします!」
数人分離れたところから、ベテラン俳優の井口徹が声を上げる。先日のCMでも剣の父親役を務めた俳優だった。見知った顔があったことで、剣の緊張度が一気に急降下した。
「じゃあ、この流れで、次は井口さんお願いします」
「流れか? 剣くんのついでかよー。じゃあ、……」
場の笑いを取りながらスムーズに挨拶をこなす姿はさすがだった。剣以外にも重鎮ぞろいの面子に上がっていた若者たちも、一気に肩の力が抜けたようだった。
全員の紹介と挨拶、今後の大まかなスケジュール共有と、作品の説明を桐子が行ったところで顔合わせは終了した。
三々五々会議室から人が出ていく中で、主演の剣の周りには人垣が出来ていた。すぐ隣に井口が立っていることを認め、桐子は安堵して手荷物をまとめ始めた。
「あの、少しよろしいですか?」
間近で声をかけられ、桐子は驚いて顔を上げる。小ぶりで色白な顔の中で大きく輝く目が印象的な若い女は、今回の出演者の一人だった。
桐子と目が合うと、ニコリと微笑んだ。小さな花が綻んだような愛らしさに、桐子もつられて微笑み返していた。
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