第132話
一花が戻ってきたところで、揃って席を立った。松岡が家まで送ると言ってくれたが、それだと『図書館で試験勉強をする』と言って出てきた言い訳が立たなくなるので辞退した。
「じゃあ、ご馳走様でした」
「ありがとうございましたー。超美味しかった」
「そりゃよかった」
一花の頭をポンポン撫でながら、松岡は伊織に顔を向ける。
「何か相談があればさっきの名刺に連絡しろ。親父さん達には内緒にしてやるから」
「……いいんですか」
「乗りかかった船だ。知らない関係じゃないしな」
「すいません、助かります……」
ペコリと頭を下げる伊織と、自分の手を邪険にしつつじゃれついてくる一花に不思議な庇護欲を感じつつ、松岡の車は去っていった。
「さて、と……。じゃあ、駅前まで移動するか。ファミレスかカフェでいいだろ」
「ほんとに勉強するんだ……」
「伯父さんへの言い訳にもなるし、どうせ試験勉強はしなきゃいけないんだ、一石二鳥だろ」
「……はあーい」
空気の抜けたような返事をする一花を見つめながら、伊織は松岡の言葉を思い出していた。
『守ってやれよ』
もちろん、慧然寺から戻ってきた日に自分も決意したことだった。が、第三者から言われたことで、改めてその意味の重さを嚙みしめていた。
◇◆◇
松岡はそのまま自分のオフィスへ戻る。先日の各務との話を含めて、一度全てをまとめ直そうと思ったからだ。
無人のオフィスのセキュリティを解除し自分の事務室へ入る。パソコンを起動しながら、頭を整理するため抽斗からコピー用紙を一枚取り出した。
(中心にいるのは……、やっぱり文哉氏だな)
文哉を中心に、各務、伊織、一花、そして桐子を放射線状につなげる。枠外に千堂家先代夫妻も書き出した。ついでに広瀬と、文哉の亡き妻も記す。
自分の走り書きを前に、ボールペンの先でトントン、と紙を叩く。
この中で文哉と一番近いのは桐子だ。しかし松岡から見て、恐らく桐子は肝心な情報は持っていない。ただし、文哉に強い影響を与えていることは確かだろう。
そして各務。先日協力関係を築いたとはいえ、まだ何の進展もない。そもそもある一定時期より以前の彼の経歴が辿れないことについてまだ問い質せていなかった。
それでもある程度の予想はつけている。
各務の過去と千堂兄妹は、関わりがある。
それが文哉自身なのか、桐子なのかはまだ分からない。
だからこそ松岡は、桐子に害が及ばないよう、依頼主である文哉を裏切ってでも各務と手を組もうと考えたのだ。
桐子と、出来るなら伊織たちが傷つかないよう守り切ることが出来るか。
真に警戒すべきは、各務か、文哉か。
無意識に、ペン先が文哉の名前に〇をつけていた。
◇◆◇
伊織たちが松岡と別れたのとほぼ同時刻。
各務は慧然寺を訪れていた。
彼岸を過ぎてひと月は経つ。土曜日だが墓参者の姿はほとんどなかった。
人気のない境内を、線香も供花も持たず、真直ぐに最奥の墓石へ向かう。
他家の墓とはサイズも敷地も桁違いの、『千堂家代々之墓』の前で、立ち止まった。
供え物をするわけでも手を合わせるわけでもない。ただじっと何の感情も籠らない目で、黒光りする墓石を睨み続ける。
そっとジャケットの内ポケットに手を入れる。古びた一枚の写真を取り出し見つめる時だけ、その目が優しく緩んだ。
(兄貴……、俺、諦めないよ)
目指す相手は既に墓の下だ。だが、だからといってなかったことにするには、各務の人生には幸せの分量が少なすぎた。
せめて兄の無念を晴らすことが出来れば、いくらかは負の量が減るような、気がする。それだけのことだった。
しばらく瞑目していたが、一息つくと写真を再び大事そうに懐へ戻し、踵を返した。
次に来る時には報告の時だろうか、と、ぼんやりと思い浮かべながら。
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